Ep.34 閉幕の微笑み
"ドンッ"、"ドンッ"と辺り一帯に激しく響き渡る鈍い音と、不快な笑い声。
炎の鎧を纏うグレンを、牛若は笑いながらただひたすらに殴り続けていた。
「ウッシッシ、ウッシッシ〜〜。まだ死ぬなよまだ死ぬなよ?! ウッシッシ〜〜!!!!」
その一撃一撃が凄まじい酷い音を背に、キゼルは走った。
「自分は無力だ」「なんてザマだ」 そう感じながらも、キゼルは振り返ることなく必死に走った。
そして、大きな大木にめり込み、気絶する云大を発見する。
「おい、云大! 俺だ、キゼルだ! 聞こえるか!?」
至る所から大量の血を流し、ピクリともしない彼の首筋に手を置く。
「……よし、生きてる!!!!」
生きてることを確認した彼は、耳元で何度も何度も声をかけ続けた。がしかし、一向に目覚める気配はない。
やばいな……グレンの炎鎧は持っても5分。しかも、炎鎧直後は何も出来なくなる。そうなったらもう本当に終わりだ。なら師匠を呼ぶか? ここまで危機的状況なら流石に動くはず。
でも、多分だが師匠を呼べば、牛は確実に逃げる。あの速度で逃げられたら流石の師匠でも追えない。そうなれば……あぁクッソ!! どうする?!
※炎鎧
グレンの神通力。守りに特化した力で、分厚い炎を体に纏う。また、高温の炎であるため、触れたものは焼かれる。
その炎鎧に対し、摩瓈爾奠"牛若"は、手や足が何度も焼け爛れながらも、すぐに再生し、今もこうして殴り続けている。
刻一刻と迫る"敗北"を前に、キゼルはこれ以上とないほど思考を張り巡らせるーーが、それでも打開策は見つからず。云大がめり込む大木に縋りながら、膝から崩れ落ちた。
「もう・・ダメだ……完全に詰んだ」
そんな張り詰めた状況の中、気絶する云大は、ある夢を見ていた。
◆夢◆
「真っ白だ……なんにもない。ここは……千年先輩の神域か? いや、あそことはまた何かが違うーーあ、そうか……俺、死んだんだ。ははっ、災厄だ」
夢と呼ぶにはあまりにも殺風景で、空気の濁ったその空間を前に、彼は自分が死んだのだと悟った。
「あ〜〜ぁ、本当災厄。俺のせいで、グレン先輩とキゼル先輩に迷惑かけた。あの後どうなったかなぁ。2人は無事かなぁ……って、俺ごときがお2人の心配なんかしてんじゃねぇよ!! だ、大丈夫に決まってる!」
寝転がりながら、ブツブツと独り言をもらす。
だが、自分の吐いた言葉に納得がいかなかったのか、彼は怒りながら起きあがろうと体に力を入れた。
「あぁダメだ!! やっぱり諦めれきれない!! まだだ。もっと皆んなと!! ……あれ、起き上がれない。なんでだ? 死ってこういうもんなのか? ……マジでダメだ。体に力が入らない」
起き上がることができない状況に、少し動揺したが、それでも諦めずに起きあがろうとする。
「っふざけんな!! こんなとこで死ねるかよ! 俺のせいで、あんなに2人に迷惑かけたんだ。途中でリタイアとかクソだろ!! なぁ、榮多云大、起きろよ。起き上がれよクソ野郎!!!!」
だが、それでも体は反応を示さなかった。
そんな時、
〔ーー脆弱だな、榮多云大〕
何もなかった空間に響く? いや、云大の脳内に直接語りかけてる? どちらにせよ、突如男性の声が聞こえる。
「誰だ!? 出てこい!! つうか初対面の相手に脆弱は失礼だろうが!!」
〔実際、脆弱だろ?〕
「うるせぇよ! テメェは誰だって聞いてるんだ! 答えろ!!」
〔ったく、口の利き方がなってねぇなぁ。
俺が誰か……ね。そうだな、『本物の記憶』とでも言っておくか〕
「は? 何言ってんだおめぇ。厨二病か?」
〔まぁいい。本当は雑魚に力を貸すなんて不本意の極みなんだが、死なれても困る。だから今回限り、手を貸してやる。だが次はない。次同じことがもしあれば、その時はーー俺はお前を奪う〕
そういうと声は消え、云大の意識は飛ぶ。
◆◆
どうする、どうする。諦めんなキゼル・ラーシュ! お前は千年様の右腕だろ?! こんな弱いやつでどうする!! 考えろ、考えるんだ!!
