Ep.29 権能
〈テレルジ国立公園内亀石周辺〉
息を整え、できる限り身を縮こまらせるグレンとキゼル。
2人はあの後、「亀石」という有名な石付近に移動し、物陰で身を潜めていた。
「巻いた……か?」
周辺に気を配りながら、石にもたれかかるキゼル。
そんな彼の胸ぐらをグレンは掴み、
「おいっ! なんで……なんで云大を置いてきた?! なんで云大に攻撃してた?! 答えろ!!」
大声で激昂するグレンの口を慌てて押さえた彼は、勢いそのままに思いっきり頭を引っ叩いた。
「だ、バカ黙れ!! 理由を説明するために場所を変えたんだろうが! まじで黙れ! いいな?!」
思いの外めちゃめちゃキレるキゼルに気圧されたグレンは、何度も何度も頷いた。
「よし、じゃあまず、お前地面の中にいたんだろ? なぜ直ぐに上がってこなかった?」
「だって神通力使えなかったんだもん! 仕方ないだろ? まじで意味わかんねぇよなぁったく」
・ ・ ・
「おま、おま、はぁ…… お前、石拾っただろ?」
「え?! 何で知ってんだよ!」
「は、はぁ…… それは緑色に光る石か?」
「うんうん!! すごいな、何で知ってるんだよ! まぁいいや、見せたほうが早いよな! ほれ、これだよこれーーってあれ……光ってない!! さっきまで光ってたのに!」
慌てる彼とは対照的に、キゼルは頭を抱えていた。
「お前、神力封石って覚えてるか?」
「は? バカにすんなよ! 神力封石は従操の力を込めて作る石だろ? 覚えてるに決まってるじゃん!」
「は? じゃあ何で緑石を拾うという暴挙に出たんだよ」
「緑石? なんだそれ。
あぁ、あれか。神力封石の種類か? 悪いが種類までは覚えてない。キャパオーバーだ!……うん? 待てよ、ってことは……え?! あれ神力封石なの!?」
うわ…… 何こいつ、まじで殺したい。
「お前が拾ったのは消隠の緑、つまり消隠姿の力を込めてある石だ」
「……あ、それで神通力が使えなかったのか! なるほど! あれ、じゃあ何で絶戯使えたんだ?」
「緑石の効果持続時間は10分だ。使い終わると普通の石に戻る」
「あ〜〜ぁ、それでか」
救世主みたいな出方してきたこいつが"出来るやつ"と錯覚してしまった。でも逆に安心したよ、いつも通りのバカで。
「まぁいい。お前の復習に付き合うほど今は暇じゃない。とりあえず現状を伝える。
まず敵は2人。1人は牛若を名乗る牛の魔戎。そしてもう1人は、云大に洗脳をかけてる中位の神通力者だ。つまり、第三等害種が2体いるということだ」
流暢且つ丁寧に説明したところで、彼の理解は追いつかない。
「おい待て、キャパオーバーだ。最初から言い直せ」
「は? ふざけるな、1回で理解でしろ」
「バカか! いま話してる相手は俺だぞ? 考えて説明しろよ間抜けが!」
この……こいつ、
「いいから早く! 時間が惜しいんだろ? 頼むからちゃんと教えてくれ!」
ったく、何様なんだよこいつ。つうか時間が惜しいから1回で聞き取れって言ってんのに……
「いいか? まず敵は2人だ」
「それはわかった。その後から具体的に頼む」
「この、はぁ……。 1人目は魔戎。恐らくこいつは能力なしだ。最初は穴を作る系の能力かと思っていたが、その線は消えた。理由は、お前と云大の落ちた穴をそれとなく確認したが、神力は感じ取れなかった。つまり、あの穴は前もって準備していたものだと思う。そして、多分だがその穴を用意したのが、もう1人あの場のどこかにいる中位の神通力者だ」
「うん、確かにあの穴は能力じゃないと思う。もし能力の一部なら、俺が腕力だけで登れるわけないしな。
でも、何で中位の神通力者が掘ったって思うんだ?」
「これはあくまでも勘だが、あの牛は頭が悪い。作戦を練るようなタイプには見えない。でももう1人の神通力者は違う。師匠ですら見つけることの出来ない消隠姿を使い、加えて上位レベルじゃないと作れない緑石を作るほどの従操の使い手。そいつが知恵を与えたとしか思えない」
