愛ゆえに
ヴェルランドの王家を巡る騒動が落ち着き、季節は冬になった。
王城では政務に復帰したエドマンド国王の下、イルミナ元王妃の手先と見做された官僚、使用人たちが一新された。
王国中に知らせを出し、出自に関わらず有能な人間を採用することにした。それは見極める方にもそれなりの能力が必要であったが、宰相補佐であったクリストファー・ミドルトン公爵が獅子奮迅の働きをした事を記しておく。
辺境ではレオナルド・ボールドウィン辺境伯と、同郷の美姫、ローザリア・バルツァー伯爵令嬢との婚姻が行われた。
婚約期間もなく王都より帰還してすぐの事で、ローザリアは衣装の準備もままならなかったが、お前はそのままで十分に美しいのだから、ドレスなんてどれでも同じだと、レオナルドは言った。
レオナルドとすれば、早く二人きりになりたかっただけの事だが、それほどまでに愛されているのだと、ローザリアは幸せな気持ちで満たされたのだった。ずっと慕い続けてきた相手とようやく結ばれて、ローザリアは夢ならば醒めないでと、心の中で願った。
「レオは貴女のことが好きだとばかり思って、醜い嫉妬をしてしまったわ。ごめんなさい。」後ほど、ローザリアはそう言ってアリスに謝ったのだが、
「ローザリア様、レオナルド様はいつもローザ様の方ばかりご覧になっていたのに、お気付きにならなかったの?
わたしも、ミランダ様ベランダ様も気がついていましたよ。」と笑顔で返された。
レオナルドの姉、アマンダ・ボルトンとチャールズ夫妻の双子の娘たちミランダとベリンダは、花嫁のドレスの裾を持って歩いたり、世話をする花嫁介助人―ブライズメイドを引き受けていた。
愛らしい姿の双子達は花嫁に負けずとも劣らない美しさで、式に参加したレオナルドの部下の騎士団員たちから二人への婚約申し込みが殺到することになる。
ブライアン第一王子の侍従エドワードは、淡いピンクのドレスを纏い頭には花冠を乗せたミランダに、胸苦しくなるほどの想いを抱いていた。
ウィンストン公爵家を追い出され、生死不明のブライアン王子を探し回っていたエドワードを、温かく受け入れてくれたボルトン家には感謝しかない。
とりわけ、あれこれと気を回してくれた双子の姉ミランダに対し、好意をもってしまうのは必然だった。なぜならミランダもまた、懸命に主を探しやっと巡り会えたエドワードに対し尊敬以上の好意を抱いていたのだから。
ミランダとエドワードはやがて結ばれるのだが、やはりウィンストン公爵家を追い出されて行方不明になっていたエドワードの父が、二人の結婚式の日に辺境に現れ、感動の再会を果たすという奇跡が起こるのはまた別の話。
レオナルドとローザリアの結婚式には、ブライアンとアリス、それにオースティンとエトワールという王族たちも出席した。
エトワールはレオナルドとは直接話したことはなかったが、ローザリアの事は、兄オースティンの婚約者候補者として、あのお茶会で親しく会話をしたので、事のほか喜んでいた。
「オースティンお兄様のところへ嫁がれなくて本当に良かったわ。お兄様は、辺境伯のような逞しい身体ではないから、ローザリア様を姫のように抱き抱えることは難しいと思うわ。」
「酷いな、エトワール。僕だって鍛えているんだよ。ほら?」
そう言って笑い合えるほど、2人は過去を乗り越えることが出来た。
オースティンとエトワールに血縁関係はない。しかもオースティンには王家の血は流れてはいない。それは彼の姿を見ても一目瞭然だった。
以前は魔道具で髪色と瞳の色を変えていたオースティンだが、今はありのままの自分の姿を見せるようになっている。
貴族達の中には、オースティンの排斥を望む声があったが、それらはエドマンド国王とブライアンが跳ね除けた。
オースティンは、イルミナ王妃の被害者である、そして王が認めたからには他の者が彼を攻撃したり蔑むことは一切許さないと、王家からの通達が出たのである。
オースティンはいずれ臣籍降下する事が決まっている。実の父親、ユディトー侯爵家の領地を受け継ぐのである。
ユディトーという名前は残らず、新しい伯爵家としてオースティンが再興することが決まっているのだが、沈みゆく船に乗り込むようだと、オースティンと縁戚関係になることを望む高位貴族はおらず、公にはオースティンの婚約者は空席のままであった。
しかし、彼らは知らない。オースティンの側には、常に寄り添う心優しい令嬢がいて、2人は将来を約束している事を。
アンジェリーという名の伯爵令嬢は、オースティンが実は第二王子である事を知り、身を引こうとしたが、兄ブライアンとアリスのお節介で、二人は密かに婚約を結んでいる。国王もそれは了承済みで、親との縁が薄いオースティンを、心から愛してくれる女性が現れたことに、深く安堵しているのだった。
