Ep.03 害蟲
謎の巨大生物が、東京・神奈川・福岡の1都2県に出現してから早くも30分が経過。
そんな中、彼らがようやく動き出す。
〈変異種対策研究チーム改め、人外対策研究チーム本部〉
ここは、政府によって創設された日本の対変異種調査支部。(場所は、研究チームメンバー並びに、政府関係者の一部しか知らない)
これは日本だけではなく、世界各国、変異種の現れた国には必ず存在する施設で、それぞれの国から選ばれた者だけが立ち入り、情報を得れる特殊機関である。
建物の外観は真四角の二階建てコンクリート、窓1つない密閉空間。部屋数は5。
中でも、1番大きな部屋が、こういった緊急事態の際に使用される司令室で、通信設備は国内最高レベルである。
「ーー総理。対象の周辺のみですが、市民の避難完了致しました。これより、攻撃を開始します」
「わかったーーやれそうか?」
・ ・ ・
「そうか……」
避難完了を合図に、自衛隊による陸と空からの攻撃が開始される。
「どこでもいい、とにかく撃ち続けろ! 情報がない以上、やりながら模索するしかない。手を緩めるな、思考させるな、必ず仕留めるぞ!!」
開始から5分が経過。全勢力をあげての多方向からの攻撃。ーーだが、それを受けてもなお、絶命どころか、傷1つ付けれずにいた。
「っ、次の手を考えなければな」
そんな中、総理たちのいる司令室に、見るからに偉そうな人物が姿を現す。
「ーー失礼します。 円城寺総理」
「おぉ、ようやくですか。統合幕僚長」
彼の名前は肉丸文仁。現、自衛隊統合幕僚長である。
「あまり芳しくないようですね」
「あぁ、重火器が全く効かない。動きを止めてくれている今が好機なんだが……早くしないと、何か嫌な予感がする」
「嫌な予感? 総理の勘は当たりますからね。それで、次はどうされるおつもりですか?」
「それを今考えているところだよ」
「なるほど。次の一手でお悩みなのであれば、どうでしょう、1を試してみては?」
肉丸のその一言に総理の顔が強張る。
「バ、バカなことを言うな。避難が完了したのは、被害の及ばない範囲、つまり人外の周辺だけだ。
1使用には県都内全域の避難が必要だ。それには時間がかなり掛かる。得策ではない」
「なるほど。では、出現した2県と1都の国民を犠牲にし、1を投下するというのは?」
「こんな時に冗談は……っおい、どういうつもりだ?!」
武装した肉丸の部下が数名、司令室内に侵入してきた。
「冗談(笑)? ははっ、私は至って本気ですが?」
「こんな時に……。とち狂ったか、肉丸!」
「円城寺正孝は、1投下後、責任を取って自害した。こういうシナリオはお嫌いですかな? 総理」
ここにきて、味方の謀反? 策略? どちらにせよ、総理や人外対策研究チームのメンバーは膝をつき、手を挙げる以外の選択肢がなかった。
そんな緊迫した状況だというのに、1人の女性は膝をつくどころか、変わらず椅子に腰掛けたまま、化け物の映るモニターを凝視していた。
それを良く思わない肉丸は、腰から銃を取り出し、彼女に向けた。
「おいっ女! お前も早く膝をついて命を乞え!!」
・ ・ ・
「おい貴様っ!」
「そんなことしてもどうせ殺すんでしょ? なら何の意味もない。そんなことより、今はあの怪物の処理が最優先です。国民を犠牲にしてまで、ロシアで開発された新兵器1を試そうなどという愚作を提案するような"馬鹿"と話している時間はありません」
災厄の空気……。誰が命を狙われてるこの場面で反抗などするものか。しかし、それは常識では考えられない行動すぎて、彼らは逆に呆れて何も言えなかった。
そんな彼女を後ろから眺める肉丸は、あることに気がつき、銃を下ろした。
「ーーなるほど、そうか。どこかで見たことがあると思ったら、お前防衛大臣の娘『綾瀬朱奈』だな。なるほど、脅しが効かないわけだ」
武装した彼の部下数名が、その名を聞いて驚く。
まぁ、周囲の反応は至極当然。なぜなら、彼女の名は世界で超がつく程有名だからだ。
しかし、メディア嫌いともあって、彼女の素顔を知るものは少ない。
簡単に言うと、『ヘランケラー』って名前は知ってるけど、顔は?って聞かれてもわからない、みたいな感じだ。(名前や功績は知っているが、顔はわからないという意)
「これは流石に驚いたな。まさかこんなとこにいたなんて」