「何でそいつが緑石作ったとかわかるんだよ! 他のやつが作って預けただけかもしんねぇじゃん」
「"前習った"ことだが、神力封石は神通力者同士の譲渡はできない。作った本人以外が触れた瞬間に効果は発動されるからな」
「ふ〜〜ん、覚えてねぇや!! まぁとりあえず誰が掘ったとか、石がどうとかはかどうでもいいな! それで、続きは何だ?」
・ ・ ・はぁ……こいつは俺に対してこれを悪いともおかしいとも思ってない。バカ以上のバカだ。ツッコんでも疲れるだけだな。
「その中位の神通力者が云大に洗脳をかけてるらしい」
「洗脳?! 神通力か?!」
「そうだろうな。洗脳の神通力者だと思う」
「そんなやつ聞いたことねぇし、洗脳とか最強じゃん!」
「能力だけ聞いたらそうかもな。でも色々とリスクはあると思う」
「リスク??」
「考えてもみろ、何で云大だけを洗脳した?
俺とグレンも洗脳すれば一気に片がつくだろ? でもしてない。ということは、1人にしか洗脳をかけられない、もしくは何らかしらの条件が整わないと洗脳できないということだ」
多分、中位の野郎は端から堀った穴の中にいた。そして、そこに落ちてきたのがたまたま云大で、洗脳をかけたんだろうな。だから、このアホは洗脳されなかったと……。そう考えれば運がいい。正直、いまのグレンを敵に回す方がしんどい。
「確かに、俺とキゼルを洗脳すれば余裕で勝てるもんな」
「そういうことだ。それと、その中位の神通力者は恐らく面を出さない。あくまでも裏方に徹すると思う。姑息なやり方に、鬱陶しい戦略。多分、単体ではそんなに強くないやつだと俺は思う」
「うん、そうだな。普通なら俺が穴に落ちて、戦線離脱していたあの状態なら、実質3対1。それなのにそいつは姿を現さなかった。弱いって自分で言ってるようなもんだ!!」
いや、悔しいがそうじゃない。やつが戦場に姿を見せないのは恐らく師匠が原因だ。どう足掻いても師匠には勝てないという判断だな。まぁそれ=腰抜け。大したやつじゃないのは明白だ。
「つまり、現状の相手は多分能力なしの魔戎と洗脳され操られている云大の2人だ。云大に関しては気絶させれば何となるって師匠が言ってたから、とりあえずそれ通り動こう。問題は魔獣だ。絶戯と神戯を食らわしても未だピンピンしてる。もしかしたら、その点が魔獣特有の能力なのかもしれない」
「魔獣特有の能力??」
「例えば、神通力者でいう系統が、魔獣は"守護"に似た何かで、神通力者の力を半減するとかなのかもしれない。自惚れてるわけじゃないが、俺もお前も決して弱くはないからな。あれに劣っているとは思えない。だとしたら、あれだけやってピンピンしてるのはおかしい。つまり、守護に似た系統を持ち合わせていると考えた方がいいかもしれないと俺は思う」
「うん、うん、うん!! 確かにそうかもしれないな! でも確証がないと動きづらい。だから答えがほしい。そういうことだろ?」
「まぁそうだが、」
「なら簡単だ! あの牛に直接聞けばいい!」
「は? 自分の能力を開示するアホがいるかよ」
「いや、あの牛は言うね。だって聞いてもないのに自己紹介してたし。それに思い出してみろよ? 魔獣はプライドの塊ってジジイも言ってた。それ即ち、あの牛は俺と同じくバカだ!! だから絶対、自慢げに能力を開示すると思う」
へぇ〜〜、バカにはバカのことがわかるのか。面白い、これはこいつに任せるか。
「わかった。何としてでも聞き出せ」
それから2人は、暫く休息し、牛若と云大のいる場所へと戻った。
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「モォォ〜〜。どこ行きやがったあのガキども!! 絶対に食い殺してやる……モォ゛」
