蠢く者たち
ヴェルランド王国は建国300年を超える古い歴史を誇り、ヴェルランド王朝による専制君主体制が現在もなお続いている。
王朝の祖であるアレクサンダー大王は大きな魔力を有し、当地を襲った魔獣の類を殲滅し、他国からの侵攻をことごとく打ち払った。
やがて彼はヴェルランド王国を建国し、王の傍らには彼を支える聖女が仕えていた。
類まれなる神聖な力を有していたその娘は、やがてアレクサンダー大王の妻となるが、出自が定かではなく後ろ盾のない事から有力貴族たちに疎まれ、策略に嵌められて王国から追放されてしまう。
その時、聖女のお腹には命が宿っていた。
聖女が去ったヴェルランド含む大陸四カ国は、群雄割拠の時代に突入した。その時代は後世、百年戦争と呼ばれている。
終わりの見えない泥沼のような百年は、エルグリンド帝国に預言者が現れたことにより終結する。
預言者は女性であり、ヴェルランドの聖女の血を引くものだと名乗り、数々の奇跡を起こした。
その預言の内容は各国の為政者にのみ伝えられ、現在に至るまで、秘されている。
あまりにも恐ろしい内容であるが故に公表できないのだとか、本当はそんな預言などなかった等、様々な憶測が流れていたが、戦争が終わり平和な時代が訪れるにつれて、人々は『預言』も聖女のことも忘れていった。
それは為政者たちも例外ではなかった。
大きな産業である豊富な鉱物資源に支えられて、大陸四ヵ国間の貿易も盛んとなり、今やヴェルランドの国力は過去最大と言って良いほどとなっている。
それゆえ、現在のエドマンド王は名君との評判が高い。豊かな財力は国家の強さに比例する、そしてそれは、人民の生活を支え、王家への忠誠を盤石なものとした。
エドマンド王と、イルミナ妃、オースティン王太子、エトワール王女は、人々から尊敬と敬愛を受けている。
ただひとり、ブライアン第一王子だけが忘れ去られて。
そんな中、エドマンド王は、原因不明の奇病により床につく日々であるが、その頭脳は未だ衰えず、病床から国政の指示を飛ばしている。
しかしそれは国内外に向けての建前であり、実際に執務を執り行っているのは、王妃であるイルミナとその兄ユユディトー侯爵であった。
もともと伯爵にすぎぬユディトー家がこれほどの権勢を誇っていられるのは、王妃の尽力によるものだった。
王妃は隣国スカタルランドとの交易を盛んにし、国力を富ませたと言われている。
エドマンド王は病床にあってイルミナ妃の言いなりで、名君、賢王と称えられた面影はなく威光も薄れた。
そして王妃は、亡くなった前王妃のベルティーナを憎み、その息子である第一王子であるブライアンを嫌っている、それゆえブライアン王子は表舞台に出ることができない、と言うのが王宮内では公然の秘密だった。
それでも国民は王家を熱狂的に支持する。
なぜなら、王妃がもたらす富があるからである。
*
ブライアンは混乱していた。
記憶を失った彼のために、この国の歴史の流れと、現在置かれている立場を教えてくれる教師の言葉に、混乱していた。
ブライアンに帝王学やヴェルランドの歴史を教える教師は、レオナルドを教えた人物でもあった。
レオナルドの父、アンソニーの盟友であるエドガー•クラレンス侯爵。王立軍の将軍として実力で確固たる地位を築いた人物である。
クラレンス侯は国への忠誠はあっても、王家や王族個人に対する忠誠は待ち合わせていないので、ブライアンに対しても、歯に衣着せず、一切の忖度のない態度で接している。ブライアンにはそれが心地よかった。
(腫れ物に触るような扱いよりかは、よほど人間らしい。)
折にふれフラッシュバックする記憶の中の自分は、一人きりで泣いているので、厳しかろうが何だろうが、ちゃんと向き合ってくれる人間のことは信用できた。
が、しかし釈然としないことだってある。
「つまり、お前さんが生きてたら都合が悪い奴らがいるって事だな。だから狙われた。殺す気はなかったようだがな。
お前さんは確かに優秀だ。女狐にとっちゃ、息子のライバルとなるんだよ。」
「クラレンス侯、それはわたしが生きていると、辺境伯に迷惑をかけるという事になるのでしょうか?」
「そうでもあるまいて。
隠されていたからこそ狙われるのであって、全てを曝け出す事で守ることも出来る。
そこはレオナルドに任せれば良い。あいつは若いが出来る。」
(ボールドウィン辺境伯にとって、俺は厄介な客ではないのか。)
自分が生きている事を良しと思わぬ人間がいるのは当然として、この状況をどのように受け止めればよいのか、ブライアンの悩みは尽きない。
そんな中で、アリスと過ごす一瞬だけが、彼の癒しの時間だった。
*
宰相補佐クリストファー•ミドルトン公爵は、ボールドウィン辺境伯からの報告を受け取り頭をを抱えた。
行方不明になっていたブライアン第一王子が発見された、これは喜ばしいことだ。
しかし、何者かに襲われ頭部に怪我を負い、後遺症で記憶に障害があるという。
(まずはボールドウィンに会わねば)
