エピローグ
「出房」
扉が開くと三人の屈強な男が部屋に雪崩れ込んできた。みな一様に紺色の制服に身を包んでいる。
時計は午前九時を指している。
どこからか怯える声や安堵する声が聞こえてきたが誰も気に止めていない。
部屋の住人は待ち構えていたように入り口に向かって正座をしていた。
年齢は二十代前半であろうか?あどけない少年さを残す面持ちの中に全ての摂理を悟り尽くしたような雰囲気を漂わせる掴み所がない様相をしている。
「天からのお迎え、意外と早かったですね。今の法務大臣は大層な死刑推進派なようで」
布団と机と水洗トイレしかない殺風景な独房に生気を孕まぬ声が響く。
そしてゆっくりと立ち上がると三人の刑務官に囲まれながら独房を出ると無数の視線が突き刺さる。
しかし男は鼻唄混じりに闊歩する。
「今日はいい天気ですね、刑務官さん」
右脇を歩く刑務官に先程より明るい声をかけるが、黙って歩くように注意されつまらなそうにため息をつき黙々と進む。
※
大きな仏壇が荘厳に聳える教誨室には柔和な表情の教誨師がいた。
彼は男にこれまでの労いの言葉を優しくかける。その声風は聞く者の心に安らぎを与え、穢れを浄化してくれるかのよう。
「今まで話を聞いてくださりありがとうございました」
男は深々と頭を下げると教誨師は合唱しながら頭を下げ返してきた。
「遺書は書かれますか? 」
「いや。大丈夫です。言葉を遺したい人なんかいませんし。俺、文才とか全然ですから。私物も全部廃棄してください」
教誨師と最後の対話を終えると、また刑務官に連れられ別の部屋に向かう。教誨師はその背中に小さな声でありがたい経文を唱え彼の成仏を願った。
※
「本日、羽間越 瑛羅の死刑執行を命じる。法務大臣○○」
執行室前室にて恰幅のいい拘置所長が読み上げる文章は男の末路を顕している。そう、彼はこれから法の下の死が待っている。
罪状は殺人。三人の暴漢に襲われかけた見知らぬ女性を救うために暴漢全員を殺害してしまったのだ。
死刑判決が出て一年余り。世論の情勢から冤罪の疑いのない死刑囚は早期的に刑が執行され始めていた。
「最期に何か言い残したことはありますか? 」
「別にありません」
「被害者やその遺族に対してはいかがですか? 」
「ありません」
若き死刑囚、瑛羅ははっきり言い捨てた。裁判中も女性を救うために仕方なく殺害したという主張を曲げなかった。そんな事情を知っているのか拘置所長はそれ以上追求せず刑務官たちにカーテンの向こう側を顎で指した。
即座にアイマスクと手錠をかけてカーテンの中に消えていった。
※
執行室に到着すると赤い四角の中に立たされる瑛羅。そこでも取り乱すことなく燃料が切れたロボットのように微動だにしない。首に縄を回されてもそれは変わらない。わずかに顔が歪んだがそれは首に感じる縄の冷たさが不快感を覚えたからに過ぎない。
「刑罰執行」
刑務官の一人が手を上げると隣の小部屋に並ぶ五名の刑務官が一斉に赤いボタンを押す。パカッと足場が裂けて瑛羅の体は急落下した。頸骨が砕けて痛みが脳に届くその前に意識が途絶えた。全身の筋肉が激しく痙攣するが下に待ち構えていた刑務官がその体に抱きついて静止する。
待つこと十分。亡骸は床に下ろされ白衣を着た医師が脈を取る。
「午前十時二十四分。死亡確認」
医師は腕時計を見ながら呟くとそそくさと退室していった。その場にいた刑務官は瑛羅のアイマスクを外す。この世になんの未練もないとばかりに綺麗な顔をしていた。それがかえって彼らを曇らせた。
結局最期まで反省の言葉を聞き出せなかった。それどころか一切の罪悪感すら抱かずに刑は執行された。彼らには眼下の死体が異形のナニかに見えてやるせなかった。