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眠りの森で彷徨って  作者: 牧場のばら
運命の出会い編
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平穏な日々の終わり

 アリスがブルーを拾ってからひと月、彼女たちの共同生活は意外と快適なものだった。


 アリスは家の裏で野菜を栽培していたし、毎朝新鮮な卵は手に入る。

 森を少しだけ入ったところ ーその辺りは危険ではないのでアリスひとりでも充分に行動できたー では、ウサギなどの小動物を狩ることができる。そのウサギの皮を剥ぎ、捌いていく。肉は干し肉にする分と今日の晩御飯にする分に分けて、皮は丁寧に洗い乾かす。狩と肉の解体はブルーの担当だ。


 日が暮れると、薪を使って火を起こし、2人で一緒に料理を作った。ブルーが手伝いたがるのである。ためしに作らせたスープの味は薄かったが、自分で調理したことにブルーは感動していた。

 教えた訳でもないのに、ブルーは何でも器用にこなす。手には剣ダコがあるので、元は剣士かもしれないから、刃物の扱いに長けているのかもしれない。

 ふとした時の仕草や態度からは育ちの良さや、隠しきれない気品というようなものが感じられた。


 ブルーは女一人暮らしの小屋に居候していることを充分理解しており、アリスに迷惑をかけないように気を配っていた。プライベートな空間には絶対立ち入らず、特に湯浴みはお互いに鉢合わせることのないようにしていた。

 アリスはどこからかひっぱり出してきた、男物のシャツと長ズボンをブルーに渡した。

 ブルーさんの身長には丈が足りないけれどと前置きして、

「滅多に人は通りかかりませんが、ブルーさんを見かけて大事になってはいけないので。」

 

 アリスの心配は、ブルーの頭部の怪我が誰かに襲われたものなら、その生死を確認するために訪れた人間に、再び襲われるのではないか?という事だった。

 なるべく目立たないように、金髪は帽子の中に押し込めて、地元の農民と見せかけるようにした。


 ブルーは行き倒れていたところを助けてくれ、世話までしてくれるアリスに依存している自分に気がついていた。

全く知らない場所で、自分が何者かも知らず生きている、という事は不安でしかなかった。

 そして、アリスがどういう人間で、なぜ若い女がひとりで人里離れた、『眠りの森』の近くに住んでいるのか?という疑問と興味があるものの、口に出して尋ねることはない。

 聞けば多分、ここから出ていくように言われるのではないか、と危惧していた。

 今のこの平穏な日々が壊れることが怖かった。


(記憶を失くしたことより、思い出す事の方が怖い。

もしかすると、失くしたのではなく、自分から捨てたのかもしれない。)


 ブルーは、自分が何者で、過去に何があったのかを知ることより、アリスの側にいることを望んだ。

 それは生まれたての動物が、初めて見たものを親と思って懐く、いわゆる刷り込みのようなものなのだが。


 一方アリスは、そんなブルーの思惑をよそに、彼を安全な場所へ移動させなければ、と考えていた。



 ブルーの頭の傷口が癒えたころ、そろそろ生活に必要な物が足りなくなってきて、調達する頃合いとなった。

 森では動物や食べられる植物を見つけられるが、穀物、砂糖や塩などの調味料、茶葉や衣服などは、月に一度の村のバザールで入手している。

 アリスはなるべく人と関わらずに自活していたが、生きていくためにはどうしても必要なものもある。

 その買い物の為にはお金が必要となるので、アリスはウサギの皮をなめして繋いでベストを作ったり、森の木々のツルを乾燥させて籠を編んだりして、それらをバザールで売って得たお金で調達し、食材や布、紙といったものを購入していた。


 明日は村のバザールへ行こう。

 そこで村長にブルーを会わせて、領地を管轄する領主様に会って保護してもらえるように、口利きを願い出るつもりだ。

 記憶を無くした貴族を自分のボロ家に置いておくことに対する不安もあったし、領主様ならブルーの素性がわかるのではないかと考えたのだ。


(だって、ブルーは間違いなく貴族なんだもの。)


