エトワールの覚醒
ふぅと、息を吐き出したエドマンドは、ブライアンに支えられて自らの執務室へと戻った。
控え室へ運ばれたイルミナは完全に失神していた為、医者が付き添うこととなった。
ユーディスは王妃の部屋から追い出されたので、エトワールの元へと急いだが、エトワールの部屋の前で護衛達から、王女殿下は誰にも会いたくないととのこと、と拒絶されてしまった。
(エトワールが俺を拒絶?)
信じられない思いで立ち尽くしていると、ドアが開き、出てきたのは、ブライアンの婚約者のアリスだった。
「これは、ミドルトン公爵令嬢。なぜエトワール王女の部屋から出てこられたのかね?王女は誰にも会わないそうだが。まさか、貴女がメイドよろしく世話でもしているのか?」
ユーディスは皮肉を込めてアリスに嫌味を言った。
「ユディトー侯爵様。エトワール王女がお会いになるそうですよ。
王妃様のご様子は?」
「何故、貴女に言う必要がある?知りたくば頼りになる婚約者のブライアン殿下にでも聞いてみるのだな。」
アリスは気にすることなく、ユーディスを部屋に招き入れた。
同席するつもりか?と睨みつけるが、アリスは知らん顔だ。
「エトワール!」
「ああ、伯父様。どうなされたの?」
「いや、心配でな。
二人で話したいのでミドルトン公爵令嬢は退出願おうか。」
「駄目よ。いくら伯父様でも、男性と二人きりは良くない噂を招くだけ。わたくしの今後の居場所を守る為にも、お義姉様にはここにいてもらわないと。」
エトワールは先程までの打ちひしがれた様子もなく、堂々と言い放つ。ユーディスの目を真っ直ぐに見て。
「少し離れたところにおります。ユディトー様はわたしに不信感を抱いてらっしゃるようなので、おふたりの周りに結界を張ります。それで譲歩してくださいな。」
「結界だと?
…………そなた、何者なのだ。」
ユーディスは、今初めて、アリスという娘をまともに認識した。倒れていたブライアンを助け、婚約者に収まった図々しい平民の娘としか見ていなかった。
急に雰囲気を変えたアリスのオーラに、背中を冷たい汗が伝うのを感じるユーディスだった。
*
「お義姉様の結界は完璧よ。気になさらないで良いわ。
伯父様、わたしは大丈夫。少し疲れただけです。」
「おお、エトワール。イルミナがあんな事になって、さぞかし落ち込んでいるのではないかと心配したのだよ。
大丈夫だ。イルミナ王妃は気分が優れなかっただけだ。すぐに良くなる。」
「伯父様が王妃に付き添った後で、お父様から大事な話があったわ。伯父様は聞いてらっしゃらないから、わたくしの口から説明いたしますわね。」
エトワールは、広間でエドマンドが語った内容を説明した。
イルミナ王妃の呪いの事、呪い返しで倒れた事、イワンを殺害した疑惑があること。
「それで、お父様は王妃と離縁するの。わたくしは王女のままで良いのですって。
王妃殿下は、伯父様のユディトー侯爵家へ戻られるそうよ。」
「エトワール、、、。イルミナの事をお母様とは呼ばないのかい?君の母親なのに?」
「ええ。あの方とわたくしには血縁関係が無いの。アリスお姉様が教えてくれたわ。魔力の流れが違うと。
伯父様、ご存じなかったのかしら?
……それとも知っていてわざと教えてくださらなかったのかしら。どちらにしても、伯父様とは血縁関係はないから同じ事だと思われたのかしら。」
ユーディスは思わずアリスの方を見遣る。その顔は激しい憎悪に満ちていた。
アリスは意に介さず知らん顔をしている。
「わたくし、真実が知りたい。知っている事を教えてと、お義姉様にお願いしたわ。」
「なぜ、あの女が真実を知っていると思うのだ?
ミドルトンの養女になったとはいえ、多少の魔力が使えるだけの、もとは平民だぞ?
エトワールを惑わすような事を言ったとしたら、それは極刑に値する。ブライアンの婚約者と言えども許さぬ。」
「伯父様、、、。伯父様にはわからないの?見えないの?