「こんなとこ? 私をよく知ってるみたいな口振りですね」
「知ってるさーー弱冠20歳でNASAのJPLに研究者として招聘される。それから数年後、君の立てたプランと、改良された宇宙服や有人探査機によって、人類が初めて火星に着陸する。さらに、これは非公開で俺も詳しくは知らないが、火星着陸時に発見した何かを研究し、地球以前の星のことまで解明したらしい。それらの功績を讃え、ノーベル賞の受賞が決まっていたというのに、それを自ら辞退した、"あの"綾瀬朱奈だろ? よぉく知ってる」
「……肉丸先輩、詳しい……ですね」
「当然。俺は彼女の生粋の大ファン"だった"からな。NASAを辞めるまでは」
肉丸の言う通り、彼女は変異種が出現したタイミング、つまり5年前にNASAから突如姿を消していた。
世界の叡智とまで賞賛されていた彼女がなぜNASAから姿を消したのか……。
それは肉丸だけではなく、全世界の人間がそう思っていた。
「そんな話はどうでもいいです。今は、アレをどうするかです。総理、いつまで人質面をしてるんですか? みっともないので、早く立ってください」
「 ……(綾瀬君。流石にこの状況ではどうしようも無いだろ)」
首を横に振る総理に対し、朱奈は大きく溜息をついた。
「はぁ……、わかりました。 肉丸統合幕僚長、あなたの目的は、『私ですね?』 さっきは知らないふりしてましたけど、あなたは私がここで働いてることを知ってましたね? 誰に聞いたのかは知りませんが。
つまり、1の投下も、総理の命もどうでもいい。私に用がある。違いますか?」
「ふふ……流石に賢いね。確かに私の目的は君だ。さっきも言ったろ? 君の大ファンだと。これは好意じゃない、愛だよ。わかるかい? ただ、君は1つ勘違いしている。私の目的は、君だけではなく、ここにいる全員の殺害と1の投下だよ」
再び銃を構える肉丸に対し、朱奈は怯まなかった。
「全員を殺すのは分かります。口封じですね? でも、1の投下に拘る意味がわからない。国民は関係ない」
「うん。関係ないよ? 私はね、ただ単に1に興味があるだけだ。それとね、私は、私以外の生物が大嫌いなんだ。特に人間。私以外はゴミも同然、なのに私と同じ空気を吸ってる。あってはならないことだ。でもね綾瀬君、君は特別だ。君は私が持っていないものを沢山持ってる。素晴らしいことだ。だから、この世界は私と君がいれば何の問題もない。そう思うんだが? どうかね?」
「ははっ、狂ってますねーー異常者め」
「褒め言葉ど〜も。ただまぁ、私も鬼じゃない。
君が条件を飲めば、1の投下だけは止めることにしよう」
「条件?」
朱奈が聞き返すと、肉丸は構えていた銃を下ろし、自分の股間を興奮しながら弄り、
「この場で全裸になって土下座し、一生私に忠誠を誓え!! 文仁様の下僕にしてくださいと言え!! そうしたら1の投下はやめてやる。どうだ? これとない良い条件だろ?」
国民の命を救う条件が、そんなくだらないことだとは……。
墜ちた人間の考えることはあまりにも卑怯で下衆である。
しかし、朱奈は意外にもすんなりその条件を受け入れた。
「わかりました。その程度のことで話が済むなら願ったりです」
朱奈は、席を立ち上がり、肉丸の目の前に立った。
「あ、綾瀬くん。ま、待ちなさい! 君がそこまでする必要はーー」
「役立たずの総理が何を言いますか? 黙って人質しててください。ーーでは、服を脱ぎます。ですが、この条件はあくまで肉丸統合幕僚長とのものです。他の人は見ないでください。私だって……流石に恥ずかしいので」
凛とした美しい女性が、頬を赤らめ「恥ずかしいです」。
その言葉は、もはやどんな兵器よりも脅威であった。
「お、お前たち! ちょっとの間部屋を出てろ! 研究員諸君は、膝を着いたまま後ろを向け!! 早くしろ!!」
肉丸の指示通り、武装した集団は退出し、人外対策研究チームのメンバーは朱奈に背を向けた。
「……肉丸統合幕僚長。流石に銃を持ったままの状態では……」
「おぉそうだな。すまんすまん。そんなことより早くしてくれ!!」
「はい……」
銃を床に置き、携帯を構え、興奮する肉丸を横目に、朱奈は彼から少し距離を取り、ズボンを脱ごうと少し前屈みになった。
お……おぉ。やばい、興奮……いい、良いぃ!!!!
