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眠りの森で彷徨って  作者: 牧場のばら
運命の出会い編
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事態は動き出す

 その日、帰ることを許されなかったアリス達はチャールズの屋敷で夕食の席に着いた。

 小屋の生活では質素な食べ物しか口にしていなかったので、アリスはご馳走に舌鼓を打ったが、ブルーは食欲がない様子だった。勧められたワインに口をつけたものの、酔うことを恐れて飲み干せなかった。


 双子の娘たちは、アリスとブルーの関係について知りたがったが、怪我をした人を助けただけで何の関係もないと言い切られて、がっかりしていた。アリスの返答になぜかブルーも肩を落としていた。


「ブルー。今はまだ、君がどういう立場かはっきりとしないので明言は避けたい。

 しかし率直に言うと、君はこの村にいては危険だと思う。おそらく、森の中へ逃げ込むところを襲われたのだろう。

 とどめを刺さなかったのは本気で殺すつもりはなく、誰かが助けることを念頭においていたとも考えられる。

 なぜなら森の入り口からはアリスの小屋が見えるからな。」


 チャールズの推論では、どういう経緯かこの村にやってきたブルーが、敵に追われて、森に逃げ込もうとして戦闘になったのだろう、という事のようだ。

 その際に頭に怪我を負い、怪我の後遺症なのか、記憶を失っているのでは?と。


「つまり俺は死ぬ運命ではなかったと?」


「誰かにとっては不都合な存在でも、他の誰かにとっては価値ある人間、ということだよ。

 それが王家に繋がる人間だとしたら、より一層利用価値が高まるのではないか?

 とりあえず明日領主様のところへ君達を連れていく。何かが判るかもしれない。」




「アリス、話がしたい。」


 あてがわれた部屋で、どうやってここから出て行くかを思案していたアリスは、ブルーが部屋を訪ねて来ても驚かなかった。

 夕食時の会話で気にかかった事があるのだろう。


 自分からやってきたくせに躊躇っていたブルーは、意を決して室内に入ると、どさりとソファに腰掛けた。


「村長様の館は立派ですね。わたしにもこんな豪華な部屋を貸してくださいました。

 だけど、森の入り口に近いあの小屋へ戻れないのが本当に残念だわ。あの家、好きだったのに。あれでも居心地よく整えていたのですよ。」

 アリスはそう言うと困ったように笑った。


「たしかに、あそこはとても気持ち良い場所だった。俺はずっとあの家に暮らしていたかった。記憶はないが、、、狩もできるし、畑作りも手伝えるし、何だってやる。

 それに君との生活はとても楽しかったんだ。」


「それは良かった。」


「アリス、どうしてここに連れてきたのか先程の話で理解したが、俺は貴族とか王族の関係者とか、そんな人間ではない。第一、似ているってどこがどう、誰に似ているんだ?」


「ブルーさん。この国に住む人間なら誰でも知っている事があるんですよ。

 王家の人たちは代々、黄金色の髪に、青い目をしているの。貴方みたいにね。」


「そういう外見の者はたくさんいるだろう?」


「王家の肖像画はいろんな場所で見ることが出来ます。それともうひとつ特徴があるんです。その瞳の奥に、紋章のような模様が潜んでいるのです。」


 これはブルーさんの胸だけに閉まっておいて欲しいと、アリスは真剣な顔で前置きをした。ブルーもまた、アリスの語る一言一句を聞き漏らすまいと表を引き締める。


「チャールズ様はブルーさんの瞳を見ても判別する力をお待ちではありません。それゆえ似ているが無関係かもしれないと思っています。

 それでも万が一のために、領主様に保護していただくのは正しい選択だと思います。

 この田舎ではブルーさんをお守りする事が出来ませんから。」


 それを聞いて、ブルーは眉間に皺を寄せて疑問を口にした。


「アリス、君は俺の瞳の中を覗き込んだのか?紋章というのは誰でも見えるものではないのだろう?君にはその力があると?」


「わたし、目は良いのですよ。信じるかどうかはブルーさんなお任せしますが、他言無用でお願いします。」

 アリスはそこで頭を下げて王族に対する礼を取った。


「やめてくれ、アリス。俺は、ただのブルーだ。俺にはわからない事がある。なぜあんな場所にひとりで住んでいる?

 男爵である村長との関係もわからない。君は一体何者なんだ?」


「何者かとおっしゃられても。わたしは両親を亡くして、この村にたどり着いた時に行き倒れてしまって。

 ちょうどブルーさんを助けた時みたいに、村長様に助けて頂いたのです。

 怪我をしていたのでしばらくこの家で下働きをしながら過ごしていました。だから元使用人です。」


「君はなぜ俺を助けた?

