魔導師転生-6
「私のレストランで好き勝手暴れ回ってくださいましたね。その代償は高く付きますよ? 」
エルフの店長は切れ長の双眸を瑛羅に向ける。その瞳には物言わぬ怒りが轟々と燃え盛り、見る者全てを焼き尽くさんとしているようだ。彼はふと視線をずらし床に転がる従業員の死体に目を向ける。彼は無惨にも体が折れ曲がり上下逆さまになった顔はかなり強い力で蹴り飛ばされ原型をとどめていない。
さらに目をずらすと壁にめり込んだ従業員の姿がある。
ガランガラガラ
バランスが崩れたのか、従業員の死体は瓦礫とともにゆっくりと壁から剥がれて床に落ちる。鮮度が落ちた魚の目玉のように濁った目玉は助けを乞うように店長を見つめている。心苦しくなった店長は再び瑛羅と対峙する。
「あなただけは絶対に許しません。地獄で苦しみなさい」
店長の神速の拳が瑛羅の顔面に向けられる。しかし瑛羅は恐るべき動体反射でそれを回避。お返しとばかりに店長の懐に潜りアッパーを叩き込む。エルフ店長は顎を強打し天井に脳天をぶつける。一瞬だけ気を失ったが即座に意識を取り戻し体を捻り天井を踏み台にミサイルのように瑛羅に肉薄する。
全身全霊の握りこぶしを喰らわせる...はずだったが瑛羅は近くにあったサイクロプスの少女の死体を盾に難を逃れた。店長の攻撃を食らった死体はただでさえ悲惨な姿を更に惨たらしい姿に変わった。つい先程まで父親が自分の誕生日を祝ってくれて幸せ一杯だったはずなのに。たまたまこのレストランに入ったのが運の尽き。正に自身の運の悪さを呪うしかないだろう。
「きったね」
血まみれになった手が無生に腹立たしく感じてきてズカズカと厨房に向かう。蛇口で手を洗うのかと思えば違う。隠れていた従業員を憂さ晴らしに殺して回っているのだ。元はと言えばムーメルの邪魔をしたあの従業員が悪い。一人の従業員の無礼は全従業員の無礼であり生きている限りその償いをしなければならない。つまり自分はわざわざ罪を償わせてやっているのだから感謝されてもいいくらいだと瑛羅は本気で思っていた。
「あああああああ!! 」
ゴブリンのコックの顔面を何度も殴り付ける。拳を振るうたびにコックの白い服は赤く染まっていく。鼻から血の泡がブクブク溢れてくる。そのタイミングで鼻を完全に陥没させ、穴が開ききっていないドーナツみたいな面構えになった。手指の先が小刻みにピクピク痙攣している...間もなく死ぬことを示している。彼はつい数日前に婚約したばかりだった。自宅では愛する彼女が彼の帰りを今か今かと待ちわびていた。
数時間後、愛するフィアンセが亡くなったことを知り絶望して自ら命を断つのはある意味当然かもしれない。
「この化け物め! 死に晒せ! 」
数人のコックが包丁を握りしめて瑛羅目掛けて突っ走る。だが一瞬のうちに目標を失い狼狽しているとコックの一人が音もなく倒れた。彼には唇から上が存在していなかった。まさに神業とも言える切り口に思わず見とれていると一人、また一人と同じ運命をたどっていく。
全滅した上から血を染まる包丁をペロリと舐めて出来上がったばかりの死体を一心不乱に滅多刺しにし始めた。
瑛羅は楽しくて笑った。心の底から笑うのは生まれてどれだけあったろうか? その数少ない体験の中で今が一番楽しい。
「楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しいタノシイナァタノシイナァタノシイナァタノシイナァタノシイナァタノシイナァ」
グチャグチャの肉塊と化したコックたちに唾を吐いて去っていく。満足したのかと言われたらそうでもない。単に飽きたのだ。瑛羅はムーメルが調理テーブルに座ってニヤニヤしているのを見つけると御主人を見つけた犬の如く近寄った。
「ムーメル。そんなとこで何してるの? 俺も仲間に入れてよ」
「いいよ。瑛羅くんたら私なんか放っといてこの人たちと遊んでるから嫉妬しちゃった。てへへ」
「可愛いなぁ、ムーメルは。俺がこんな奴らに本気になるわけないだろう?ただの遊びだ。俺に必要なのはお前だムーメル。ムーメルがいないと俺は魔導師になれない。俺、なれるかな? 最強の魔導師に」
「なれるよ。だってこんなに強いじゃない。私が見込んだ男だもん、魔導師なんて小さいこと言わないで神を目指すのよ。私はもう神様には戻れない。だからあなたに託したいの。この世界を守って、その強さで」
二人は硬くそして優しく抱き合う。二人を甘く切ない時間が取り囲む。噎せ返るような血の香りさえ二人を祝福しているような錯覚さえ感じる刹那、それは無慈悲にも現れた。
「やってくれますね、私の命よりも大事な厨房をこんなにも汚してくれて。ますます命で支払っていただく必要性が高まりましたよ? 」
エルフ店長の素早い蹴り技が風を伴い襲い来るのを瑛羅が腕で引き留めた。互いの手足に鈍い衝撃が走るも攻撃の雨は降りやまない。店長の巧みな足捌きは常人には目に追えない速度であり瑛羅でさえ気を抜けば見失う危険性があった。
対する瑛羅もムーメルを守りたい一心で立ち向かう。その姿はさながら修羅。豪速の拳がエルフ店長の顔面を捕らえた。彼は顔を凹ませ動きが鈍る。その一瞬を逃がさないように連続的に殴る蹴るを繰り返し着実に弱めていく。ムーメルも腹を抱えて笑いながら見守っている。
この笑顔を守りたいのだ。
「これで終わらないぞ! 」
エルフ店長の頭に包丁を突き立て抉るようにグリグリと回転させる。店長の脳漿が血と共に飛び散り大切な厨房を自ら汚していく。
「これで終わると思うな」
なんとエルフ店長は瑛羅を突き飛ばし回し蹴りを喰らわせる。辛うじて防いだが長耳がすでに眼前に迫っていた。
「嘗めるな! お前さえいなければ世界が平和になるんだ! 」
瑛羅の拳が再びエルフ店長の顔を潰す。しかし彼は例え鼻が砕けようと。アザだらけになろうと動きを止めず瑛羅を追う。何が彼をそこまで必死にさせるのか瑛羅には理解が出来なかった。もしかしたら自分と同じように大切な物を守りたいのかもしれない。もしそうなら彼となら友達になれるかもしれないと心の隅で思い始めていた。