鼻をフガフガさせる肉丸を横目に、右腿あたりにあるファスナーに手を掛け、ゆっくりと下ろす。
と同時に、鮮やか且つ俊敏な動きで、思いっきり彼の顔目掛けて回し蹴りをした。
携帯を構えてて両手が塞がっていたのと、不意を突かれたことで、肉丸は一歩も動くことが出来ず、彼女の足が左顎に直撃する。
ふらふらとよろける肉丸に対し、一瞬の隙も与えまいと、今度は尖ったヒールで、脳天にかかと落しをお見舞いする。
これには流石に意識を保つことが出来ず、折れたヒールと肉丸はその場に転がった。
「ーー私のファンだと言うから、てっきり極真空手8段というのも知ってたと思ったんだけど……なんだ、"もぐり"か。軍人のくせに頭も力も弱いのね。
それより、お気に入りのヒール……(まぁいいや、あとで総理に請求しよっ)」
肉丸が気絶したのを確認した朱奈は、彼を引きずりながら扉の方に歩き、部屋を出た。
暫くすると、部屋の外から聴くに耐えない男たちの悲鳴がこだました。
〜〜数分後〜〜
手を払いながら朱奈が部屋に戻ってきた。
「総理、終わりました。あの、誰でもいいので外にいる、使えない施設警備担当に連絡を。それと、手の空いてる人、外でへばってるゴミを紐かなんかで縛り上げててください」
そういうと、彼女はまた自分の席に戻り、作業を再開した。
何がどうなったのか。とりあえず、総理が恐る恐る外を見に行くと、そこには肉丸の部下たちの哀れな姿があった。
「あや、綾瀬君?! これは……はぁ、みんな綾瀬室長の言う通りに、早くこいつらを縛り上げてくれ」
「は、はい!!」
唖然とする一同を気にかけることなく、朱奈はモニターに映る戦場を刮目していた。
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数分後、チームメンバーの1人が、この建物の警備を担当している者たちを連れて戻る。
侵入者を許してしまった罪は重い。朱奈に睨まれながら、肉丸たちを連行し部屋を去った。
一方、人外に対して攻撃を開始してから50分が経過していたが、変わらず奴は動きを止めたままであった。
司令室では、総理指揮のもと、次の作戦への準備が慌ただしく行われていた。
そんな中、徐に取り出した携帯に着信。着信画面には平井警視総監の文字。
「こんな時に何だ」と、円城寺は内心思いながらも、携帯を耳に当てた。
「もしもし、円城寺です。すまないが今バタついててだな、、」
「総理!! 繋がってよかった!! 何回もかけたのに繋がらないので何かあったのかと心配していました!!」
何回も?
不思議に感じた彼は、とっさにスピーカーにし、着信履歴を確認。それを見て驚く。
「す、すまない! こんなに連絡していたなんて……。 申し訳ない!」
「いえ、無事でなによりです」
「それで? 何かあったのかね?」
「はい。実は、私の部下である川上警部から有力な情報を得まして」
「川上? あぁ、あの川上君か。噂は聞いてる。かなり優秀な刑事らしいじゃないか」
「えぇ。その川上が数時間前、ある1人の少年に会いました」
少年? ……あ!!
「その少年とは、赤髪の少年のことか?!」
「はい、その通りです! ご存知だったのですね。なら話が早い。その赤髪の少年は、突如姿を消したのですが、消える直前、『蟲が湧く』と言っていたそうです」
「蟲……?」
「それと、別の場所で同じく『蟲が湧く』と言っていた少年がいたという通報を受けてまして。恐らく、赤毛とその男は繋がっていて、彼らが人外なのだとしたら、2県1都に出現したあれが蟲ってことになります」
あれが……蟲?! 待て待て、2人の少年? まさか、日本には人外が2人もいるのか!?
