邂逅
王宮の手入れの行き届いた庭園は、今が薔薇の花盛りである。
芳醇な香りの漂う中、テーブルと椅子がセットされ、今まさにお茶会が催されようとしていた。
主催はオースティン王太子。今日は彼と婚約者候補者たちとの、顔合わせの日なのである。
オースティンとエトワールが中央の席につくと、招かれた五名のご令嬢たちが予め決められた席へと腰を下ろした。
バルバラ・ウィンストンは、オースティンの斜め前の一番左端で真正面の席ではなかった。
(なぜ、わたくしがこんな末席なの!)内心の苛立ちを隠しつつ席に着く。
となりは伯爵令嬢、たしか父親は武官だったはず。
その隣、中央でオースティンの真向かいに座るのはローザリア・バルツァー伯爵令嬢。
(なぜあんな下品な女がいるのよ。)
バルバラは、今日もまたトレードマークの真紅のドレスを纏ったローザリアを憎々しげに睨んだ。
ローザリアの右隣は侯爵令嬢。美しいと評判であるが、養女という事である。
右端にはよく知らない子爵令嬢が座っていたが、バルバラは子爵ではライバルにならないと、無視を決め込んだ。
いずれにしても一番身分の高いのは自分なのである。他の娘達は脅威にはならなかったが、故ベルティーナ王妃の姪という立場上、このような席になっているのだと納得するしかなかった。
「本日は、僕のために集まってくれてありがとう。王宮の料理人が腕によりをかけて作った菓子と、珍しいお茶を用意した。今日は気軽な集まりなので堅苦しく考えずに、料理と会話を楽しんで欲しい。」
「皆様、今日はようこそいらしてくださいました。お兄様と婚約されたら、わたくしにとってはお姉さまという事になりますわ。わたくし、お姉さまが欲しかったのです。どうかわたくしとも仲良くしてくださいませね。」
愛らしいエトワールの言葉に、ローザリアは微笑んだ。
(わたくしもこんな妹が欲しかったわ。でも、ダメよ。選ばれそうで選ばせないようにしないと。
もっとも、線の細いオースティン王太子は、全く好みじゃないけどね。)
一見和やかに始まったお茶会は、意外なことにその後も何事もなく進んだ。
オースティンが一人一人の側に寄って、優しく微笑みかけ会話をする時間を取ったのである。
一番初めに話しかけたのがバルバラだったので、自分の優位を確信したバルバラが気を良くしたことで、衝突が避けられたと言っても良い。
一方ローザリアは、エトワールとの会話を楽しんでいた。
辺境の話はエトワールにはとても新鮮だったようで、自分の婚約者のイワン殿下にも教えてあげると可愛いことを言うのだった。
「せっかくイワン殿下からお友達を紹介していただいたのに、急にお国に帰られてしまったの。お綺麗な方でしたのよ。とても大人っぽくて。
……イワン殿下は、ああいう派手で肌の露出の多い女性がお好きなのね。わたくしは子どもだから、といつも仰るの。」
エトワールが声を顰めて話した内容に、ローザリアは平静を装っていたが、(それって愛人じゃないの。急にいなくなったって、始末されたってこと?)と頭の中でぐるぐると考えてしまった。
スカタルランドの第二王子の顔を思い浮かべる。にやけた気障な男だ。正直エトワールには相応しいと思えなかったが、きっとイルミナ王妃の一存なのだろう。
やがて最後のローザリアの順番になり、オースティンが隣の席にやってきた。
2人だけの空間になるように防音の魔道具が使用されるので、他の令嬢には会話は聞こえないようになっている。
ローザリアは間近でオースティンをじっくりと見た。
「ん?何か気になりますか?」
「いえ。王太子殿下がお美しくて眩しいのですわ。」
(ブライアン殿下を見た後では申し訳ないけど、本当の事は言えない。ご兄弟なのに全く似ていないのね。
ブライアン殿下とエトワール王女はなんとなく似てらっしゃるのにねぇ。)
「ローザリア嬢は、一度婚約の打診を断ったと聞いているけど、なぜ今回受ける気になったのか聞いても?」
「王太子殿下。わたくし、失恋して目覚めたのです。」
「それは辺境伯に?」
「ええ。そうですの。わたくし、子どもの頃から兄のように慕う辺境伯閣下のお嫁さんになると、思い込んでいましたの。
でも、閣下のお心には別の方が。」
「それは辛かったね。でもなんだか僕は複雑な気分だな。失恋したから僕なの?」
「そのような不敬なことは考えておりません。
今日は気楽に過ごして良いと伺いましたので、わたくしが心を入れ替えたのを知っていただきたくて参りました。」
「いや、責めたわけではないのだよ。ご令嬢方は辺境伯のように身体を鍛え、男らしい方が好みなのかと思ってね。」
「人の好みはそれぞれでございますわ。ご聡明な殿下ならおわかりいただけましょう?わたくしは田舎者ですので、辺境伯閣下くらいしか存じ上げなかっただけですの。」
「それで失恋して、僕に乗り換えると?」
「お気に障りましたら申し訳ございません。
今日は、少しわたくしの話を聞いていただきたくて、参りました。婚約者候補としてなら、オースティン殿下にお会いできますから。
失礼であるのは十分に承知しております。」
「いや、僕は気にしないよ。貴女の話を伺おう。」
