Ep.02 人外
〈東京都新宿区某所 天気:大雨〉
ーー『火災発生、火災発生!』
これは、天 千年と変異種狩り4名が争う数分前の出来事。
この地域に住む指定暴力団の構成員数明と、15歳くらいの少年が空き地で揉めているという謎の通報が近隣住民からあった。
そしてそれから間も無くして、同現場で火災が発生する。
現場近くには、パトカー数台・救急車・消防車、それと大勢の野次馬と記者が集まっていた。
「ーーおいどけどけ!! 川上警部が到着されたぞ!!」
野次馬を押し退け、登場した彼の名は川上礼司。
捜査一課所属で、かなり優秀な男である。
「状況は……って聞くまでもないか。 "あの少年"が、火をつけた犯人だな?」
「は、はい!」
燃え盛る火の傍らで、1人立ち尽くす少年。
通報通りの赤い髪の少年……日本人じゃない?? いやそれはどうでもいい。どっちだ? あれは"人"か? それとも"変異種"か?
「それで、あれはどっちだ?」
「え? ど、どっちとは?」
「はぁ〜。変異種か? 人か?」
「あ、なるほど! すみません、まだ判別できてません!!」
まぁそりゃそうか。変異種ってわかってるならとっくに軍が到着してるはずだもんな。つうか研究者どもは何してやがる。人と変異種の区別基準くらいさっさと作れよったく。
「まぁいい、とりあえず変異種数名、要請しとけ。なんかあってからじゃ遅いからな」
「分かりました!!」
「ーー川上警部、1つ報告が」
「どうした?」
「はい。その、先ほどから消防隊が消火活動を行なっているのですが、おかしなことに火が全く消えなくて……。それとあの少年、こちらの言うことを全く聞く気配がなく、あの場から一歩たりとも動きません」
火が消えない? この雨で??ってことは、油による火災、もしくは電気……まさか能力持ちの新たな変異種?! って、なわけねぇか。漫画じゃあるまい。……いや、待て。なんだこれは……
川上はとある違和感に気がついた。
「おい君、火災が起きてから何分経ったかわかるか? それと、君がここに来てから現場に変化はあるか?」
「え? 変化……ですか? 火災発生から大体10分くらいですが、これといった変化はないです」
10分だと? なのに変化なし? だとしたらおかしい。なぜ火が広がっていない?? この場所は、隣接する住宅も多いし雑草や枝木もかなりある。10分も経っているなら、雨が降っていたとしてもだ、もっと大きな被害が出ていてもおかしくないはずなのに……
「とりあえず、俺が話をするから離れとけ。あ、拡声器ある? 雨音がうるさくて聞こえんかもしれから」
「あ、はい! 準備できてます!」
受け取った拡声器を片手に、傘を捨て、堂々と少年に近づく川上に、突如向けられた強烈な殺意。
それは、人間が絶対に体験することのできない未知の恐怖であった。
「ーー何なんだよクソが。何で俺が怒られる? 俺はいいことをした。腐った人族を葬っただけじゃないか。なのになぜ……なぜ俺が叱られる!!」
沈黙を続けていた少年が突如発狂。それに反応してか、落ち着いていた炎の勢いが激しく増す。
「くそ、、これ以上は近づけない!! おい、消防は何してる!!?? 早くしろ!!」
火は、周辺はもちろん少年自身にも襲いかかっていた。
消火活動は今も続いていたが、全く効果なし。それどころか、火は更に威力を増していた。
「川上さん!! どうしましょう!!」
これはヤバいぞ……どうする、どうすれば……
火災発生から15分経過。現場の緊張感は、時間が経つごとに高まった。
皆が突破口を模索していたそんな時、土砂降り雨が止むと同時に、荒々しく燃え盛っていた炎が一瞬にして消えた。
「ーー!? 千年??!!」
炎の中から無傷で姿を見せた少年は、慌てながら大声でその言葉を叫んだ。
直後、少年の後方に黒い靄のような何かが出現し、少年はそこへ入ろうと振り返った。
なんだあれ……違う、そうか。逃げる気だ!!
