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眠りの森で彷徨って  作者: 牧場のばら
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王の見た夢

 わたしの掌の上の、虹色に煌めく護石は熱を帯びている。

 その熱さがわたしを現世へ引き戻す。

「ベルティーナ、君に会うのはもう少し先になりそうだ。」


 亡き妻ベルティーナの顔が思い浮かぶ。この世で一番愛した女性、これまでもこれからも先もずっと一番だ。

 

 ブライアンをお守りくださいね、愛しい貴方、、、


 君はにこやかに微笑みを返してくれるんだな。君を守れなかった不甲斐ない夫、頼りにならない父であるのに。

ベルティーナもブライアンも、わたしを許してくれるのだね。

 


 ある夜会で君に出逢い一目で恋に落ちた。ただ美しいだけでは無く、謙虚で控えめでありながら、高位貴族らしい気高い姿に惹かれた。

 すぐに婚約の申込みをして、君はわたしの婚約者となり王妃となった。辛いはずの王妃教育もあっさりとこなし、いつも笑みを絶やさなかった。命の灯が消えるその時まで。


 君はこう言ったんだ。

「貴方より長生きするつもりだったの。だってわたくしが居ないと寂しいでしょう?

 だけど、ごめんなさい。先に逝くわ。貴方は出来るだけゆっくりいらしてね。ブライアンを守って、、、。」


 わたしは君の瞳から光が消えて、握りしめていた手から力が抜けていくのを止める事が出来なかった。あの時ほど無力を感じたことは無かったよ。


 ベルティーナ、ひとつ言い訳をさせてほしい。あの悪魔のような女のことだ。


 イルミナ・ユディトーは尋常ではなかった。

王族として『魅了』には耐性があったが、イルミナは魅了ではなく、わたしに呪いを掛けた。ああ、呪いだったのだよ。

 

「わたくしは第二妃で充分なのでございます。殿下とベルティーナ様のお幸せなお姿を、一番近くで拝見できる光栄が欲しいのです。

 陰謀や計略、そういう類のものを見分ける能力を、わたくしは持っております。きっと殿下とベルティーナ様のお役にたつとお約束いたしますわ。」


 イルミナはそう言ったんだ。わたしと君を()()()()()()()

と。

 わたしは彼女が怖かった。あの視線が怖かったのだ。

 ユディトー家の嫡男がどこからか見つけてきた、素性の知れぬ底が見えない女、男を狂わせる女、それがイルミナだ。

 イルミナはユディトー伯爵家に入り込んで、ユーディスの両親、兄弟を籠絡し、遂にはわたしを取り込んだ。

 

 オースティンもエトワールも本当にわたしの子なのかわからないのだ。何しろ記憶が無い。

 イルミナが薬を盛ったのか、或いはわたしの精神に干渉して知らぬ間に身体を操っていたのだとしか考えられない。

 あの子たちには罪はない。彼らもまた、母親の毒に攻撃された不幸な存在なのだから。


 オースティンを王太子にしたいと言い出した時、止めることが出来なかった。

 第一王子であり、愛するベルティーナの忘れ形見であるブライアンを蔑ろにする筈がない。何故オースティンの立太子を認めたのか、全く記憶に無いのだよ。

 その頃は既にイルミナの『呪』で、わたしの身体も精神も全く普通では無かったのだろう。



 ベルティーナ、わたしと君の息子は立派に育ったよ。

彼は、襲いかかる炎の中で、君の形見の護石を握りしめていたそうだ。そして、命ながらえた。


 その護石がこれなんだ。君がブライアンに渡したものを、ブライアンがわたしの手の上に乗せたんだよ。

 わたしの呪を解くのだと言った。

 ブライアンの愛する娘が呪を解くのだと、そう言ったのだ。

 一体どのような娘なのだろうな。ブライアンが選んだ娘なのだから、きっと君のような強さを持つ人なんだろう。




「エドマンド様、ほら、ご覧になれますか?ブライアンとアリスですよ。」


 ベルティーナはわたしの身体をそっと支えた。

長い間寝込んでいたせいか、身体はすっかり痩せている。伸びた髪には色艶もなく、肌の色は不健康に青白い。それでもわたしは、腹に力を込めて身体を持ち上げた。


 ほら、とベルティーナが指し示したのは大きな鏡だ。


 どうやら貴族の家の食堂のようだ。広いテーブルにお茶の用意がされており、ブライアンと少年達と、それから若い娘がいる。


「この焼き菓子はアリスが作ったのかい?」 

「ええ。ロビン様、ロイド様も手伝ってくださったのですよ。」

「お義姉様!言葉遣い、違いますよ。僕たちは弟なんだから、他人行儀に話さないでほしいです!」

「あ、そうだったわ。ロビンとロイド、ごめんなさいね、慣れなくて。」


「そんな事はどっちでもいい。アリスが作った焼き菓子なんだ、全部わたしが食べるからね。」


「殿下!横暴です!お義姉様の焼き菓子なんだから、みんなで食べるんです!」


「ブライアン殿下!義姉上に近すぎます!離れてください。」

 男の子たちがブライアンの目の前に立って文句を言っている。

「わたし達は婚約者だ。」

「僕たちは義理だけど姉弟ですっ!」

「はいはい、仲良くいただきましょうね。喧嘩をする人たちには差し上げませんよ。」


 彼らの笑い声が風に乗って、優しい音楽のように響く。


 ああ、ベルティーナ、ブライアンは随分と楽しそうじゃないか。

 

 ええ、本当に良かったわ。素敵なお嫁さんが来てくれるから安心ですわ。

 あとは貴方の健康だけが心配よ。ねえ、エドマンド、こちらへ来るのは、まだまだ先ですからね。

 ブライアンを、あの子達を守ってくださいね。

 愛しているわ、貴方…………




「ベルティーナ!」


 エドマンドは自分の叫ぶ声で目が覚めた。


陛下、いかがなさいました、と、侍従達が慌てて近寄ってきた。


「なんでもない。心配は不要だ。もうしばらく休ませてくれ。」

 侍従が礼をして下がると、エドマンドは握りしめた手を開いてみる。

 そこには、虹色に輝く護石がひとつ。

 エドマンドは安心して目を閉じた。

 

 

  エドマンド国王が復帰するまであと少し。



お読みいただきありがとうございます。

閑話2本続きました。


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