「ーーおい、こっちだバカ牛!!」
キレて暴れる牛若の背後にグレン。そして、彼を見るや否や、牛若は勢いよく走り出した。
「殺すクソガキ!! モォ゛ォ゛!!!」
猛スピードで襲いかかる牛若を間一髪のところで避けたグレンは、そのまま空中に浮遊し、
「おいバカ牛! 聞きたいことがある!」
「は? お前みたいなガキとはもう話さない!! 早く食わせろクソガキ、モォォ゛」
「うるせぇよ! 黙って答えろバカが! お前の能力は何だ?! 言ってみろ!」
「は? バカはテメェだ! 言うわけないだろ、モォォ゛」
「俺は炎の神通力者で、気に食わないやつを全てを燃やす! それが俺の力だ」
・ ・ ・「は??」
「おい、俺は言ったぞ? お前は言わないのか? なら、最低災厄の卑怯者だな! 弱いやつは手の内を隠す。お前はまさにそれだ! 雑魚雑魚!! 悔しかったら言ってみろ、このバカ牛!!!」
稚拙すぎるグレンの口撃。
少し離れたところでそれを聞いていたキゼルは、なんとも言えない虚しい表情を浮かべていた。
ダメだこれは。あいつに任せた俺も悪いが、まさかここまで低レベルとは……。流石に牛がいくらバカでもこんな安っぽい見え透いた挑発には、
「黙って聞いていれば……モォ゛ォ゛!! 誰が卑怯だとガキゴラァ゛!!
いいぜわかった、教えてやるよ。牛若様たち魔戎は、捕食生成によって命源から"ある"加護が与えられる。その名は『権能』。権能には2種類あると言われていて、
1.命の複製(一型)
2.身体強化+命源の纏化(二型)
このどちらかの権能を与えられたものが魔戎と呼ばれる。 わかったかモォォォ!!」
い……言ったぁぁぁ?!!? マジか、ここまでアホなのか?
「わかりずれぇよ!! 説明下手くそかテメェわ!!」
「モォ゛ォ゛ォ゛!!!」
しかし、この情報を聞けたのはデカい。……権能。それが魔戎の能力か。だがイマイチわからない。もっと詳細な情報がほしい。それに、あの牛がどっちの権能なのかも不明。クソ、グレンがもうちょい賢ければ更に深く知れると言うのに……
《おいバカグレン! 内容は理解してないと思うが、もうちょっと詳細な情報を聞き出せ!》
《は? 無茶言うなよ! 理解してないのに質問なんかできるかよ!! それに、そろそろ牛も我慢できなくなってきてるし》
《じゃあわかった、俺の言う通り質問しろ》
「おい牛!! その、何だ。え?なんだよ!
あぁ、お前はどっちのケントウ? あ、権能なんだ! それと、けんこん? あ、権能! それ、もっとわかりやすく説明しろこの間抜け!!」
よし、それでいい。さぁ答えろ牛!!
「……ウッシッシ。そうか、そういうことか。あそこにいる雷小僧の入れ知恵だな?モォ。
ウッシッシ、ならその手には乗らない。もう何も教えてやらない。おい中位!! さっさっとあのガキを操って、雷小僧を殺せ!! 牛若はこの炎のガキを食い殺す!!」
そういうと、動きを止めていた云大がキゼルに向かって襲いかかる。
ちっ、あの下手くそ! 棒読みすぎてバレたじゃねぇか! 仕方ない、あとはやりながら探るか。
「ウッシッシ、仲間同士の殺し合いはいいなぁ〜〜。ウッシッシ」
「おい牛! 云大を操ってる中位の神通力者はどこにいる?! ムカつくからそいつから倒す!」
「ウッシッシ、中位には気が付いたか? ウッシッシ。だとしても教えてやらねぇ。もう何もお前らガキには教えねぇ。モォ」
「教えないじゃなくて教えることができないんだろ??」
「何だと? どういう意味だ?」
「お前は俺以上にバカだから自分の力のことすら理解できてないんだろ? だから説明できない。
あ〜〜ぁかわいそう、ほんとにかわいそう。
まぁまぁ、バカだから俺の言ってる意味もわからないよな。うんうん」
「モ、、モ、、モォ゛ォ゛ォ゛!!!