未だ目を覚まさない云大の隣で、必死に考えるキゼルであったが、隣からなんとも言えない、強烈な何かを感じ、思考が止まる。
そして、感じたままにキゼルは、云大の方へと顔を向けると、
「おいおい、なんだよ……それ」
何箇所もある云大の傷口に、ハッキリと目で認識できる眩いオーラのようなものがゆっくりと大量に流れ込む。
「何が起きて……いや何が起きるんだ」
見たこともない現象に、キゼルは彼から距離をとり、少し離れたところから観察する。
そして、大量に流れていたオーラのような何かがなくなった直後、云大は目を閉じたまま、何かを呟いた。
"「『◼️◼️◼️』」"
********************
同刻
牛若による猛攻を耐え忍ぶグレンに限界が近づく。
もう何発殴られたかすらわからない、何分耐えたかすらもわからない。意識が朦朧とする中でも、彼は必死に堪えていた。
「ーーモォ〜〜、認めるよ。しぶとさと硬さは一級品だモォ。お前のせいで、両拳と両足、それにツノが何度も溶けた。実に不愉快だモォ。ーーだが、気のせいか? お前のその炎鎧、あんなに分厚かったのに、いまはなんか……薄くないか? ウッシッシ。もう分かってると思うが、牛若様の再生が尽きることはない。お前に触れるたび、四肢が消えても、すぐに元通りになる。だがお前は……ウッシッシ、言うまでもないな。さぁ、そろそろ牛若様の餌となってもらうぞ小僧」
再び、グレンに向かって走り出した牛若。
拳を振り上げ、彼にそれが届く寸前のところで、
「!?!?!?!?」
牛若は、遥か後方、背後から得体の知れない、禍々しく、神々しい強烈な何かを察知し、動きを止める。
なんだなんだなんだなんだこれは!? まさかこいつらが師匠と読んでいたジジイか?! いや違う、そうじゃない。これは、あのジジイよりも遥かにやばい!! 何がいる……牛若様の後ろに……いったい何がいやがる?!?!
グレンの顔の寸前で拳を止め、背後にいる"何か"を必死になって考えるも、答えなど出ず。
それどころか、恐怖で振り返ることすら出来なかった。
ーー動きを止めて数秒。遠くから感じていた"それ"が、ついに自分の真後ろに近づいたことを察知する。それと同時に、反射的、いや恐らく動物の本能が体を危険から遠ざけようとする。
だが、それでも間に合わず。前を向いたまま加速した牛若だったが、背後から左腕を掴まれ停止。
そのまま、"バキバキ" "ブチブチ"と音を立てながら捥がれた腕が宙を舞う。
「ッギャァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」
雷のスピードを誇るキゼルとほぼ変わらない速度の牛若ですら、それを避けることができなかった。
千切れた腕から溢れる大量の血を抑えながら、牛若はようやく振り返る。
「……!??! だ、、誰だテメェ……」
そこには、全身、真っ黒の甲冑を着ているかのようなゴツゴツとした皮膚。至る所に、見たこともない模様と形の金属のようなものを身につけた、灰色の長髪(毛先が腰付近に届くほど)で、身長は3メートルを有に超える大男が立っていた。
男は引き千切った腕に見向きもせず、ただただ辺りを見渡していた。
なんなんだモォ…… んなことよりックソ、腕がなかなか再生しない。丸々1本やられたんだ、そう簡単にはいかないモォ。
腕の再生を待ちながら、牛若は迷っていた。このまま闘うべきか、それとも逃げるべきか。
正直、グレン、キゼル、云大に受けた屈辱を晴らしたい気持ちがかなりあったため、逃げる選択肢は最初からなかった。だがそれよりも、いま目の前にいるこの男の尋常じゃないヤバさがそれら全てを掻き消していた。
どうする、どうするモォ。意味不にもこの男はいま牛若様に興味を示してない。ってことは、逃げるなら今がチャンス。だが、なぜだ。足が動かない。
ーーそうか、、恐怖してるのか。この牛若様が恐怖しているんだ。
さっきまで優位に立っていたあの牛若ですら動けないほどの圧倒的恐怖。だが、逆にその状況が彼の足を動かした。
息を殺し、誰にも気づかれず、誰にも追うことすらできない今日一のスピードで、力尽き炎鎧の解けたグレンをキゼルは抱え、牛若と巨漢の男から距離を取った。
「サ、、サンキュー……キゼル。正直、もう限界だった」
「そうみたいだな。よくやったよ。お前の頑張りはちゃんと千年様に伝えておく」
「いや別に死ぬわけじゃねぇから、自分で言えるし。
イテテ。 ーーところで、あのデカ男は何モンだよ?敵? 味方か?」
「あれは……うん、云大だ」
「あぁ、云大ね ……は?!?! イテテ」
キゼルは見ていた。大木にめり込んでいた云大が、直視できないほどの光を放ち、直後あの姿になった瞬間を。
「待て待て、本当に云大なのか? 言われてみれば、あいつの神力に似てる。でも、あの姿って……」
「そうだ、間違いなくあれは"神格"。自身の命源細胞が、自身の神通力の特性を表す姿に変化し、細胞そのものが体を纏う」
「マジかよ…… じゃあ、あいつの前任の神は死んだってことか?」
「いや、あいつは新種の神だ。だから、実力が伴えば神格はできる」
だが、流石に違和感を覚える。確かに云大は弱くはない。だが、神通力に関してはほぼ素人だ。天告があったとも聞いてない。前任の神がいない新種とはいえ、神格ができる器とは正直思えない。
ならなぜ? どういうことだ?
