ローザとレオ
閑話がしばらく続きます。
「レオ兄様、どなたを見てらっしゃるの?踊っている時はわたくしだけを見てくださいな。」
ローザリアに咎められて、レオナルドは我に帰った。
「ああ、済まない。殿下達を見ていた。」
「違うでしょう?兄様が見ていたのはアリス様よ。」
アリスはボールドウィン家でブライアン第一王子付きのメイドのような事をしていた使用人だった。その彼女がミドルトン公爵の養女になったことから、ローザリアはアリスを呼び捨てにするのをやめた。
悔しいが身分差は絶対だ。伯爵令嬢に過ぎない自分が、公爵令嬢を呼び捨てなどあり得ない。そもそも、名前を気軽に呼び合えるような関係を築いているわけでもない。
ずっと慕っているレオナルドの視線が、他の女を追いかけていることに、ローザリアは深く傷ついていた。
十九になっても婚約者を作らなかった。日々剣の腕を磨き、馬に乗って駆ける辺境の娘である。
(いつだって、レオナルド兄様の隣に立って恥ずかしくないようにと、自分を磨いてきたわ。)
それなのに、言い寄ってくるのはレオナルド以外の男達だった。
ローザリアの外見は大変美しく、楚々とした姿に惹きつけられた男性たちから、引く手数多の申し込みがあったが、すべて断っていた。美しい砂漠の薔薇にはトゲがある、誰がローザリアを落とすのかが話題になっていた。
(好きな人が好きになってくれないのは、これほど寂しいものなのね。)
ローザリアは、自分が断ってきた相手の気持ちが、この頃身に染みてわかるようになった。片思いだけでも辛いのに、自分を見てくれない相手とダンスを踊るなんて、神様は残酷だわ、と。
辛い気持ちを隠して、冗談めかして言う。
「残念ね。レオ兄様も王太子殿下もアリス様に夢中だけど、
ブライアン殿下に勝てるおつもりなのかしら。」
「なんだ、やきもちを焼いているのか?」
「違うわよ。同情して差し上げているの。」
曲が終わり、ローザリアは微笑みながらお辞儀をして、繋いだ手を外そうとしたが、レオナルドは力を込めてぐいと引っ張った。
「駄目だ。続けて踊るぞ。」
ローザリアは目を見張った。
「え?」
「同情ではなく、愛情を貰おうか。」
「なっ!何をおっしゃってるの!」
「ほら、始まるぞ。」
続いての曲はテンポの速い曲だったが、ダンスが得意なローザリアにはむしろ楽しいくらいだ。息が上がるほどふたりは難しいステップをこなす。ホールを縦横無尽に駆けるように踊るのだ。
日頃から鍛え抜いているレオナルドは、ローザリアをくるくると回し、最後は片手で支えて抱いて、それからそっと優しく地面に下ろした。
見ていた人々から大きな歓声と拍手が沸き起こる。
ローザリアは上気で頬を赤く染めてお辞儀をすると、一目散に走り去った。足がもつれそうになるが、どんな顔をしていれば良いかわからないのだ。
「おい、ローザ!どこへ行くんだ?」
(勘違いしそうになる。レオナルドは酷すぎるわ。わたしの事なんて、ただの従姉妹だとしか思っていないくせに。)
泣きたくなるのを無理に堪えて、庭に面したエントランスで立ち止まり振り返ると、レオナルドが立っていた。
「何故逃げるんだ?」
「なんで二曲も続けて踊るのよ!まるで特別な相手みたいじゃない!」
「お前を王太子にやるのは嫌だから。」
「王太子殿下の婚約者候補になっただけよ。殿下はわたしを選ぶつもりは無いわよ。人数集めに過ぎないもの。」
「だとしても、嫌だ。悪いか?」
「そんな理由であんなことして、わたしの婚期がますます遅れたらどうしてくれるのよ。
それともレオ兄様が責任取ってくれるわけ?適当なことを言わないで。」
「……責任は取るぞ。嫁にする、いや俺と結婚してくれ。」
ローザリアは目を丸くした。
「冗談よね?信じられないわ。」
ウィンストン公爵家の庭で、まさかのプロポーズをされたローザリアは、素直にはいと言えなかった。
