Ep.36 貴方のために
〈日本 富士樹海〉
「ーー俺の名前は、天 千年。お前が最後に聞く名だ」
木に腰掛け、そう語る千年の目の前には、顔を下に向け、平伏する"七福陰道" 歩停損の姿。
天 千年…… 王直眷属の頭領か。ッチ、厄介なのに捕まった。こいつの情報は何故か少なく、仏陀様も警戒している男の1人だ。
「は、初めましてだな? それより、王直の頭領が私に何の用かな? さっ、さっきも言ったが、私は忙しいの。用があるなら、手短に済ませてくれるかな?」
「手短に……? ーーははははっ(笑) バカかお前? もしかして話が終わったら解散、もう逃げてもいいよ、とでも言うと思ってんのか? んなわけねぇだろ害種が!! お前はここで死ぬんだよ」
「……死ぬ? ふっ、それはないわね。だってあなた、"殺さない"で有名じゃない」
歩停損の指摘通り、千年は生き物を殺さないで有名で、相手がどんな極悪人だろうが、外道であろうが、彼は殺さない。
ーーしかし、
「あ〜〜ぁ、悪いがその情報は誤りだ。だってそれは俺じゃないから。いや、俺か。なんて言えばいい。俺であって俺じゃない。まぁいいや、お前に教えることなんか1つもないからな。とりあえず幾つか質問する、お前はただ正直に答えればいい」
こいつは何を言ってるの? いや、でも何か変ね。天 千年、確かこいつの神通力は"模倣"。見たものをコピーする新種の神、『絶対神』。だが、私に今かけられてる力はどう見ても重力。模倣の対象である重力系の神通力者……そんなやつがいた記憶はない。待て、では目の前にいるこの男は誰だ? 本当に天千年か?
「ーーわ、わかった。質問には答える。その代わり、この重力を解いてくれない? こんな状態じゃ教えられることも教えられないわ。息が詰まる。まぁ安心して、逃げはしない。というか、『霄壌断絶』を貴方が発動しているいま、空間移動は使用できない。だから、逃げも隠れもできないわ」
「1つ目、仏陀の居場所はどこだ?」
思いっきり無視。ダメね、話が通じない。
「聞いてる? まずは重力をね、、」
「ーー洗脳。 それがお前の神通力だ。発動条件は、相手の目を見ること……だったっけ? まぁ少し違うかもしれんが、大体そんなとこだろ。だから、重力は解かない。お前の力をコピーして、洗脳をかけてもいいんだが、お前の洗脳は体の自由を奪うだけで、意識は奪えない。つまり、記憶を見たりはできない。……ったく、ほんと中途半端で使えねぇ能力だな」
彼女は下を向いたまま驚いていた。
ま……まさか、そこまで知られていたなんて。
私は、仏陀様の指示でほとんど表に出て行動しない。なのに何故だ…… そうか、身内に裏切りものが……
「おい、余計なこと考えてる暇があるなら早く答えろ。言っておくが、俺はお前ほど暇じゃない。仏陀はどこだ? ーー言えッ!!!!」
鬼気迫る彼の言葉が相まって、彼女に襲いかかる重みが増した。
クソ!! 情報通りの男なら、会話でなんとかなると思ってたのに! やはり、こいつは天千年ではないのか!?
「ざ……残念だけど、仏陀様の居場所は知らないわ。あなたも知ってるでしょ? あの御方は神出鬼没。配下である私たちにも居場所は悟らせない」
今にも潰されそうになる彼女は、声を震わせながら、偽りなく彼の質問に答えた。のだが、
「ーーそうか、お前は俺に嘘をつくんだな。残念だよ」
先ほどまでと比べものにならないほどの神力と殺意。
「神戯 『歪』」
彼がそれを唱えると、地面に付いていた彼女の右人差し指が、捻れながら弾け飛んだ。
「ッッグガアァァァア゛!!!!」
指1本消えたことと、その痛みにより、さっきまでなんとか耐えていた体勢が崩れ、顔から地面に打ち付けられた。
「拷問は得意じゃないが、不得意でもない。ーーそれで仏陀の居場所は? 早く吐けよ虫ケラ」
「だ……だから……知らない……」
「あっそ」
そこからは同じことの繰り返し。指10本のうち、8本が消えてなくなった。
「……はぁ何だよお前、拷問慣れしてんじゃん。普通なら3本くらいで吐くぞ? まぁいいや、仏陀の居場所は自分で探すよ。なら次、2つ目。 神和について知ってることを全て吐け。お前らが探してることは随分前から知ってる。先に言っておくが、次は足の指を潰す。そのあとは両腕と両足。その次に目玉、次に鼻。口だけは残したいから早く言えよ」
こ、こいつ……完全にイカれてやがる!