調子に乗るなよクソガキがぁ!! いいぜ、教えてやるよ! いいか? 牛若様の権能は『命の複製』。10命を食らえば、1命が増えるモォ! つまり、牛若様には命が無数にあるんだ! それを、たかだか1回死んだら終わりのガキが、調子に乗るなぁぁモォ゛ォ゛ォ゛!!」
衝撃の事実に、戦闘中のキゼルも足を止めた。
「命の複製……だと? なんだよそれ、じゃあ死なないってことか?」
牛若のいう『命の複製』。それは一型の権能を与えらた魔戎の力。牛若の説明通り、能力は10命を食らうと1命が増えるというものだ。
簡単に説明すると、生きている生命を生きたまま食べ、それを10回繰り返すことで、捕食した側の命が1つ増えるというものだ。
つまり、20捕食すれば元からある命+2回、30捕食すれば+3回死ねるということだ。それが魔戎牛若に与えられたの権能である。
「ま……まじかよ」
驚きを隠せないグレンを横目に、キゼルは云大の執拗な攻撃を避けながら、頭の中で整理していた。
命の複製……ね。うん、よくよく考えれば大したことない力かもな。要は"殺し続ければいい"ってことだしな。しかし、この戦いであいつは1回でも死んだのか? 気絶させた感覚はあるが、死んだまではわからない。もし仮に1度も死んでないとすると、牛を倒すのは俺らの力量では無理に近い。だがそうなれば、多分師匠が出張ってくる。だが、師匠はあれから顔を出さない。つまり、この戦いでしていた気絶は、気絶じゃくて"死んでいた"ってことか? だとしたら、少なくとも2回は死んでる。つまり、30以上は捕食してることになる。……どのくらい食ったか。それ次第で勝機は見える。
思考を急激に張り巡らせる中、キゼルはあるものを見てふと我に帰る。それは、自身の顔から流れる血だった。
考えることに集中するあまり、全く気がついていなかった。
云大から距離を取った彼は、自身の顔を触る。すると、手にはべっとりと血の跡。
相手は舎弟、前に戦ったことがあるから弱いのは知ってる。その自惚れが、キゼルに傷を負わせた。
「今の思考の間にやられたのか? 舎弟に? あり得ない。完全に避けていた。 じゃあこの血は何だ? つうか痛い」
想像すらしていなかったダメージに困惑する中、彼はようやく気がつく。
目の前に立つ男が、以前とは比べ物にならない、というより全くの別人であることに。
「おいお前……何だ"それは"」
対峙していた云大の拳と足が赤黒く輝き、それはまるで、鎧を身につけているかのように部分的にゴツゴツとなっていた。
「ど、どういうことだ……なんの力だそれは? というか、お前本当に云大か?」
目の前にいるのは間違いなく榮多云大。それはキゼルもわかっている。ではなぜ、「お前は誰だ」と言ったのか。それは、彼から感じる力が、"牛若の放つ力"とで酷似していたからだ。
「聞いてるのか!! お前は誰だ?!」
予想だにしていなかった出来事に、珍しく冷静さを欠くキゼル。そんな彼を嘲笑い、意気揚々と勝ち誇った顔で返答する牛若。
「ウッシッシ〜〜!! 何がどうなってるかわからないか? ウッシッシ〜、哀れ哀れモォ。ーーウッシッシ、しょうがない、可哀想だから教えてやるモォ。そいつも牛若様と同じ『捕食生成者だ』 、モォ」
「・ ・ ・ は?? 何だと?」
愕然とする2人の顔を見て、更にニヤつく牛若。
「ウッシッシ。ウッシッシ。驚いたか? ウッシッシ」
「う、嘘だ!! 云大が捕食生成者?!
