魔導師転生-4
蜘蛛娘は八本の節足を器用に動かしゆったり進んでいる。まるでピクニックに来ているかのように自作の歌を口ずさみながら進んでいるが、その後ろには夥しい数の死体が転がっている。彼女に不運にも出くわしてしまった森に棲むモンスターたちだ。いずれも血の海に溺れて息絶えている。
「あ~あ、ひまひま~。なんか面白いことないかな」
そう言う彼女の足は赤く染まっている。どうやら大きく膨らんだ下半身で薙ぎ倒して進んできたみたいだ。一切の躊躇も罪悪感も抱かず、道端に転がる石ころを蹴り飛ばすように。
彼女の双眼は紅に染まっているがその色はこれまで流してきた血がこびりついているのではないかと思わずにいられない。もちろんそんなことはなく眼が紅いのは生まれつきだ。
「止まれ」
不意にかけられた言葉に律儀に従う。彼女の前に複数のモンスターが立ち並ぶ。
ゴブリン、オーク、木のモンスター、スライムまでいる。
「リーディ。貴様に殺された同胞の恨み今ここで晴らしてやる」
下顎から鋭い牙が生えたオークが怒りを含んだ声をぶつける。
リーディと呼ばれた少女は興味のない顔で彼を見つめる。鼻を小さく鳴らす頃にはオークの首が吹き飛んでいた。鮮やかな切り口からは真っ黒い血がドロドロ溢れ、肩から下を汚しながら倒れていく。
周囲にいた仲間たちはあまりに一瞬の出来事に声が出ず立ち竦んだ。
「なんか知らないけどアタシと遊んでくれるの? ちょうど暇してたから付き合ってあげてもいいよ~ん」
腰に差した鞘から剣を伸ばして満面の笑みを浮かべるリーディ。その刃は黒い液体で照りを帯びている。彼女は目で追い付かぬ速度でそれを抜き、オークの首を刈り取ったのだ。死んだことに気づかず憤怒に満ちたオークの生首がゴトリと落ちてきた。その眼差しはゴブリンたち三人に向いている。
「アラクネ族の狂刃リーディ。その殺意の矛先は時に同族にも向くと言われる」
トレントが年老いた賢者のような声色で語る。その眼差しにはあらゆる感情が入り交じりどう形容してもし足りない超然とした色合いが見られる。
トレントと言うと樹齢何百年も経った巨木の怪物のイメージがあるが、彼は周囲の木と比べても小柄で全長三メートルほどしかない。しかしだからこそ無限の威厳が凝縮しているとも言える。
「ここに来る途中わが同胞の無惨な亡骸を何体も目にした。一体なぜそれほどまでに殺戮を楽しむのだ? 」
ゴブリンが静かに問うが、リーディは腕を組んでうーんうーんと考えあぐねるばかり。やがて考えるのを放棄したのか無邪気な子供みたいに目を細めて屈託のない笑顔を曝け出してハッキリと答えた。
「わっかんない。私としては殺したくて殺してる訳じゃないもん。ただ遊んで欲しいだけ。遊んでる途中に勝手に死んじゃうだけなんじゃないかな? てかみんなもわたしと遊びたいからわたしに近付いてるんじゃないの? 」
それが真実なのだろう。彼女には明確な殺意などなく、遊びの延長で家質的に殺してしまったに過ぎない。彼女に遭遇して恐怖から逃げる者は鬼ごっこと称して捕まえると同時に殺害。勇敢にも立ち向かってくる者は決闘ごっことして完膚なきまでに叩きのめして殺害。恐怖で動かない者はそのまま下半身で轢き潰して殺害。これまでもそうしてきた。
「貴様ァ! 」
トレントが止めるのも聞かずに堪忍袋の尾が切れたゴブリンが地を踏み鳴らしてリーディの元へ急接近していく。右手にはダイヤモンドよりも硬い素材で作られた巨斧が握られている。通常の石斧よりも破壊力は遥かに高い。ゴブリン族でこの巨斧を使いこなせるのは一握りしかいないと言われている。
対するリーディは新たな遊び相手に待ち受けるように手を開いている。それがかえってゴブリンの逆鱗に触れた。
「わが一族の誇りにかけて殺す」
勢いよく飛びあがり両手で斧を振りかぶり風を裂いて振り下ろす。しかし目標地点にはすでにリーディの姿がなく彼の斧は虚しく地を叩き割るだけで終わった。
土煙が立ち込める中で腹部に強い痛みが走り思わず叫びそうになった。見れば背中から腹にかけて剣刃が伸びていた。リーディが所持していた剣と見て間違いない。後ろからくすくすと神経を逆撫でするような笑い声が聞こえてきた。
だがゴブリンは闘志を無理やり奮い立たせ左腕を後ろに伸ばすと、どこか服の一部らしきものを掴んだ。
「やん。ゴブリンおぢさん、やらしいんだ~♡ 」
ゴキンッバキバキッメリッ
彼の左腕が異様に強い力であらぬ方向にへし折られていく。ここに来てゴブリンは森を揺るがすような叫び声を上げた。それが愉快だったのかリーディは左腕の関節を粉砕するように、あるいは捩じ切るようにグルグル回して遊んでいる。もはやゴブリンは戦意を喪失し一刻も逃げ出したかったがリーディの腕と腹を貫く刃がそれを許さない。
「これ以上好きにさせるか」
トレントが遅れて加勢に入る。地面から木の幹を盛り上がらせリーディに狙いを定め、一気に襲わせる。その間にリーディはゴブリンの左腕を完全に捻りきって喜んでいる。すでに木の幹が目と鼻の先に迫った所で、剣の柄を振り回して身を守る。
「バ~リア♡ 」
トレントの攻撃はゴブリンの体を滅茶苦茶に貫いてリーディには届かなかった。目の前の物体から飛び散る血が彼女の綺麗な顔を汚す。血はやけに苦く甘美な味わいがしたと言う。
「木のおぢさん、おぢさんはどんな感じであたしと遊びたい? 」
いつの間にかリーディはトレントの頭上に足場を移していた。全てを察したトレントは諦めに近い口調で漏らす。
「出来ればあまり苦しみを与えずに殺してくれぬか? 」
「質問の答えになってないよぉ? じゃあ伐採ごっこに決定! ちょっと痛いかもだけど我慢してねん♪ 」
リーディは飛び降りるとトレントの胴体に剣を沿えてノコギリのように小刻みに動かし始める。
ギコギコ、ギコギコ
細かな木屑が溢れる度にトレントは地獄の苦しみを味わう羽目となる。リーディとしてはそれが面白くて仕方がなく時おりリズムや伐る力に強弱を加えて伐り進めていく。
どれだけ時間が過ぎたろうか、トレントの体は完全に両断され上半身が地響きを鳴らして倒れた。その表情は最期まで苦しみ抜いたことを如実に表していた。
「さてと、あとはスライムくんか」
だがスライムはどこにもいない。気付かぬ内に逃げたみたいだ。リーディはつまらなそうに口を曲げて足を進めていく。
転がる死体に一瞥もくれずに。