「待て!! わ……わかった。話す」
クソ野郎が、本当に痛い……でもこれは予想外な展開。そうか、こいつらも神和を探してるのか。なるほど、ってことはつまり1つ目の質問はブラフで、こっちが本命の質問ってことだな。恐らく、私が仏陀様の居場所を知らないのは最初から分かってた。分かってた上で、拷問による恐怖を与え、神和のことを吐かせやすくしたってことだな。ふふっ、なら好都合。私がそれを吐くまでは絶対に私を殺さない。時間を延ばせば延ばすだけ、集中力は切れ、神力は弱まる。そうなれば、この鬱陶しい重力から解放される。ーーふふっ、やはり噂通りの甘ちゃんね、王直頭領!!
「でも、意外ね。あなたたちが神和に興味を持つなんて。探してるの、私たちだけだと思ってたわ」
「余計なことはいい。早く話せ」
「あなた知ってる? 神和はね、なんでもできる力なの。なんでもよ? あの原初の神"天ノ霞"をも凌駕すると言われる最高最強の神通力なのよ?! まぁそれは欲しくなって当然よね。手にしたいわよね!?」
とにかく時間を稼ぐことだけに集中していた彼女は気づかなかった。
木から腰を上げ、ゆっくりと彼女に近づき、目の前で腰を落とす千年の存在に。
千年は歩停損の前に屈むと、力強く頭を掴み、顔を上げさせた。
「お前ごとき下っ端が、神和の在処を知るわけがない。俺が知りたかったのは、神和というものが本当に存在しているか否かだ。まぁ今ので神和が本当にあるってことは十分わかった。ーーってことで用済み、お前もう死んでいいぞ」
殺意と神力の急上昇。一瞬、その恐怖で頭が真っ白になるも、ギリギリのところで彼女は正気を保った。
"仏陀様のために死ぬ。こんなやつの為に死ねない!!"
「ーー終極 『脳心支配』」
※脳心支配
身体並びに、精神の洗脳。ただ、意識を奪うことはできない為、洗脳をかけられた対象者は意識のあるまま操られる。
また、脳心支配は1人に対してしか使用できない。=複数人同時に洗脳はできない。
〈発動条件〉
1.発動者と対象者の目が合った状態で能力の解放すること。(直接じゃなくても発動する)
但し、洗脳の対象が発動者の神力よりも遥か上の神通力者である場合、成功率は下がる。(対象者の身体・精神状態によっては、神力が発動者よりも上の相手であっても成功率が上がる場合もある)
彼女の中で、天千年は自分よりも格上であるという認識だった。
だが、喜怒哀楽のどれか1つでも、通常時より昂ってる状況であれば、この能力は発動できる。
つまり、怒りに怒った今の千年であれば、経験上、発動条件を満たしていると感じていた。
そして彼女は、指を潰されながらも、その瞬間をずっと待っていた。
「ーーふ、ふふっ。勝った…… 勝ったぁぁ!!」
完全に動きを止めた千年を見て彼女は勝利を確信する。
「王直頭領を仕留めた!! 大物よ?! これはデカい! 仏陀様も、お前のことだけはよくわかっていなかった。そんなお前を手中に収めたのはかなりデカい!! ざ、ざまぁみやが、、」
格上と思っていた千年の動きが止まったことで、今までにないほど喜んだ。しかし、ふと我に帰る。
待って……脳心支配が発動してるのに、なぜ私にかかる重力が消えない? しかも、さっきから千年の体を操ろうとしてるのに全く微動だにしない。おかしい……おかしい!!
