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魔導師転生

気が付くと暗い闇の中に浮かんでいた。朦朧とする意識も徐々に鮮明さを増していく。ここが地獄だとしたら想像していたのと違う。そんなことを感じていた。

手指に力を込めてみる。まるで生きているかのようにすんなり動く。目を動かしてみる。地平線のごとく続く闇の果てから何かが飛んでくるのが見えた。

剣だった。黄金色に輝く鍔の先から伸びる大きな銀の刃は暗黒の世界を切り裂いて進んでくる。不思議な剣はぴたりと瑛羅の脇に止まる。


「いい男」


確かにそう聞こえた。直接脳髄を刺激する声は幼い少女のようにも妖艶な成熟した女性のようにも聞こえる不思議な声音であった。

瑛羅は訳も分からず剣を凝視するとまた声が脳髄に侵入してきた。


「そんなに見つめないでよ。可愛い坊やね~。気に入ったわ、あなたのこと。名前を教えてくれない? 」


「は、羽間越 瑛羅だけど」


瑛羅はおっかなびっくり名乗る。最も本当に口に出せたかは定かではない。自らの声が聞こえず脳を介して返事した感覚を抱いたからだ。だが剣には届いたようで彼の周りをぐるぐる回り出す。まるで彼の価値を鑑定するかのように。


「瑛羅くんか。私はムーメル。素敵よあなた。私好みの闇を抱えている。触れる者全てを飲み込むような深くて強大な闇を。私はね、あなたみたいな正義面した極悪人、偽善者とも言うわね。とにかくす~っごくタイプなわけ。私に協力してくれるなら生き返らせてあげてもいいわよ? 」


「何を言うんですか? 意味が分かりません」


「悪いけどあなたに拒否権はないの。さぁ参りましょう。あなたは私の意志を継いでムーメウティアの支配者となるの。ずっと一緒よ、ずううううっと」


剣の輝きは増し周囲の闇を掻き消しより深い闇の世界を作り上げる。もはや自分の姿すらも闇に融け込んで全く見えない。だが動きを失った心臓の鼓動だけは確かに感じ取れた。冷え切った体の芯まで血が行き届き仄かに火照り始める。

一度死んだ肉体に生が甦るのが分かる。だが余韻に耽る暇などなく眼前の闇が渦を形成し瑛羅の体をぐんぐん引き寄せる。さながらブラックホール。全てを飲み込み全てを無に帰す終焉の入り口。瑛羅は渦に飲まれまいと必死にもがくが誰かが体にしがみついてきた。

渦の中から少女の上半身が伸びていた。浅黒く吊目をカッと見開き口は両頬の先まで裂けている。


「逃がさない」


地の底から這い出るような低い声。先ほどの剣とは大違いだ。だが瑛羅にはこの少女こそがあの不可思議な剣ムーメルであると思えてならなかった。

その間にも瑛羅の体はぐいぐい穴の中に引きずこまれついに首だけが辛うじて逃れている状態となった。


「俺をどうするつもりだ!? 」


「光栄に思いなさい。あなたは魔導師の資格を得たの。私はあなたの物、そしてあなたは私の物。仲良くしましょうね」


「ふざけるな! 誰がお前なんかに付き従うか!ここから出せ! 」


「勘違いされちゃ困るわ。ここはあらゆる私の精神世界、ここの全ての権利は私にある。言ったでしょう? あなたに拒否権はな~いの」


とどめとばかりに瑛羅の顔を掴み無理やり渦穴に押し込んだ。瑛羅は恨み節を心の中に満たしながら飲み込まれた。渦穴は次第に収束し最後は波紋を残して消えていった。



「うっここは」


ズキズキ痛む頭を押さえて上半身を起こして周囲を見渡す。どうやら森の中みたいだ。鬱蒼と生える樹木たちが心配げに瑛羅を見下ろしているかに思えた。

森林特有の冷たく澄んだ空気が鼻腔を通り肺に満たされていく。試しに頬に触れてみると柔らかな感覚が伝わる。どうやら生きているは生きているようで幾分か安堵するが即座にその違和感に気付いた。


「どういうことだ? 俺は絞首刑に処されて死んだんじゃないか? それにさっきの光景も今の状況も何がなんだかさっぱり分からない」


「お目覚め? あなたの寝顔、とても可愛かったわよ」


聞き覚えのある声が聞こえて首をブンブン回して見渡す。誰もいない。ついに幻聴まで聞こえるようになったかて悩み始めた次の瞬間、誰かが背中に覆い被さってきた。頬に伝わるぷっくり柔らかな感覚は幼子の頬にも似ていた。瑛羅は息を飲んで目線を流す。

浅黒い肌色、大きな吊目、弓なりに伸びる口―――ムーメルの顔が鼻先まで接近していて再び心臓が止まりかけた。


「また会えたね」


相変わらず艶やかで愛らしい声だ。そのまま瑛羅をより強く抱き締める。強い。この華奢な体躯のどこにこんな力があるのか分からないくらいに強い。

逃げても無駄だという無言の圧力であるのは明らかであった。


「ムーメル! 痛い! 痛いから! 」


「どこにも行かない? 」


「行かない行かない! 」


「私の言うことちゃんと聞く? 」


「聞くから! やばい、骨が砕ける砕ける砕ける!! 」


意識が遠退く直前でムーメルが放してくれたお陰で死なずに済んで胸を撫で下ろす。断続的な息を整えて改めてムーメルの姿を視界に入れる。

肩口まで伸びた銀髪、キリッと吊り上がった眼の中に埋まる一切の光を殺したどす黒い瞳、悪戯っぽく笑う口内からは氷柱のように鋭い歯が並ぶ。浅黒い肌は神話に出てくる邪神を彷彿とさせる。

体は頭から被った真っ黒いローブに包まれてはいるが想像していたより小柄で小学三年生の平均身長と大差はない。

見た目も思考は子供そのものだが内なる精神は苛烈な修行を経た修験者より遥かに高貴なものだろうと直感した。


「改めて私はムーメル。ここムーメウティアの全てを支配する神。そしてあなたは私の意志を継ぐことを許された最高に運のいい人間。よろしくて? 」


ちっともよろしくない。瑛羅は心底思ったが口に出したら何されるか分からないので喉から胃袋に引っ込めた。

ローブから漏れるムーメルの黒い両瞳が瑛羅を見つめている。顔の作りは可愛いのだが一つ一つのパーツが怖い。

神と自称するが邪神や悪鬼の類いではないかと勘繰ってしまう。


「それよりムーメル。お前、最初剣の姿してなかったか? 」


「ええ。私は神であると同時に世界の均衡を守る剣だから。見てて」


ムーメルの体を黒い光が包むとみるみる剣の姿に変わっていく。カランと地面に落ちる頃には完全に剣と化していた。


「すごい? 」


剣が独り手に浮かびズイッと瑛羅の頬に刃を密着させる。一歩間違えたら大怪我してしまう。


「凄いから離れてくれ。それよりこの世界について詳しく教えてくれ」


ムーメルは再び人態化して名残惜しげに数センチ離れると得意気に話し始めた。

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