そんなはずがない!! 云大が、殺して食べてるなんて……あり得ない!!」
「ウッシッシ。嘘じゃないモォ。云大は二型の捕食生成者。つまり、身体強化+命源纏化の権能が与えられてる。実際いま、そいつは鎧のように命源を纏っているだろ? それが纏化。身体的にも普通の神通力者よりも遥かに強化されてる、モォ」
この赤黒く輝いているのが纏化なのか。どうりで、神力以外の何かを感じると思ったわけだ。
「だ、だとしても、云大が殺しなんかするはずねぇ! 期間は短いけど、こいつが良いやつなのは知ってる!」
「グレン、牛の言う通り、こいつは捕食生成者だ」
「キゼルまで何言ってんだ! こいつは、、」
「わかってる。こいつはそんなやつじゃない。でも、この世界は違う。デウスと地球とでは、考え方が違うんだ」
「ど、どういうことだよ」
「デウスでは、人間が生き物を食らう行為は禁止されていた。しかし、この地球では違う。
人間が生き物を捕食する行為を是としている。人にとって食べることは当たり前で、生きるために、他を犠牲にすることは無法ではない。
つまり、舎弟は魔戎のように悪意をもって命を奪ったわけではない。世の摂理に従った結果、捕食生成者になってしまったってこと。そうだろ? 牛」
「正解だモォ。だが、悪意があろうがなかろうが、こいつもれっきとした捕食生成者だ。牛若とやってることの根幹は変わらない。食って食って食って、命を奪って強くなる。もうお前らの仲間じゃねぇよそのガキは」
そういい、牛若が合図を出すと、止まっていた云大がキゼルに再び襲いかかる。
「ウッシッシ、ウッシッシ。なぁ炎小僧。たくさん答えたからお前も教えてくれモォ。そもそも、何でお前らは牛若様の命を狙うんだ? 牛若様がお前らに何かしたか? モォ」
「バカか! お前らを野放しにしてると沢山の犠牲が出、」
「人間はもっと殺してるぞ? 牛や豚、鶏に虫。自分達が生きるためだけに命を奪ってる。それと牛若様の何が違う? モォ」
「それは……悪意、そう、お前には悪意がある!! 遊びながら殺してる! タチが悪い」
「なら、遊びながらではなく、生きるために食らうと約束したら、もう攻撃をやめてくれるか? 2度と、悪意を持って食べない、そう誓えば許してくれるか? モォ」
薄ら涙を浮かべグレンを見つめる牛若。まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかった彼は激しく動揺した。
「お、おい! アホグレンッ! 魔戎の言うことに耳を貸、貸すな!! おい!!」
云大の猛攻を何とか凌ぎながら、動揺するグレンに声をかけるも無反応。
バカかあいつは!! なに魔戎に同情してんだ。
「……もう2度と、食べないと約束するんだな? なら、お前が殺した者たちに謝罪しろ。本当に悪かったと、心から、1人1人に謝罪しろ」
「わ、わかったモォ。俺が奪った119の命全てに謝罪する。そして、もう食べる以外で人を殺さない、食べるときも感謝すると約束する。だから見逃してくれモォ」
膝をついて俯き、懇願する姿を見て、グレンの欠点が露わになる。
「ーーおいバカグレン!! やめろ!!」
キゼルの荒げる声が届いていたのか否か。どちらにせよ、グレンは1度決めたことを絶対に曲げない。
彼は浮遊をやめ、地上に降りると、俯く牛若の頭に手を添えた。
「ーー本当にもうしないか? 絶対にしないと誓えるか?」
「モォ……モォ…… 約束するよ」
顔を上げ、グレンを見つめる牛若。その姿を見て、「そうか」と頷き同情する彼は気がつかなかった、魔戎から漏れるほんの少しの殺意に。
「グレン!!! 離れろ!!!」
その声は虚しくも届かず、牛若のツノがグレンの胸に突き刺さる。
「ンンンモォォ゛ォ゛〜〜!!」
ツノを刺したままグレンを持ち上げる。
「ウッシッシ〜〜、ウッシッシ〜〜。神通力者1人殺害完了だモォ〜〜! これでようやく、牛若も覚醒できるモォ〜〜」
完全に心臓を突き刺したことで"勝ち"を確信し、喜んだーーがしかし、すぐに異変に気がつく。
モォ〜〜? おかしいなぁ、血が……血が出てない?! どういうことだモォ? 神通力者には血がない? いやいや、雷小僧は血を流してた。どういう原理だ? モォ。
串刺しにしたものの、血が1ミリたりとも出ていないことに違和感を覚えた牛若は、グレンをゆっくりと地面に下ろし、ツノを抜こうとした……が、その瞬間、グレンの体が勢いよく発火。
両方のツノをつたうように、火が牛若の全身を覆う。
「あちぃ!! あぢぃ、あっちぃ!!