「ーーどうだ? 歓喜が絶望に変わった瞬間は?」
そういうと、脳心支配が発動しているはずの千年は動き、人差し指を彼女の眉間に添えた。
「歩停損の分際で、俺に勝てると思ったか? 俺を掌握できると思ったか? 思い上がりも大概にしろよ虫ケラが」
彼の言う通り、歓喜から絶望へ。表情が一気に強張り、ゆっくりと涙を流す彼女を見て、千年は微笑んだ。
「おいおい、なんの冗談だ?? ゴミが涙を流すな。それをしてもいいのは、心ある生命のみだ」
「お願い……許して……助け、」
「もし"次があれば"、真っ当な虫として生まれることを祈ってるよ」
「あ……あっ……ア゛ァァァァ!!!!」
「ーー絶戯 『虚空』」
彼が人差し指を添えた眉間を中心に、顔面に巨大な穴が空いた。
「終わった……。終わりましたよ天明様。貴方の仇、1つだけですが、いま討ち取りましたよ」
千年の瞳から溢れる涙。それに反応してか、晴天だった空からも静かに雨が降り始めた。
「さて、あいつに体返さねぇとだな……とその前に」
千年1人のこの状況で、何を思ったのか、突然大声で話し出す。
「ーーじゃあ、あとはお前に任せる。煮るなり焼くなり好きにしろ。まぁ寄生虫と揶揄したが、洗脳は使い方さえ上手くやれば良い力だ。任せるぞ」
そういうと、千年は霄壌断絶を解き、空間移動の中へと姿を消した。
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〈モンゴルとある森 間内〉
「ーーそれで? お前は俺らに神格出来ること黙ってたのか?」
摩瓈爾奠との激闘を終えた云大、キゼル、グレン、そして師である虎影は、この場所で暫し休息を取っていた。
しかし、この場についてすぐ、キゼルは云大の目の前に立ち、不機嫌な表情を浮かべながら、彼を問い詰めていた。
「いやいや、隠してた訳では……。と、というか、グレン先輩……大丈夫ですか?」
グレンは、2人から遠く離れた場所で、蹲り、「ヒクヒク」と泣き喚いていた。
※油断し、足元を掬われそうになった件で、虎影にめちゃくちゃ叱られました。
「話を逸らすな。あいつはどうでもいい」
こ……困ったな。場所を移してからすぐ、グレン先輩めっちゃ怒られるわ、俺は何かキゼル先輩に詰められるわ……。というか神格って何?? まだ習ってない。って、そんなこと言っても通じないか。う〜〜ん、ここは正直に伝えるべきなんだろうけど、なんて言っていいかわからないなぁ。「声がして、従ったら強くなりました!!」って言っても信じてもらえなさそうだし……。
「これキゼル。執拗な詮索はやめぃ」
「ですが師匠!!」
「己の気持ちもわかるが、新種の神通力者の神格は、意図せず起きるケースの方が多い。更に、意図せず起きた神格は、体力の消耗が激しいし、下手したら死ぬ可能性だってある。そこまでの危険を冒した仲間に、己はこれ以上何を聞く?」
・ ・ ・
「……俺が間違えてた。悪かった」
「いやいや、俺は元気で、、イテテ」
「ホッホ、無理をするでない。今はゆっくりと休むことじゃ」
しかし、正直此方も驚いた。あの神格のレベル、あれは間違いなく上位クラス。下手したらそれ以上か。無意識とはいえ……ホッホ、これは面白い。ちゃんと完成させてから、千年様に報告するかのぉ。そんなことより、問題は捕食生成の方。これが神道の連中の耳に入ってしまったら……。いや、大丈夫じゃな。
「ほいじゃ早速、今日の総括をするかのぉ。これグレン!!!! いつまで泣いておる! こっちに来んか!!」
未だ泣きじゃくるグレンに痺れを切らした虎影が、彼に向かって歩き出す。
そんな中、
「ーーち、千年様!!!!」
急に立ち上がり、ソワソワしながら辺りを見渡すキゼル。
「え!? 千年先輩?! ど、どこですか?」
「何を言っておるキゼルは。千年の気配などないでは、」
《ーー虎影》
《ち、千年様?! これは驚きました。今ちょうど千年様の話をしておったところですわい》
《え〜〜なになに、悪口?》
《まさか。それよりどうされました? 後で、報告も兼ねて意思伝達を飛ばす予定でしたが、どうやらお手を煩わせてしまいましたなぁ》
《いや全然! それより間の外にいるんだけど、入ってもいい?》
《なんと?!》
本当に近くに来ておられたのか……此方ですら気づかなかったというのに。というか千年様の消隠姿のレベルを考えれば普通気づくことなど不可能。……なるほど、キゼルの愛はそれをも超えるか。ホッホ、異常じゃのぉ。
《もしも〜〜し! 虎影?》
《あぁ、失礼。入っても良いですぞ》
そういうと、4人の集まる間の中に、どこかスッキリとした表情の千年が現れた。
「ち、ち、ち、千年様ぁぁ〜〜」
彼を見るや否や飛びつくキゼル。そして、先程までの涙はどこへやら。グレンもキゼル同様、笑顔で千年に飛びついた。
そんな2人を軽くあしらいながら、向けた視線の先にいる云大を見て、彼は感嘆とした。
「随分と成長したじゃないか! 別れる前とまるで違う。なによりだ!」
「はいっ!!」
そういうと、云大も千年のもとに駆け寄り、3人は楽しげにはしゃいだ。
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「じゃあそろそろ行こうかな」
「そ、そんな……。早すぎます、もうちょっとゆっくりしていってください……」
「そうしたいんだけど、俺はこう見えて忙しいのです〜〜」
本当はもっと一緒にいてやりたいんだけどね。……しかし、あの摩瓈爾奠を倒すとはな。3人とも、随分と成長した。これは、期待以上の成果だ!!