あの方は、アリス様はね、、、。」
*
ユーディスは選択を迫られていた。
王妃の協力者として共に罪を被るか、エドマンド王に二心の無いことを証明するために知りうる全てを告白し協力するか。
どちらに転んでも、築いてきたユーディスの立場は崩れさる。犯罪者として糾弾されても仕方のない立場である。
しかし、エドマンド王は、利用されただけのユーディスには、温情を与えると告げたらしい。
結局、イルミナを捨てるしかないのだと悟った。
幼い頃、街で拾ったイルミナが何者であっても、彼女を守っていこうと思っていたし愛していたが、イルミナはユーディスを愛することはなかった。
自分との婚姻を拒否し、エドマンド王太子の側妃になるための手伝いをせよと命じてきた。
イルミナに見つめられると、断ることは困難だ。誰も彼もが、彼女の言いなりになってしまう。イルミナに褒められると心が沸き立ち、えも言われぬ幸福感が体を満たす。
それは恍惚であり快楽であり、ユーディスはその間に短い夢を見るのだ。
愛しい女を抱いている夢を。
あの夜は珍しくイルミナが甘えてきた。里帰りでユディトー家へ帰ってきたいた。
イルミナは、エドマンド王の正妃であるベルティーナが、自分を虐げるのだと泣いた。
「お義兄様、本当に慕っているのは貴方なの。恩あるユディトー家の繁栄のためにと、王家へ嫁ぐことを願ったけど、所詮側妃にしか過ぎないわたくしに、陛下はお情けをかけてくださらない。わたくしは孤独よ。」
領地の名産の赤ワインを飲んでしなだれかかってきたイルミナに、理性の箍が外れた。
ユーディスは罪悪感と背徳感に加えて、ようやく愛する人を手に入れるスリルに興奮した。
しかし、ユーディスが目覚めた時、隣にいたのは金髪碧眼の見知らぬ女だった。
「何だ、これは?イルミナではない?」
側妃になる事だけがイルミナの希望だったのだと知り、本当に愛しているのは自分なのだと、喜びに震えた。
そしてイルミナの真っ赤な唇が愛を囁き、愛し合ったのはイルミナの筈だった。ではこれは一体どういうこと?
「あら、お義兄様、お目覚めになりました?」
「イルミナっ!」
「王家の色をした女性を探してきたの。金髪に青い目で身寄りがない女を。
わたくしこれから懐妊いたしますのよ。
十月十日後には男子が生まれますわ。エドマンド王とわたくしの間の子ども。
ふふ。実際はお義兄様とこの女の子どもがね。」
イルミナは横たわる女性を離れに連れて行くよう指示をした。呆然としているユーディスに向かって、
「お義兄様の息子が王位に着くと考えたら楽しくありません事?」と赤い唇でニンマリと笑うのだった。
*
観念したユーディスは、オースティンの出生の秘密をエトワールとアリスに向かって告白した。
「イルミナは妊娠したフリをして過ごした。そして女の出産に合わせて里帰りし、生まれた子を自分が産んだ子にした。
残念ながら、その子どもは茶色い髪でね。イルミナは咄嗟に、魔道具で色を変えることにしたんだ。」
「オースティン様の産みのお母様は、どうなりました?」
アリスは冷たい声で問いただした。
「さあ、わからん。あれが始末したのではないかと。」
「わたくし、伯父様を軽蔑いたしますわ。もうお顔も見たくない。
伯父様がわたくしに執着されるのは、イルミナ王妃の娘だと信じていたからでしょう?
わたくしはお父様の娘だけれど、産んだのはあの人じゃないわ。それがどれほど嬉しいことか、伯父様にはわからないでしょうね。
さあ、もう出て行ってくださいませ。ユディトー侯爵様。」
ユーディスは絶望した顔つきでエトワールを見たが、エトワールの瞳にユーディスが映ることはなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ダークな部分が続きます。
エトワールはアリスが「預言者=聖女」であることを知りました。
オースティンには救いがあります。(ある女性との出会い)今のところまだ王太子です。




