魔導師転生-5
瑛羅とムーメルは森を抜けると一番近い街に足を運び腹拵えをしていた。そこは地元でも有名なレストランで数々の貴族や上流層が常連だと言う。やはり店内にはいかにも高価なスーツやドレスに身を包む男女がワインを片手に食事を楽しんでいる。
その中に一際目立つ二人連れ。
男の方は白のTシャツと色褪せたジーンズ姿、少女の方は黒いローブを頭から被りその体をすっぽり覆っている。これこそが瑛羅とムーメルである。
二人のテーブルには盛り付けられた多種多様な料理が所狭しと並んでいて、二人はその価値すらも知らぬようにガツガツ口に放り込んでいた。
見慣れぬ異様な来客に店員はおろか他の来客までもがその姿に釘付けである。
「しかし、ここは化け物ばかりだな。人間はいないのか? 」
「いるにはいるけど、ほぼ絶滅に近い形で生き延びてるわ。人間だけの集落を作り、世界の片隅でひっそり暮らしているの。だから生の人間を見たことがないってモンスターが大半を占めているわ」
ムーメルは大量のパスタを豪快に啜りながら答える。パスタを咀嚼する口に更に切り揃えたステーキ肉を数個放り込みゴクンと飲み込む。
「なんで絶滅しかけてるんだ? 」
瑛羅はグロテスクな見た目の焼き魚を頭から丸飲みしながら尋ねると、ムーメルはゴブリンの生き血を旨そうに飲み干したあと答える。
「簡単に言えば自然淘汰よ。この世界では人間は最も下等で非力な民族。長い歴史の中で幾度となくモンスターに襲われ着実に個体数を減らしてきた。なぜ襲われるかって? 簡単よ、邪魔だから。人間は力も知識もないくせに愚かにも世界を支配しようと目論んだ。他種族のモンスターに自分達の素晴しさや優秀さを宣伝して回ってあろうことかモンスターたちを下劣な存在と認識し狼藉の限りを尽くしてきた。それに我慢の一線を越えたモンスターたちが人間殲滅に走り今に至る。人間の生命力は馬鹿にならないわよね。あと一歩のところで絶滅するって時にはまた新たな子孫を産み出して絶滅を逃れてきた。今じゃ世界に捨てられた哀れな民族と被害者面を貫いて細々と生きているわ」
ムーメルはゴブリンの生き血を追加で注文した。メニュー表を見ると、家畜用に養殖したゴブリンの血液を使用しているらしい。隣にデカデカと当店イチオシと書かれているからそれなりに人気メニューなのだろう。事実、ムーメルはかれこれ五杯くらい頼んでいる。よほど気に入ったのだろう。
「う~ん、さっきから思ってたけどその服この世界には相応しくないわよね。なんか下着みたいに見えるし。あなたが元いた世界だとそれが普通だったの? 」
「普通って訳じゃないけど服とかあんまり興味ないし。楽だから着てるだけ」
「でもあなたはこの世界では魔導師よ。もっとエレガントな格好しなきゃ締まらないじゃない。そうだわ、これ食べ終わったら服を見に行きましょうよ」
ムーメルはフォークで残りのステーキ肉をまとめて串刺しにして大きな口でパクリと喰らいついた。口から溢れるソースをナプキンで拭き取り最後に巨大なパフェを注文した。
「別に構わないけど、ここの支払いとかどうすんだ? 俺金とか持ってないぞ」
「私もよ。まぁ見てなさいって」
二足歩行の爬虫類の姿をした店員がパフェを持ってきた。それを一分もしないで胃袋に流し込むと、ムーメルはガタリと椅子から下りてすたすたと入り口の方に向かっていく。
「お客様、代金のお支払いをお忘れですよ」
店員がムーメルの肩に手を置くと、ムーメルは店内全体に届くように叫び声を上げた。
「きゃーー! 助けて瑛羅! 殺されるーーーーー! 」
次の瞬間には店員は顔面を大きく抉られ壁にめり込んでいた。ズルズルと血の線を描いて床に下りていく。すでに息絶えていた。
刹那の静寂を破り、店内に恐怖の叫びが充満する。騒ぎを聞き付けた他のスタッフらが厨房から出てくる。だが彼らも次々と苦悶の表情を浮かべて倒れていく。腹には拳の痕がくっきり残っている。一体何が起きているのか客たちには理解不能であった。
「ムーメルに手を出すな。お前ら全員、皆殺しにしてやる」
瑛羅は視界に入ったサイクロプスの紳士の首根っこを掴みギリギリ力を込めていく。紳士の大きな単眼はみるみる充血し口からは細かい泡が溢れてくる。そのままポキッと軽い音が流れると紳士の体は激しく痙攣しだらんと動かなくなった。床に落とされる亡骸を同じく単眼の少女が揺する。親子みたいだ。
少女は恐る恐る見上げると瑛羅と目が合いガタガタ震えている。不意に瑛羅の腕が彼女に迫る。しかし予想と反して手は彼女の頭を撫でるに終わったかに思われたが少女の頭を握りつぶし殺した。
他の来客は一目散に店から飛び出していくが最後尾にいたゴブリン族の老人は襟首を掴まれそのまま壁に叩き付けられ、打ち所が悪く死んでしまった。
「店員」
「は、はい! 」
ドラキュラ族の店員は身を硬直しながら対応する。普段から顔色は悪いのだろうが今は過去最高レベルに悪いのは想像に難くない。そんな彼にイラつきながらも瑛羅は続ける。
「俺たちの代金はタダにしろ。それが見逃す条件だ」
ドラキュラの店員は残像が見えるくらいに首を縦に振りまくる。だが不幸にも彼は恐怖のあまり失禁してしまった。
その尿がムーメルに靴に伝ってしまい、彼女は不快感に陥ってしまったのが運の尽きとしか言いようがない。
「うわあ~ん! 瑛羅、靴が汚れちゃったよ~臭いよ~」
ドラキュラの店員は目を手で隠して咽び泣くムーメルに床に頭を擦り付けて土下座をするがそんなことで許されるはずもなく彼は後ろから頭を掴まれ無理やり立たされ、非常に強い力で弓状に曲げられていく。背骨がミシミシと悲鳴をあげ声にならない声を口からは漏らしていく。
やがて外力に耐えきれず背骨が完全に砕けると彼の背中とふくらはぎがピタリとくっついた。店員の濁った眼差しを冷たい目で返し、靴の爪先で鼻骨を砕いた。
「大丈夫、ムーメル? 」
ドラキュラの店員の死体をゴミのように捨てた瑛羅は未だショックから立ち直れないムーメルに優しく声をかける。
「最悪だよ、ホント。でも嬉しい。さすがは私の王子様」
王子様と呼ばれ照れる瑛羅。しかしそこに邪魔に入る不届き者がいた。名札には小さく店長と刻まれていた。
彼は凛とした切れ目を怒りで燃やしていた。
「お客様、覚悟はよろしいか? 」
長耳のエルフ店長の拳が迫る!