 貴族とは関わりたくないアリスは、村長にブルーの面倒も頼むつもりだ。

 彼は大層美しく、外見は絵に描いたようような貴族らしさだったので、村長の娘たちは大喜びで構うだろうと、アリスはちょっと苦笑いしながらもそこは安心していた。

 彼は誰かに傅かれながら生活してきたはずである。だから、今のこの生活はイレギュラーだ。世話をされることに慣れている人間をいつまでもここに置いておくわけにはいかない。

 この生活はアリスにとってもイレギュラーな、不可測の出来事だった。

 アリスは他人と関わることを避けてきたので、ブルーの世話をしている自分が時々おかしくなってくる。


「案外、ひとり暮らしが堪えているのかもしれない。話し相手が欲しかったのかな。」




 ブルーは、アリスの手伝いをする以外は小屋の中で、思い出したこと、わからないことを、紙に書き出していた。

 時々、以前の生活について思い出す事があるものの、依然として、『自分自身』について考える時は、激しい頭痛がする。

 アリスにとって紙は貴重なものだったが、村のバザールに出向いた時に、顔見知りの商店の嫁や教会の神父様から、古い本や反故にした書付などをタダでもらっていた。

 反古紙の裏に書き留めたアリスの覚え書きは多岐にわたっていたが、そこにアリス自身の過去に触れるものは何もなかった。

 ブルーが過去を捨てようとしているように、アリスにとっての過去はとうに捨て去ったものだ。


 そろそろ3年かしら。

 アリスはこの村へやっきた日のことを思い返す。

あの時、今のブルーのようにアリスもまた助けられて、

その結果ここにいる。

 (だから放置しておけなかったのかもしれない。)


 熱心に書き物をしているブルーにお茶を渡しながら

アリスは言った。 


「明日は朝から村へ行きます。バザールがあるので必要な物を買います。

 それから村長様にブルーさんのことをお願いしようと思うの。」


 ブルーは驚いてアリスを見つめた。


「俺は、名前も素性もわからない人間だ。そんな奴と村長が会ってくれるはずもない。

 それに、俺は、ここに居たい。アリスの迷惑にならないようにするし、手伝うからここに置いてほしい。」


「駄目ですよ。貴方は多分どこかの、それも高位の貴族だと思うわ。きっとご家族は探してらっしゃるはず。

 ここは女ひとりで暮らすのが精一杯の狭さだし、貴方を置いておく余裕が無いんですもの。」


「俺が猟をしてケモノを仕留めて、皮を売ったり、肉を売ったら暮らしていけないだろうか?」


「いけません。ブルーさんはこんな所にいて良い人じゃありません。

 明日は朝早いからもう寝ましょう、ね。」


 そういうと、アリスはブルーをベッドへ追いやった。

 ブルーは納得していなかったが、世話になっている身なのでおとなしく従った。


「君は俺が一緒に居ることが嫌なのか?」


「嫌というより、これは貴方のためでもあるの。ここでは何か起きても、例えばブルーさんを襲った人がやってきたらひとたまりもないわ。危険なの、わかってくれるでしょう?」


 アリス自身は、台所の隅に箱を並べた上にクッションやありったけの布を使って作った簡易ベッドへ、体を滑り込ませた。

 ブルーの身長では、簡易ベッドに収まらなかったので、自分がそこに寝ると言い張るブルーに、言う事をきかないと追い出すと言って脅したのだ。


 考えれば体格の差もあるし、ブルーがその気になれば、アリスは襲われていても仕方ない状況だったが、なぜかブルーは信用できると、アリスは直感していた。


「ブルーは、あの人とは違う。」


 久しぶりに心の奥底に閉まいこんだ顔を思い出したアリスは、小さく身震いした。


 明日になれば、拾い物の青年はこの粗末な家から出て行く。

せめて朝食はしっかり食べていってもらおう、そんなことを考えながら眠りについた。


お読みいただきありがとうございます。


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