今日で何回燃やされるんだよったくモォ〜〜」
暫くのたうち回るも、2度目の経験ゆえ、どうやれば回避できるかを学習していた牛若は、暴れながら地面に体を擦り付け、火を消した。
「ウッシッシ〜〜。慣れだ慣れ。2回も焼き殺されてたまるかモォ!!」
勝ち誇った表情を浮かべ、すぐにグレンに視線を向けるも、
ーーあれ……いない……。 炎小僧はどこに行った? まさか、死んだのか? 今のは自爆か何かか?
辺りをキョロキョロし、グレンの姿を探すも見つからず。やはり自爆で間違いないのかと思った矢先、
「バカのくせに学習能力はまぁまぁだな。
別に今ので死んでもよかったんだぜ? クソ牛!!」
声のする頭上に勢いよく顔を向けると、そこには無傷のグレンの姿があった。
「ど……どういうことだモォ。う、牛若は刺した、お前の心臓を! なぜ生きてる!? 答えろ!!」
「モォモォモォモォうるせぇよバカ牛。つうか何そんなに驚いてんだよ? 俺を刺した? 心臓を貫いた?
ははっ、おいおい俺は一歩たりともここから動いてねぇぞ?」
「動いて……ない? じゃあさっきのはいったい……」
「まぁバカだから分からないのも無理はないわな。
しょうがない、色々教えてくれたお返しにいいもの見せてやる」
そういうと、グレンは両手に炎を纏い、それを捏ね出した。
暫くするとまんまるに凝縮された炎が出来上がり、彼が「パチン」と指を鳴らすと、その炎が動き始める。
「これは絶戯 幻炎火。 一定量の炎を神力で捏ねることで、"もう1人の俺を生み出す"」
そういうと、彼の手にあった炎が変化を始め、暫くすると炎で作られたもう1人のグレンが出来上がった。
「な、なんだよそれモォ」
「お前がバカみたいに泣いてるフリしてる間に作った。つまり、お前が刺したのは俺の作った偽物グレンであって、本体の俺はここから1歩も動いてないってこった。わかったかバカ牛」
た、確かに言われてみれば、刺した時の感覚もおかしかった。神通力者を殺せた喜びが、綻びに繋がったモォ……クソ、クソ、クソ!!!
「悔しがってるついでにもう1つ。何で俺がお前の情に流されたフリしたかわかるか?? それは、お前が何人殺したかを確認するためだ。お前さっき言ったよな? 「"119"の命全て」と。ってことは、お前は119の命を奪ったってことだ!! つまり! 今お前の命は元々の命+11=12。加えて、さっきの炎に包まれた際、「2回も殺されてたまるか」と言った。結果、お前は1度俺に殺されてるってことになる」
モォ……モォ……やばいモォ……
「でもおかしいなぁ。俺がお前に力をぶつけたのは精々数回。その中でも、本気で打ったのは一発のみ。それは、俺が地上に戻ってすぐに放った絶戯。でもあれも、キゼルの絶戯とぶつかってからお前に当たってるから、威力は半分以下ってとこ。殺傷性はほぼない。だが、おそらくお前はそれで死んでる。
ってことはだ、あの程度で死ぬのなら、キゼルの神戯と絶戯合わせて2回分は死んだんじゃないのか?