「ゼル ーーおいキゼル!!」
「っ、すまない」
「とりあえずここから離れよう。下手したら巻き添え食らう」
「そうだな。考えるのはあとにして、ここはあいつに任せよう」
キゼルはグレンを抱えたまま、この場を立ち去ろうとした。
しかし、辺りを見渡していた云大がその行為をやめたことで、ただならぬ緊張感が走った。
……ダメだ。いま動いてはいけない。様子から見るに、今の云大に自我はない。この状況で動けば、どうなるか……ックソ、判断を誤った!! 早くこの場から立ち去るべきだった。
誰1人として動くことをやめ、次の展開の決定権をもつ、ただ1人の強者(云大)の行動に息を呑んだ。
だが、間近でその強者の神力に耐え続けることなどできるわけもなく、我慢の限界を迎えた牛若のみが、一世一代の大勝負に出た。
「ーーいまは勝てねぇモォ。悔しいが、死にたくないんでね」
牛若は千切られた腕を再生し、云大のいる場所と逆方向に向かって勢いよく飛び出した。
恐らく、いまの牛若のスピードであれば、常人では追うことはできない。瞬く間にこの場から姿を消すだろう。だが、それは常人であればの話。
走り出したと同時に、云大は牛若に対して、デコピンの動作=指を"パンッ"と弾いた。
すると、再生した右腕に加えて、左腕・右足そして左足が同時に跡形もなく消え去った。
四肢を失ったことで、当然走ることなどできるわけもなく、胴体だけを残して勢いのまま前のめりに地面に倒れた。
「おい、、キキキ、キゼル…… あ、あいついま何した?」
「し、知るかよ!」
ま、まじか…… ゆび弾いただけで、あの強靭な牛若の肉体を粉微塵にしやがった……
グレンとキゼルが、云大の凄まじい力に驚嘆する中で、牛若は生命を保ったものの、酷く悶絶していた。
そんな牛若の息の根を完全に止めようと、云大は歩き出す。
「なぁなぁ、あいつ牛を殺したあと、どう動くと思う? ま、ま、まさか俺たちを殺そうとかは、なな、ないよな?」
「知るか。でも、多分それはない。自我がないとはいえ、俺たちに見向きもしないところ、危害が及ぶことはない……と信じたい」
2人は既に、牛若の死を確定していた。まぁ普通に考えれば、手足がない状態、仮にあったとしても、太刀打ちできる相手ではないと分かっていたからだ。
しかし、その2人の考えは一気に覆る。
牛若の元へと近づいていた云大は、突如立ち止まり、ゆっくりと前のめりに倒れた。
そして、彼らのいう"神格"が完全に解け、元の姿へと戻っていた。
「え……。 嘘だろ……。 まさか、力尽きたのか?!」
「おいおい、マジかマジか。キゼルどうするよ?!」
一瞬2人は戸惑ったが、キゼルはすぐに動き出す。
よくよく考えれば、最早満身創痍の牛若。云大に頼らなくても殺せる。
全身に雷を纏い、すぐさま牛若の息の根を止めにかかろうとしたのだが、
「ウッシッ…… ウッシッシッ〜〜!!!! 牛若様の勝ちぃぃ!!!!」
轟く雄叫びと、勝ちを確信したことによる気迫の増長。それが相まってか、無くなった四肢が、みるみるうちに再生を果たした。
"摩瓈爾奠"牛若の完全復活である。
「クソッ!! マジで異常だろ、その再生力!!」
飛び出したキゼルは間一髪のところで静止。牛若の復活に、唇を強く噛み締めた。
「ウッシッシッ、ウッシッシッ〜〜さてさて、誰から殺すかなぁ? 炎飯か、雷飯か。いやいや、やっぱり最初に殺すのは、そこの云大野郎だなぁ〜〜。あんな痛い思いしたのは初めてだモォ。お礼に、同じように四肢を捥いでやる。光栄におモォえ〜〜」
ゆっくりと、倒れる云大に向かってキゼルを警戒しながら歩き出す牛若。それにより、キゼルは動くことができなかった。
ダメだ。速さが俺と同じで、力で劣る相手にはどうしても勝てない。牛が俺に視線を送ってる限り、云大を救うことはできない!!
万事休す。額から流れる汗だけが、ゆっくりと動く。
3人が何もできないまま、死へのカウントダウンは始まったーーがしかし、急に何かに怯え出す牛若の表情と、上空から感じる圧倒的な神力に、キゼルは薄ら微笑んだ。
「申し訳ございませんーー師匠!!」
「ーーホッホ、よぉやった。まぁ課題は多いが……うむ、及第点じゃ」
師、降臨。