クリストファーは客人を待たせている応接室へと向かった。
「お待たせしたかな?ボールドウィン辺境伯レオナルド殿。」
「いえ、然程は。
窓から眺めておりましたら、なかなかに面白い光景が見られましたので、良い時間潰しになりました。」
クリストファーは眉を顰め、レオナルドの視線の先を追った。
そこにいるのは、王太子と王女、それぞれの取り巻きの貴族子弟子女たちと、お付きのものであった。
彼らはテーブルを設え、お茶とお菓子を並べて談話中のようだ。
風に乗って、華やいだ笑い声や嬌声が聞こえてくる。
「優雅なことですな。
もっとも我が国では有事といっても、わたしの治める辺境の地に隣国の奴らが遊びにやってくるくらいで、概ね平和ですから。
大切な跡取りであられる王太子殿下やスカタルンドの王太子との縁談を控えるエトワール王女殿下におかれては、心憂うことなく友人方とお過ごし願いたいと、そんなところでしょうか。」
レオナルドはさもありなんといった風に、整った顔で美しい笑みを浮かべたが、クリストファーには皮肉にしか聞こえない。
宰相補佐はさりげなく防音と遮断の魔道具を出して、ため息をついた。
「レオナルド、嫌みは不要だ。相変わらず厳しいな、お前は。」
「ははは!先輩。嫌味などこれっぽっちも。」
レオナルドとクリストファーは、貴族が通う学院の同窓であるが、学年が被っているわけではない。
レオナルドより5歳年長のクリストファーとは、父親同士が知り合いで紹介された。
若さゆえ尖っていたレオナルドを、口でも物理的にも打ち負かした後は、兄のように慕われている。
文官としての道を歩んでいたクリストファーは30歳を目前に、宰相補佐に抜擢された。それを機にクリストファーの父は宰相を辞め、公爵位を息子に譲り引退して領地に篭っている。
それはイルミナ王妃一派へのささやかなる抵抗だったが、ミドルトン公爵家としては中立を貫いている。
「ああ、そうだ。うちの殿下ですが、少しずつ記憶を取り戻しておられます。先日は母君の事を、専属メイドに懐かしく語っておられた。」
レオナルドはわざとらしく話した。
「なるほど。しかしながら核心に触れる記憶は戻らず、というところだな。」
「魔道士によると、何らかの呪術をかけられていると言う話で。どうやったら解けるか、現在解明中です。」
「そうか。それで、殿下はどういったお方なのだ?我々もお目通り叶わずでな。凡庸な役立たずであると、ユディトーのバカ息子はこきおろしてたが。」
「外見はそれはもう、これ以上ないくらい、正しく王族ですよ。男から見ても、あんなに美しいのはちょっと見かけない。
性格は素直。あと、意外と生活能力がある。公爵家でどんな扱いを受けてたのやら。」
レオナルドは皮肉たっぷりにブライアンの為人を述べた。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
「父とも相談し、我が家で預かります。ウィンストンにも、王室にも返すには忍びない。」
「それはウィンストン公爵家にとって不要だと言うことか。」
「代替わりして、殿下の叔父が現当主となっていますが、中央に戻りたいがゆえに、ユディトー侯に近づいているらしい。
血のつながりのある甥には利用価値がないと踏んだようです。」
クリストファーは目を瞑って考えこんだ。
「殿下を浚い怪我を負わせたのは、彼らだと?」
「さあ?それはわかりかねますが。
優秀な兄というのは、弟にとっては目の上のたんこぶでしかないでしょう。
もっとも王太子殿下はあの性格ですから、本当は兄君に譲りたいと思っているのかもしれませんな。」
レオナルドは冷めたお茶を一気に飲み干した。
「それより、オースティン殿下の婚約者はお決まりになったのでしょうか?候補は何名か上がっているようですね。」
「いや、まだのようだ。パワーバランスを考えると難しくてな。ユディトー侯の縁者筋には年頃の娘がおらんらしい。ま、血縁じゃなくても手駒にするならそれなりの娘を用意してくるだろう。」
「わたしの姪に、打診が来ました。ご存じありませんでしたか?」
「お前の姪ということは、ボルトン男爵の双子か。」
レオナルドは頷いた。
「父は、ひとりをボールドウィンの籍に入れて、わたしの妹という体裁で送り込むつもりですが、おっとりした娘で、あの子たちには務まらないかと。」
菓子に手を伸ばしたレオナルドは口に放り込むと、さりげなく続けた。
「それでですね、姪の代わりに、ある娘を養女にして王太子にぶつけてみようかと、考えておりまして。」
「ん?それはまた。卑怯なことが嫌いなお前らしくない。」
「閣下にお願いがございます。
その娘を、ミドルトン侯の養女としてはもらえぬか、と。」
クリストファーは思わぬ申し出に、口に含んだ茶を吹き出しそうになった。
読んでいただいてありがとうございます!
少しずつ動き始めました。
レオナルド的には、自分の妹にしたくないので、クリストファーに頼もうという考えです。
妹とは結婚できませんものね。