「じゃあ虎影さん! あとのことは、」
この場を立ち去ろうとする千年の服を、グレンは下を向いたまま掴み、
「待てよ」
「え? なに?」
「なに? じゃねぇ。お前、約束忘れたのか?」
うんん? 約束?? 約……束……約束?
「えぇと……あぁ〜〜あれね。はいはい、覚えてる覚えてる。よしよし、よく頑張ったな。頭撫で撫でしてや、」
「ちげぇよ!! お前!! ジジイを見つけたら、1回だけ相手してくれるって言ったろ? 約束守れよ!! ……あ! ジジイじゃない、師匠……」
相手する? 言ったっけ? ……あ、、言ったわ……。
「いや確かに言ったけど、別に今じゃなくてよくね?」
「ダメいま! 絶ッッ対にいま!! じゃないと、俺もお前も忘れる!」
いや、お前は覚えとけよ!
「え〜〜、め〜〜んんど〜〜い〜〜。つうか、お前ら疲れてねぇの?」
「疲れて……るけど! 今今今!!」
うわぁ……まじでめんどくさいじゃん。こうなったらグレンはなに言っても折れないからなぁ。よし、こうなったらキゼルに、
「いやお前はいいかもしんないけど、キゼルは嫌だと思うぞ? お前より数倍頭使ってるわけだから疲労もあるだろうし。な?キゼ……えぇ〜〜」
グレンよりも目を輝かせて千年を見つめるキゼル。
嘘でしょ〜〜。わりかしマジで俺忙しいんだけどなぁ。
《千年様、こうなったら此奴らは折れませんぞ?》
《だよね〜〜。仕方ないか》
「ーーわかった。その代わり10分な! それでもいいなら」
「は? 10分は短すぎるって! それじゃ全然、」
「おいおい、勘違いするな。10分間相手してやるって意味じゃないぞ? 10分以内で終わらせるけどそれでもいいか?って意味だ」
明らかに2人をなめ腐ったその発言と態度に、当然グレンとキゼルの威勢が増す。
「千年様、御言葉ですがそれは我々をなめすぎかと」
「そうだそうだ! 俺らのコンビナージョンなめんなよ?」
コンビナージョン? あ、コンビネーションか。
「そういうのいいから。さっさっとやるぞ」
千年は虎影に軽く会釈(合図)をする。
それを見て、彼は立ち上がり間を解く。
「じゃあ、ここでやるのは色々とNGだから、虎影さんの神域でやろうか。 では虎影さん、お願いします!」
「あいわかった」
そういうと、一同は虎影の近くに集まり、腰掛ける。
「ほいじゃ行くぞーー"死の擬似 魂失 隠消。見えず 触れず 亡者と化せ" 従操 『隔絶』」
発動者である虎影を除いて、全員の姿が見えなくなる。
そして、それを確認した虎影は続けて、
「"現世殻置 常世命宿 拒み与えず 身を明け渡せ" 従操 『神域』」
発動と同時に、虎影も姿を消し、全員の魂が神域内へと移動を始めた。
一方その頃、