どうせ、アリスのことを諦めるために、仕方なしに口にした冗談よ、と思っている。或いは叔父様に結婚を急かされて、身近な人間で済ませるつもりなのね、と。
今まで自分の方から、レオナルド様のお嫁さんになるの、と公言してきたが、全く取り合ってくれなかったのに、今更何なのよ、、、
ローザリアは混乱するら心を必死で宥めて、精一杯の強がりを見せた。
「アリスの代わりなんて、わたしには耐えられないわ。どうしても結婚する必要があるのなら、貴方を慕うどこかのご令嬢にしたら?」
そのまま立ち去ろうとしたローザリアを、レオナルドは後ろから抱きしめた。
「駄目だ。お前がいいんだ。ローザ。お前が好きだ。」
背中を向けているので顔が見えない。ローザは真っ赤になっていた。
*
レオナルドは一大決心をした。
そろそろ身を固めるかと思ったのである。
きっかけはもちろん、ブライアンとアリスだ。
とりわけブライアンの、アリスに対する深くて時には重い愛情を、初めは面白がって後に半ば呆れて見ているうちに、感化されてしまったのである。
レオナルドは女性に対してさほど興味がなく、恋愛に向かないと自認していた。優しく接したり、相手の望みを叶えたり、そういう面倒くさいことが苦手だったのである。だから、気を張ることなく付き合えるローザリアは、親戚でもあるし、女性というより仲間のように感じて接していた。
そんなレオナルドが唯一気になった女性がアリスだが、それは恋愛というよりも、アリスの持つ能力や利用価値に惚れたという感じだった。
そのアリスを恋愛対象として見るには違和感があった。
周囲の者は、レオナルドがアリスに恋をしていて、ブライアンとの三角関係に悩んでいるように見えているらしい。
馬鹿げたことを、とレオナルドは笑った。
一生独身かもな、と思った時に脳裏に浮かんだのはローザリアだった。
(ローザは、俺の役に立てるならと、王太子の婚約者候補に復帰したが、自分が選ばれたらどうするつもりだったんだ?)
ローザリアならきっと、レオ兄様の野望のために必要なら王太子殿下と結婚するわと言うだろう。
それは嫌だ。オースティンと睦み合うローザリアを想像したら、とんでもなく嫌な気分になった。あんな奴にやるくらいなら、俺の側においておく。
全く自分勝手な理由で、自分勝手なレオナルドは、ローザリアに求婚することに決めた。
ローザリアの両親には先に承諾を得たが、本人にはパーティのどさくさに紛れて勢いで返事をもらうつもりだったが、ローザリアから拒絶されるとは思いもよらなかった。
その拒絶に、レオナルドは苛ついた。
「お前は俺のことが好きなんじゃなかったのか?」
「そうよ!悪かったわね。受け入れてくれなかったのはレオナルドの方よ。それなのに今更、何なのよ?」
「王太子と抱き合うお前を想像したら我慢ならなかった。俺のために鍛えて、俺のために美しくあろうとしていたのだろう?」
ローザリアは顔を真っ赤にして抗議しようと振り返った瞬間に唇を塞がれた。
息ができなくなったローザリアは、レオナルドの胸を押して逃げ出そうとしたが、かえって強く抱きしめられてしまった。
「…酷い、、、。何でこんなこと、、好きでもない女と出来るの?」
泣き出したローザリアの頭をレオナルドは優しく撫でる。
「聞いてなかったのか?好きだと伝えたはずだ。」
「嘘、なんでしょう?だってレオナルドはアリスのことが好きだって。」
「そうか、お前にはまだ話していなかったな。後でゆっくり教えてやる。
それより返事は?」
ローザリアは返事の代わりに、レオナルドを強く抱きしめ返した。
「浮気したら許さない。」
しないさ、とレオナルドは言って、跪いた。
「ローザリア・バルツァー伯爵令嬢。どうかわたしに貴女の夫となる栄誉を与えてくれませんか?」
お読みいただきありがとうございます!
俺さまなレオ様、ローザリアに求婚しました。
ローザリアが他の誰かと婚約しそうになる度に、あんな頼りない奴は相応しく無い、といって、こっそり介入して潰してきたのは秘密です。