(兄上と常に比較されてきたんだ。今更、、、)
ローザリアは語り出した。
少し前に辺境の森のそばで男性が怪我をして行き倒れていた。なんとその人は、王太子の兄のブライアン第一王子だった。
ブライアン王子を助けたのは平民の女性だったが、働き者で気立がよい。王子を保護してもらうために領主の元へ嘆願にやってきたその女性のことを、ボールドウィン辺境伯が気に入ってしまった。
今まで女性に見向きもしなかった辺境伯が嫁にしたいと願ったが、なんとブライアン王子もその女性を気に入っており、王子の願いで、ふたりはついに婚約することになった。
その結果、辺境伯は失恋し、辺境伯を慕っていた自分も失恋してしまった、、、
「わたくしは、ヴェルランドの国民として、王家の忠実なる僕として、オースティン王太子殿下の婚約者候補の打診を受けたという栄誉を、蔑ろにしたことを激しく後悔いたしました。
きっとわたくしの心根の悪さを反省せよと、神がわたくしを戒めたのです。」
「そう。兄上と辺境伯に気に入られている女性、ね。」
「王太子殿下はその女性が気になりますか?」
「気にはなるね。兄上の想い人なのだから。
ああ、そういえばバルバラ嬢は、兄上の元婚約者だったみたいだけど、彼女は全く未練も何もないようだったよ。
兄上の無事を喜ぶのかと思えば、そんな人もいた、みたいな感じでね。」
「バルバラ様は王太子殿下を強くお慕いされているのですよ。」
「僕を、ではなくて、王太子妃の立場を、なんだろうね。」
オースティンは、ローザリアと話す自分に向けられているバルバラの刺すような視線に辟易して、自嘲気味に言った。
「僕は地位や立場ではなく、僕個人を愛してくれる人と巡りあえたら、と何度も願ったんだけどね。」
その時、オースティンは広い庭の反対側に金色に光る髪を見た。
「あれは、もしや兄上では?」
オースティンは立ち上がると、ローザリアに済まないと言って席を立った。
近付くにつれ、それは確信へと変わる。
「兄上!」オースティンは駆け出した。
それは紛うことなき兄、ブライアンだった。随分と長く会っていない兄は、記憶よりも逞しく美しかった。
「ああ、兄上!よくぞご無事で。火事に巻き込まれ生死不明と聞いていたのです。本当に良かった。」
「ありがとう、久しいな、オースティン。
どうやら未だ命運は尽きないようだ。」
その時オースティンは、ブライアンの傍に立つ娘に気がついた。
「こちらは?」
「後ほど、王妃殿下やオースティン達に紹介しようと思っていたのだが、いい機会だ。
わたしの婚約者、アリス・ミドルトン公爵令嬢だ。」
「貴女が兄上を助けてくれた方なのか。」
オースティンはローザリアから聞いたばかりの娘が、目の前にいることに驚いた。
「僕はオースティン・ヴェルランドだ。第二王子で王太子をしている。
兄を助けてくれたこと感謝する。何か褒美を取らせたいが、望む物はないだろうか。」
「いや、オースティン。そんな必要はないぞ。陛下ならともかく、王太子に過ぎないお前が決められる事ではない。」
ブライアンの指摘にオースティンは顔を赤くした。
「ああ、出すぎた真似をいたしました。とにかく、兄上がご無事で嬉しいです。」
「オースティン王太子殿下、初めてお目にかかります。
アリス・ミドルトンでございます。お目通り叶いまして、光栄でございます。
足を引き腰を落とし見事な淑女の礼を取るアリスから、オースティンは目が離せなかった。
「ああ、アリス嬢。気楽にして。ミドルトン公には嫡男と次男の息子しかいなかったはずだから、貴女は養女、ということになるのだろうか。」
「はい。さようで御座います。」
(可愛い人だな。もともと平民なのに所作が美しい。)
じっとアリスを眺めるオースティンに、ブライアンが声をかける。
「オースティン?」
「あ、いえ。不躾でしたね。それでは僕はご令嬢たちの元へ戻ります。
兄上、アリス嬢、またお会いしましょう。」
オースティンを追って来た侍従のステファンに声をかけると、王太子は名残惜しげにお茶会の席に戻って行った。
残されたブライアンはアリスを見遣って微笑んだ。
「悪い人間ではないんだよ。
ただ、自分で見聞きして物事を判断する事が出来ないというか、母親に支配されているだけで。」
「殿下。そういうのは毒親と言うのですよ。
子どもは親の所有物ではないのに、支配し操ろうとするのは愚かしい事。王太子殿下が早く自我に目覚められますように願いますわ。」
「ふむ。アリスは完璧なレディだね。今日もとびきり美しいと、わたしは君に伝えただろうか?いや、言葉では足りないくらいだな。」
そういうと、アリスの手をとり指先に熱い唇を寄せた。
「ブルー、今は誰もみていません。普通に接してくれないと怒りますよ。」
「ごめん。つい。」
ブライアンは笑いながらも、婚約者になったのだからこれくらい許して欲しいなと呟いた。
お読みいただきありがとうございます。
オースティンは20歳です。ブライアンは21歳。
この歳まで婚約者がいないのは、母イルミナが、相手の令嬢に難癖をつけて婚約までに至らなかったからです。