 俺が貴族か、あるいは王家に関わりのある者かもしれないからか?」

 

 ブルーの不安は拭ってやらねばならない。

「怪我をした人がいれば助けますよ。

止めを刺すつもりがなかったのは、わたしの小屋が見えたからだとチャールズ様は仰っていました。

 あの場所は普段誰も来ません。ブルーが倒れているのを見つけて本当に良かった。」


「しかし……」


「それと、貴方に記憶はなくても所作や言葉遣いで、農民じゃないってわかりますもの。助けた時にはそんな事を気にする場合じゃないでしょう。」


 ブルーはなんだか納得いかなかったが、にっこり笑うアリスに言いくるめられた形になった。


「そうか、問い詰めてすまなかった。

明日は領主の館へ行くのだろう?俺は何に気をつけたら良いだろうか?

 例えばこの国の王族に、とても似ている誰かがいるとして、何か誤解や行き違いがあって、俺が捕まったり、アリスが捕まったりする様な事があるかもしれないだろう?」


「ブルーさんは堂々とブルーさんのままでよろしいかと。

それと、わたしはご一緒できません。ご領主様にお目通りできる様な身分ではありませんもの。

 だから、今、会えて良かったです。お別れの挨拶が言えます。どうぞお元気で。

……早く記憶が早く戻ることを祈ってます。」


「待ってくれ。せめて領主の館までは付き合ってくれ。君が中に入れないと言うのならそれでもいい。

こんな(なり)をして、怯えているのを笑ってくれてもいい。

 俺は怖いんだ。知らない誰かに疎まれている、俺が生きているのを心よく思わない誰かがいる。

 一体俺は何者で、何をしたというのだろう。」


 頼む、とブルーはアリスの手を取った。その手はかすかに震えていた。


 アリスが見上げたブルーの青い瞳にはアリスが映っている。そしてその奥には王家の紋章が刻まれている。

 ただ、その模様は全ての人に見えるわけではない。

 見る事が出来るのは限られたごく一部だ。


(美しい模様。でも、これを正しく見る事が出来る人間が、領主館にはいるだろうか。)


 ブルーが王家に縁のある人間だとすれば、すぐさま知らされて迎えが来ることだろう。

 それが彼のためになるかどうかは、全くわからなかった。


 怪我をしていた理由が、ブルーを排除するためのものだったとしたら、王城へ連れて行かれたら密かに処分される可能性だってある。


 ブルーを助ける義理はない。できれば王家や貴族といった人達には近づきたくはないし、自分の存在は知られたくない。

 しかし、ブルーの縋るような視線と、握りしめる手の思いがけない強さに、アリスは心を揺さぶられた。

 

 3年前のあの日から、感情に流されず生きると決めたアリスに対して、この記憶喪失の男は己の感情をまっすぐにぶつけて来た。泣いたり弱音を吐いたり、と。

 自分が何者であるかがわからない、と言う事がどれほど怖いことなのか、アリスは思い知らされた。


「わかりました。明日奥様に相談いたします。それでブルーさんが安心するのなら、拾った者の務めですものね。

 ともかくこんな格好では領主様の居館へ行けないので、身なりを整えてもらわねばなりません。」


 アリスは年頃の娘らしくはにかんだ。


「アリスは何もしなくても美しいと思う。」


 ブルーは目の前の少女を見つめて心からそう言った。



 昼間バザールで見た男は金髪に澄んだ青い目をしていた。

 ガルフは、彼の顔立ちを思い浮かべていた。


「何だってまた、ややこしいのがお嬢ちゃんと一緒にいるんだ。」


 バザール会場から早足で駆けつけた先は、生垣に隠れた小さな館だった。

 慣れた手付きで扉を開けると、ガルフは素早く家の中に忍び込んだ。


 足音を忍ばせて、灯りの漏れている部屋へと進み、ドアをノックする。返事はないが、了解だと判断して中に入った。


「どうした?珍しいな、こんな時間に。」


「王の目を持つ男が現れました。」

 ガルフは跪き、頭を下げた。


「今、どこに?」


「眠りの森の娘とともに。」


「出会ったのか、2人は。娘は無事か?」


「はい。怪我をした男の手当てをし、面倒をみておりますが、男は記憶を失っており自分の名もわかりません。」


「そうか。娘が困ることの無いよう、引き続き見守るように。」


 命令を受けたガルフは頷くと、来た道とは違うルートでこっそりと村へ戻った。

 そして翌朝、チャールズこ屋敷に出向くと、そこにはアリスと例の男がいた。領主館へ行くのにアリスも同行すると聞かされ、ガルフは事態が動き始めたことを知った。



読んでいただいてありがとうございます。


謎のあの方登場ですが、バレバレかな?


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