「だ、だが、それがわかったところでどうしようもーー」
2人の緊迫する会話を聞いていた朱奈が、総理から携帯をぶんどった。
「声から察するに平井警視総監ですね? 私は綾瀬朱奈と言います。私が小さい時に会ったことありますよね? まぁいいです、いま言っていた2人の少年は今どこに?」
急に総理以外の声で問いかけられた平井が「え?」と聞き返すのは至極当然の流れであり、総理に携帯を取り返され、説教をされるのも当然のことであった。
「っ、綾瀬君!! 何考えてんだ! 私と平井警視総監が話をしていたんだぞ?! 重要な会話だぞ?! わかってるのか!?」
「その重要な話をスピーカーにしたまま話すのはどうかと思いますが?」
「開き直るな! とにかく席に戻りなさい!」
全く、何考えてるんだほんとに。
「総理? 円城寺総理? 聞こえてますか? 大丈夫ですか?」
「あぁ平井君、すまない。それで? その2人は今どこに?」
「それが、2人とも急に姿を消したらしく。今は消息不明です」
消えた? そんな芸当できるのは……やはり平井君の言う通り彼らは……
「わかった。とりあえず2人の捜索を最優先に動いてくれ」
「分かりました」
警察による大捜索が始まったその頃、探されている
ことなど知らない当の本人はというと。
「うんこ!」
「はい千年の負け〜!!」
「は?! なんでだよ!!」
「このゲームは"ん"が付いたら負けだろ?? 2個も"ん"が付いてるんだから、これはもう救いようがないほどの惨敗だろ」
「ば〜か。このしりとりゲームってやつは最後に"ん"が付いたら負けって言ったろ。それに『んんこ』じゃなくて、『うんこ』だバカ!!」
「どっちもアホやな」
何やら楽しげにしていた。
そんな中、わいわいはしゃいでいた3人の顔色が突如変わる。
「ーー千年。時間みたいやで」
「そうみたいだね博士。よし、準備はいいかい?」
「おう。いつでもええで」
その会話から約5秒後。大人しく、ただただ攻撃を受け続けていただけの巨大生命体が突如、
『ーーブギュブギョブギャァァ!!!!』
それは、現場からかなり距離もあり、しかも防音完璧な室内にいるはずの総理たちですら、耳を塞ぐほどの叫び声だった。
「な、何だこれは!! 頭が……割れる」
この声は、出現した2県と1都の住民全員の鼓膜に突き刺さった。
暫くすると声は止んだが、それと同時に、研究員の1人が声を荒げた。
「そそそ総理、室長!! 動きを止めていた対象が暴れ出しました!!!」
最悪の言葉が耳に入り、慌てて目にしたモニターには恐れていた災厄の光景が映し出されていた。
〈福岡県太宰府天満宮周辺〉
「た、隊長!! 報告します。突如暴れ出した生命体が数名の隊員を捕食し、今もなお破壊活動を行なっています!!」
「捕食!? 何がどうなってる!? 急いで本部に連絡を!!」
〈神奈川県横浜中華街〉
「た、た、助けてぇぇぇ」
「っ、隊長!! また1人捕食されました!」
「くそくそ!! 本部は何をしてる!?」
各地で起きる暴走。現場の指揮官は、手も足も出ず、目の前で捕食される仲間を見ていることしかできなかった。
一方、時同じくして、
〈東京都港区東京タワー最上階〉
「あ〜〜あ。ぎょうさん食われとるでぇ」
「そうだね。そろそろ行こうか」
「なぁなぁ千年、何すんだよ〜。俺にも教えろよ〜」
「お前はやりすぎるから待機だ。じゃあ博士、行くか」
不敵な笑みを浮かべた彼が動き出す。
「正直、別世界に来てまで出張るつもりはなかったんだが……こっちの人族は弱すぎるなぁ。
まぁ仕方ない。あれは俺らの星の害蟲だ。俺らで駆除しないとな。それに、他の連中も動き出すはずだ。この国を拠点とするために、一先ず、英雄とやらになってみるか」
タワー最上階から姿を消した千年。
待ち受けるのは絶望か、それとも……