苛立ち
最近、王宮に勤める使用人たちの間に妙な噂が立て続けに流れている。
発端は、「王太子殿下の婚約者がいよいよ決まるそうだ。しかし殿下は事もあろうか兄王子の婚約者に横恋慕して、兄から奪い取るつもりだ。」というもので、それはある意味真実で、ある意味間違っていた。
アリス・ミドルトン公爵令嬢を王太子の婚約者にすると宣言したイルミナ王妃であったが、思わぬところからストップがかかった。
長く病床にあるエドマンド国王が、自分は王命など出しておらず、王妃による越権行為であると、王妃に対して苦言を呈したのである。そして、ブライアン王子とアリス嬢の婚約は自分が認めたものである、それを勝手に反古にするのは許さぬと、正式な文書にして通達した。
その結果、「病から回復してきている王は、王妃の独断による外交や人材登用、王子王女の婚約者を勝手に選び、勝手に解消している事などを快く思っておらず、王妃との間には深い溝ができている。」という噂が城中を駆け巡っていた。
実はエドマンド王は、ブライアン王子と面会した日から徐々に、謎の病状から回復してきている。
「母が燃え盛る炎からわたしを護ってくれました。その時にこの護石は力を失いましたが、改めて解呪の魔力が込められています。」
そう言って、ブライアンは王の手にそっと石を握らせた。
エドマンド国王の病状が呪ではないかと推測したアリスは、ベルティーナの護石に解呪の魔力を付与し、その石をエドマンド王に渡したのだ。
とにかく、謎の病に倒れていた国王の回復は、国中が待ち望んでいたものであり、ブライアンとの面会からひと月後、エドマンド国王は自らの意思で、イルミナ王妃の勝手な行動を諌めるべく動き出したのだった。
*
オースティンは、アリスを婚約者にする事は出来ないと知り
かなり落ち込んでいたが、それも自分の運命なのだと諦めた。
決して凡庸ではないものの、王族特有の金髪ではないオースティンは、兄と妹に対して劣等感を持っていた。
どうして自分は王家の色ではなく、誰にも似ていない茶色い髪なのだろうと、それこそ子どもの頃からずっとずっと繰り返し考えていた。答えは出ぬまま、魔道具で茶色い髪と淡いブルーの瞳を、王家の色に変えているのだ。
「まるで紛い物じゃないか。」
噂通り母上の不貞の子なのか、と苦しむ日々を過ごしていたが、外見や性格から王太子の器では無いと言われていても、オースティンは王太子なのである。望めば全て手に入れらる立場なのだと信じて疑わなかった。
兄上には敵わない、そう思いつつもどうしても手に入れたい女性だったが、結局のところ兄から奪う事は出来なかった。
「何故?父上は僕を選んではくれないのだ?」
兄が排除され、全ての権力を手にするのは確実となったのに、最後に梯子を外されてしまった。
オースティンの胸に去来するのは虚しさと寂しさだった。
*
イルミナ王妃は焦っていた。
国王が自分を怪しんでいるのは明白だった。エドマンド王の部屋を訪ね、二人きりで話がしたいと願ったが拒否された。
王の身の回りの世話をする専属のメイドたちは一新されており、王妃の息がかかった人間は全て解雇されていた。
新たなメイドを選んだのは、宰相補佐のミドルトン公爵だ。
宰相は体調を崩し自宅療養中で、現在の王城内を取り仕切っているのは、ミドルトンと優秀な部下たちである。
ちなみに、ウィンストン家のパーティで、アリスに難癖をつけたコンスタンス・アマリ侯爵令嬢の父親は、パーティの翌日に左遷されている。実力主義のミドルトン公は、使えない人間は切り捨て、有能な人材は爵位に関係なく次々と採用している。イルミナはそのやり方が気に入らなかったが、表立って事を荒立てはしなかった。
(彼らを潰すのは今で無くてもいいのよ。利用するだけ利用してからで良い。)
それよりも王妃には頭の痛いことがある。死にゆくはずの国王が、どうやら生きて戻ってくるようなのである。
王妃の計画はこのところ狂いっぱなしだ。
「ねぇ、なぜあの人は回復したのだと思う?
「さあ?お前の『呪』が切れたのではないかな。」
「だから、どうやって断ち切ったのかという事よ、わたくしが知りたいのは。」
イルミナは義兄であるユーディスを執務室へ呼びつけていた。
「何かがおかしいのよ。エドマンドはオースティンの婚約発表前に死ぬ予定だったわ。エトワールの婚約破棄だって予定にはなかった。イワンの死は、貴方なんでしょう?」
「さて。何の事やらな。」
ユーディスは冷たく言い放つ。
「お義兄様、まさかと思うけどエトワールの事、本気なの?」
イルミナは揶揄うように言ったが、ユーディスは無表情を貫いている。
「血のつながりはないとは言え、貴方たちは叔父と姪の関係よ。しかも親子以上の歳の差。口がさない民衆が何と言ってるかご存知?」
「エトワールの事は、我が子のように大切に思っているんだ。お前のその下賤な汚らしい考えは不愉快だ。」
「笑わせないでよ。そもそもの計画は貴方が立てたのよ。貴方がわたくしを拾ってきた日から、全ては始まっているの。わたくし達は一連托生なのよ。」
ユーディスはイルミナを睨みつけていたが、やがて嘆息した。
「ああ、そうだな。お前を拾った時から俺は狂ったんだよ。」
「今更、関係ないだなんて言うつもりはないでしょうね。さて、どうする?
国王と、邪魔なブライアン。そして辺境伯に宰相補佐。まとめて片付けてしまおうかしら。
そうなったら、オースティンの婚約者はあの娘で良いわ。」
お読みいただきありがとうございます。
次は、閑話的なものを少し挟みます。
ついつい長くなる一話を短くして、更新回数を増やしたいです。