あれが何なのかは分からない。だが刑事の勘というやつで、数名の刑事が彼目掛けて走り出した。
「取り押さえろ!!!!」
少年と抗争していた指定暴力団のメンバーは、消えた炎の中から黒焦げになって姿を見せた。つまり、これは紛れもない殺人罪。勘以前に、刑事として、反射的に動くのは至極自然的なことであった。
「バ、待て!! 何をするかわからない!! 止まれ」
川上の声が聞こえる前に、警官数名は少年に飛び掛かった。
その瞬間、少年と川上は目が合う。すると川上の脳内にだけ言葉が流れる。
《俺の名はグレン・ハイズヴェルム。気分が良いついでにお前にいい事を教えてやる。ーー蟲が湧く。頑張れよ》
そして、彼にほくそ笑み、手を振る少年を大人数名で取り押さえる。
状況だけ見たら、子供1人対大人数人。とても簡単な仕事のはずだったが……
「取り押さえました! ……ってあれ? いない。どこに行った!?」
完全に正面から、彼を地面に押さえつけたはずだったのに、そこには黒い靄も少年の姿も、どこにもなかった。
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天 千年、そして赤毛の少年グレン・ハイズヴェルムが姿を消した一方、
ようやく長い会見を終えた、内閣総理大臣 円城寺正孝は、官邸の一室で少し休息を取っていた。
あぁくそ!! 本当にうるさいなマスコミ!! 見たら分からんかね、どれだけ大変か。そもそも、変異種狩りの件も片づいてないというのに……ただ、まだ実害はないし、日本に人外が出現したとの情報もない。これだけが唯一の救いか……
目を瞑り、頭を整理している彼のもとに、総理大臣補佐官である鈴木が訪れた。
「ーー円城寺総理。会見後すぐで申し訳ないのですが、こちらの映像をご覧いただいてもよろしいですか?」
「うん? 映像?」
補佐官が手にしていたスマホの動画が再生された。
そこには、先ほど川上警部が対応していた例の赤髪の少年の映像が映っていた。
「こ、これは!? まさか、つ、遂に、日本にも……」
暫く動画を見た円城寺は頭を抱えた。
日本には出現しないのだと心のどこかでそう思っていた……くそ、これはゆっくりしてる暇はないな。
疲労感と不安感に襲われながらも、総理は立ち上がり、補佐官に何かを伝えようとした……その時だった。
『ドドドドドドドド』
それは、経験したことのない地響き。建物は大きく揺れ、棚などが一気に倒れた。
しかし、それは2秒程度で収まった。
「ーーだ、大丈夫か?」
「えぇ。総理もご無事で何よりです」
「すごい地震だったな。マグニチュードはどれくらいだ?」
「すぐに調べます」
補佐官が携帯で震度の確認をする中、ノックもせずに、1人の男が慌てて部屋に入ってきた。
「そそ総理!!!」
「なんだね! ノックくらいしないか?!」
「申し訳ございません。そ、そんなことより、テレビを! テレビをご覧ください!」
テレビ?? なんなんだ全く……
総理はテレビをつけると、そこには信じられない光景が映し出されていた。
「な……なんだこれ……」
まるで世界の終わりでも見たかのような表情を浮かべる一同。
まぁ彼らがこのような反応を示すのも無理はなかった。
ニュースの映像と音声が、まさにこの世の終わりを促すかのようなものであったから。
画面には、全長8メートルは優に超える黒い球体型の物体。足なのか手なのかわからないものが体から無数に生えた生き物? が、街の中に突如出現した。
目玉や耳のようなものは無い。あるのは口ただそれのみ。表情すらまともにわからないそれはまさに化け物だった。
「ーーご覧ください! 突如、謎の巨大生物が東京都、福岡県、神奈川県の首都に一体ずつ出現しました。近隣住人、並びに近くにいる方は速やかに避難してください。又、これは緊急事態です。呉々も遊び半分で現場に近づかないようにしてください!」
映像を確認した総理は、「終わった」と瞬間的にそう思い、言葉を失った。
「ーー総理、ーー総理!!」
補佐官のその声で正気を取り戻した円城寺は、すぐに動き出した。
それから暫くして、政府は国家非常事態宣言を発令し、市民の避難と、対象の駆除を開始した。
一方その頃、危険区域のため、閉鎖された東京タワー最上階。
そこに、千年と例の赤髪の少年、そしてもう一人謎の少女がいた。
「なぁなぁ千年。本当に大丈夫かよ。あいつら全員死ぬぜ? こっちの人族、思ってるよりも雑魚だぜ?」
「うっさいわボケ。黙ってみとれ」
「博士に聞いてねぇし。お前が黙れよ。つうか、お前がトウキョ? トウキョウ?? に居れば蟲はトウキョにまとって現れたんだぞ? 反省しろ!!」
「ほなキゼルもアウトやな。ウチだけ責めんなチビ」
「キゼルは……セーフ! なんとなく! チビじゃねぇ!!!!」
「はいはい、2人とも静かに。ほらーー始まったよ。さて、どのくらい足掻けるかな、"人間"」
謎の特大生命体との争いが幕を開けた。