つまり、お前の残りの命は12−3で……"15だ!"」
なぜ足す?! 9だよ9!! ……はぁ、戦闘においてのグレンの思考は俺も見習うところがあるが、シンプルに頭が……。でもこの読みは正しい。牛の表情を見れば明らかだ。よしよし、残りライフがわかったぞ。でもあれだな、俺のあの程度の攻撃で死ぬなんて。もしかしたら、一型は二型に反して防御力がゴミなのか? それともこいつが弱いだけ? まぁどちらにせよ、残り9回殺せばいい。
「ーーおいグレン!! そっちは任せるぞ!
正直俺は云大で手一杯だからな!」
「わかってる。云大のことは任せた!!ーーさて牛、死ぬ準備はできたか?」
完全にグレンの手のひらで転がされたことで、牛若の心中はあらゆる感情が混ざり合っていた。
・ ・ ・
「どうしたバカ牛? 怖気付いたか? 悪いけど、逃すっていう選択肢はねぇから。お前にはちゃんと死んでもらう」
……どこで見誤った? モォ。 相手はガキなのに。相手は牛若様よりも雑魚なのに。いったいどこで見誤った? モォ。
「……ウッ、シッシッ。ウッシッシ。認めるモォ、お前は牛若よりも賢い。頭がいい。認めるモォーーでも、まだ負けてないモォ。こっちには奥の手があるモォ!!」
そういうと、牛若はグレンから目線を外し、云大の方へと走り出した。
「あ!! おい待てバカ牛! 」
見た目からは想像出来ないほどのスピードで走る牛若に追いつけないと判断したグレンは、その場から力を放つ。
「炎纏 火楼羅炎 絶戯 『大炎柱』」
それはグレンの最も得意とする力の1つで、広範囲な炎の柱を地面から発生させ、対象を丸ごと包み込む力。
発動と同時に、牛若の走る足元に巨大な炎のサークル。そしてそのサークル=地面から空に向かって高々と炎が立ち昇った。
広範囲ゆえ、足が速いとかは関係ない。それを避けることは出来ず、牛若はそのまま炎の柱に包まれた。
普通であれば全身に酷い火傷を負い、最終的には燃えカスとなって死に絶える。
つまり、動けるはずなどないのだが、牛若は走り出し、炎の柱から抜け出した。
「は!? まじかよ!!」
「モォ……モォォォ゛!!」
畜生あのガキ、イッテェなぁモォ!! クソ、これで残りライフ8しかねぇじゃねぇかモォ!!
牛若の勢いは止まらず、流石に追いつけないと判断したグレンは、
「キゼル!! 牛がそっちに行った! すまん!!」
云大の猛攻を凌ぐ彼にとっては災厄の知らせだったが、なぜか牛若は云大とキゼルに近づくと足を止めた。そして、
「ーー歩停損!!!! 云大の力を解放させろ!! そして、このグズどもを蹴散らせ!!」
耳を塞いでいても鼓膜に痛みが走るほどの大声が響き渡る。
「あぁ゛ぁ゛ うるせぇぇぇクソ牛ぃぃ!!」
耳を塞ぐこと数秒。牛若が完全に叫び終えると同時に、云大が突如苦しみ出し、あり得ないほどの神力が辺り一帯に広がる。
おいおいおいおい、どうなってる。
この神力量、初位レベルじゃねえぞ。
「ウッシッシ〜〜!! いいぞいいぞ、もっとだもっと!!」
「あぁ゛ぁぁ゛ぁあ゛」
《キゼル!! 何が起きてる?! 云大死ぬのか?!》
《わかるわけないだろ!! なんにせよ、今は云大に近づくな。絶対だ! いいな?!》
そして、彼から苦しみが消えた瞬間、漆黒な何かが云大の全身を覆った。
「な、なんだよその姿は……」
足の指先から頭部に至るまで、全ての皮膚が真っ黒に染まり、筋肉が通常時の倍近く膨れ上がる。
そんな、変わり果てた云大の姿にグレンとキゼルは絶句した。
「ウッシッシ、ウッシッシ。すごいだろ? すごいだろ!! モォ。これが二型の魔戎の真の姿 『武闘式賦 "羽衣"』。
全身を纏化し生物の域を超えた、"歩く殺戮兵器"だモォ!!!!」




