振り出しにもどる
対決編最終話です。
アリスはブライアンの腕の中で、小さな寝息をたてていた。
二人は小屋を出て馬車に乗り、ボールドウィンの城へ向かっている。
昨夜の結婚式は身内と親しい者たちのみの、辺境伯らしい質素で温かいものだった。レオナルドの部下達が、陽気に祝い酒を飲み交わす中、翌日つまり今日、朝から用事があるのでと、早々に部屋に戻り早朝に出発したのだった。
疲れが出たのか眠るアリスを抱いて、ブライアンは幸福感に包まれている。愛しい娘が自分の想いに応えてくれたのである。
しかし彼らにはまだやることがあった。
全てを終えて、アリスの抱える秘密と不安を無くして真実結ばれたいと、ブライアンは思った。
*
アリスは夢を見ていた。目の前にはイルミナがいる。
そう、あなたは妹の子どもなのねと呟いた。
「そうよ。だから貴女とわたしの血は繋がっているの。貴女には預言者の血が流れている。」
「ではどうして、わたしは魅了だけしか持っていなかったのかしら?」
「母が言うには、預言者の母親から生まれるのは女児一人だけで、その娘に全ての能力が引き継がれていくのだと。でも貴女の後に母が産まれた。
推測でしかないけれど、本来全ての能力は貴女が引き継ぐはずだった。だけど、貴女は魅了の力だけを受け取ったわ。だから母が生まれてきたのだと思うの。」
「まあ、そうなのかしら?それなら、わたしが全ての力を受け取っていれば、貴女は生まれて来なかったという事になるわね?」
「そうね。」
「ふふ。なんて面白い話かしら。わたしに秘めた力があれば、今頃世界中がわたしを崇めて、全ての権力はわたしに平伏していたのね。」
「違う。イルミナは預言者たちがどのような末路を辿るか知らない。彼女達はほとんどが不幸になったわ。力を利用するために争いの素となり、全ての罪を負わせて、最後には憎まれ処刑された。
だから、母は預言者であることを隠して、生まれた娘を世間から隔離して育てて、ひっそりと生きてきたのよ。それなのにわたしが力を発現してしまったの。」
アリスは父親の事故の際にその力を発現してしまい、エルグリンドの王族に囚われた。
アリスを忌み嫌っていた王太子は、貧相でおどおどしたアリスを絶望させるために、両親が既に処分されたことを笑いながら伝えてきたのである。
生きていれば、預言者の親としての権利を主張したりお前を取り返そうとするかもしれぬからな、と王太子は冷酷な顔で告げたのであった。
唯一の友人であった王太子の異母弟も排斥された。両親の死を知り、絶望したアリスは命を賭して囚われの王宮から逃げたのだ。
まさか生き延びるとは思わなかった。しかし死ななかったのは預言者として何かの使命があるから、とは思いたくなかった。
ブルーと出会わなければ、あの小屋で密かに一生を終えていただろう。そうなれば預言者は自分の代で消滅し、争いの種は無くなる。
そう望んで生きてきた筈なのに、瀕死の青年を助け、彼に生きる気力を与えた。
実際、アリスが助けたのでなければブライアンは生きては居なかった。ブライアンの母ベルティーナの護石は、炎の中からブライアンを救い出したが、それまでに既に衰弱していたブライアンの体力は限界に近かった。
アリスはブライアンに癒しの力を使い、甲斐甲斐しく世話をしたのだ。それはまるで雛鳥を世話する親鳥のようでもあり。
だから、ブライアンが自分に懐くのは、生存本能からなのだと思っていたし、ブライアンに好意を示されても形ばかりの態度で応えてきた。
ブライアンはこの国の王子なのである。いずれ国を治める者となり、それに相応しい姫を娶ることになると思っていた。
それが寂しいような、少しだけ悲しいような気分になっても、ブライアンの婚約者の役割を演じる事は嫌ではなかった。
何より、養女にしてくれたミドルトン公爵一家の人たちが好きなのである。とりわけ妻のエメリンは、実の姉のようにアリスを可愛がってくれている。
「お義母様と呼んでちょうだい。」と言われても、どう見ても「お義姉様」なのだから。
*
「何がおもしろいの?」
目の前には幼いイルミナがいる。
「ふふ。幸せだわと思っていたのよ。貴女はどう?」
「わたしね、お腹が空いて歩いて疲れてしまって座ってたの。そうしたらね、拾われたの。」
「ユーディス様に?」
「うん。わたしね、ユーディスが大好きなの。およめさんになるの。」
「そう。良かったわ。貴女は今、幸せなのね?」
「うん。しあわせだよ。となりにユーディスがいるから。
ねえ、アリス。あなたにつたえなきゃ。
よげんしゃがのこしたことば、、、、」
*
ブライアンの母の実家、ウィンストン公爵家は、王宮での歓迎会の後、一気に没落した。
エドマンド国王の最愛の妃ベルティーナの実家であるにも関わらず、である。
当主トーマスは、甥であるブライアンを冷遇し続けた。
ブライアンが逃げ出す契機となった、ウィンストン家の別邸の火事は、トーマスの指示であったと使用人が告白した事により、トーマスは捕縛された。
妻のマルゴは半狂乱で実家に引き取られた。
娘のバルバラは修道院へ送られ、ウィンストン公爵家は断絶する筈だったが、ブライアンのたっての望みで、ウィンストン公爵家の嫡男パーシヴァルが第三騎士団を除隊し、公爵を継ぐことになった。
パーシヴァルとブライアンは歳も近く、二人の間に確執はなかったが、家族がブライアンを冷遇、虐待することに対する抗議から、家を捨て騎士団へと逃げ出したのだ。
「ブライアン殿下、わたしは貴方を助けることも出来ず、ただ奴らを見ることが厭わしく、逃げてしまいました。
この上はどのような処分も受け入れるつもりです。」
首を垂れ、まるで打首を望んでいるかのようなパーシヴァルに、ブライアンは告げた。
「母が生きた証であるウィンストン家を守って欲しい。
俺は、パーシーを憎んだりなんてしないよ。従兄弟として頼む。」
その日、二人は思い出話を語り、祖父との記憶で笑ったり泣いたりと、まるで幼い頃に戻ったかのように過ごした。
全ては好転しているようであった。
しかしこれは束の間の平穏であり、ブライアンとアリスは、未だに洗脳状態が続いていると考えられるスカタルランドへの旅立ちを控えていた。
スカタルランドの王太子にかけた魅了の力は強大で、イルミナが死んでも自然には解けないものであった。
その理由を、アリスはイルミナの告白によって知ることとなった。
解呪と、先に乗り込んでいるイワンとリナリアを救うために
アリスとブライアンは旅立つ。
お読みいただきありがとうございます。
ヴェルランドでの対決編が終わりました。