エトワールは、スカタルランド第二王子イワンとの婚約解消とそのイワンの事故死、母イルミナのおかした罪の大きさと、自らの出生の秘密に、一時は精神を病む寸前であったが、
アリスの癒しの力もあって、立ち直った。
彼女にとって一番辛かったのは、親よりも親身になってエトワールを愛してくれた、ユディトー侯爵がオースティンの実の父親であり、イルミナ王妃の悪事の片棒を担いでいたことであった。
ユーディス・ユディトーは、エトワールを愛し慈しんでいた。
親子ほど歳が離れていたが、確かにエトワールを愛していた。
しかし、その愛情が、恋愛感情であったかどうかは今となってはわからない。
ユーディスは国王から毒杯を賜り、ひっそりとこの世を去ったのであった。
*
イルミナ元王妃もまた目覚める事のないまま静かに息を引き取った。
実家であるユディトー侯爵家へと戻ってきたイルミナを、義兄ユーディスは甲斐甲斐しく世話をしていたようだが、ある日突然ユーディスとイルミナの訃報が届いたのである。
毒杯による二人の死は決められていた事であるが、その時期はユーディス本人に委ねられていた。ただし、イルミナを伴うこと、それがエドマンド国王からユーディスに与えられた温情であった。
ユーディスは侯爵家の使用人全てに暇を出し、家財なども処分し、彼らに十分な金を与えた。
そして、全てを片付けたのち、ユディトー領の名産の赤ワインとガラスの容器に入った毒を口に含んだ。
ユーディスは眠るイルミナの唇に、己の唇を寄せて、ワインを流し込んだ。イルミナはやつれたものの未だ美しい顔を少しだけ歪めて、ごくりと飲み込む。それを確認してからユーディスもワインを喉に流し込むのだった。
エドマンドは睡眠作用のある毒を渡していた。毒はじわじわと効き目を顕す。
「イルミナ、ようやく俺たちだけになったな。お前を愛していたよ、浮浪児のようなお前を見つけた時から。」
眠気に耐えきれなくなったユーディスはイルミナの体にそっと寄り添った。イルミナの頬には一筋の涙が伝っていた。
独身であったユーディスに身内はなく、ユディトー家の所領は全て国が没収したが、後にオースティンがその領地を受け継ぐ事となる。
ユーディス・ユディトーの死を聞いたエトワールは、そう、と言ったきり何も言わなかったが、その日は一日中部屋に閉じこもってきた。彼女は声を殺して泣いた。誰よりも自分を愛してくれた伯父を思って泣いた。
*
レオナルドとローザリアの婚儀の翌日、ブライアンとアリスは、森の近くの、アリスの住んでいた小屋を2人で訪れた。
彼らが出会ったのは春のことだ。そして今は冬。
ひと気のない小屋には、薄く積もった雪を踏み締めて進んだ。護衛達を外に待たせて二人で中に入る。
小屋の中はひっそりとし、そして寒かった。
防寒着の前を合わせるように両手で体を抱きしめるアリスを、ブライアンは背中からそっと抱えた。
「寒いか?」
アリスはふるふると首を振った。
「こんなに季節が経ったのですね。」
アリスは小屋に残した物にうすく積もった埃を払おうとしたが、ブライアンに止められた。
「君の手が傷む。」ブライアンの大きな手が背中から回されてアリスの手を包みこんだ。
ブライアンはアリスの身体の向きを変え、二人は向き合う形になる。
「アリス。世界で一番大切な人。
どうか、俺と結婚してほしい。君を愛している。」
ブライアンは跪くと、神々しいほどに整ったその顔に、まるで断られると思っているかのように不安げに瞳を揺らして、アリスを見据えた。
「ブライアン殿下。わたし達婚約者ですよ。行きつく先は、このまま行けば結婚ではないかしら?」
アリスは揶揄うように囁いた。
「俺が君を愛する半分でもいい、いやほんの少しでもいいんだ。君の目に俺を映して欲しい。
いつも君は、遠くを見ている。何か心残りがあるかのように。君の憂いも苦しみも喜びも幸せもすべて、俺が背負う。
君と共に生きたいのだ。」
苦しげな表情のブライアンに、アリスは優しく微笑みかけた。
「何を不安になっているのですか?
嫌いだったら、初めから貴方を助けたりしないわ。ねえ、ブルー、そうでしょう?」
「君も俺のことを思ってくれていると?」
言葉で返事をする代わりに、アリスは腰をかがめてブライアンの頬に唇を寄せた。触れるだけの優しいキスに、ブライアンは目を見開いた。
「ブライアン殿下、いえブルー。わたしを貴方のお嫁さんにしてくださいな。」
アリスから逆プロポーズをされたブライアンは立ち上がるとアリスをぎゅっと抱きしめた。
そして返事の代わりに、アリスの柔らかなピンクの唇に、優しくキスをした。
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