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眠りの森で彷徨って  作者: 牧場のばら
運命の出会い編
1/38

アリス、行き倒れを拾う

 アリスがその人間を拾ったのは森の入り口だった。


 そこから先は鬱蒼と繁る緑の濃さで、どこまで続くかもわからぬ、「眠りの森」の入り口だった。

 人里から離れているので、滅多に人が通らない場所だ。


 いつものように食べられるものを探す為に家を出たアリスは、うずくまる金色の塊を発見した。

 アリスは目が良い。

 ぴくりとも動かないその塊に、あれはもしや、森に住むという伝説のゴールデンベア?と、恐る恐るそっと近寄ればそれは熊ではなく、黄金色の見事な髪の人間が綺羅きらしい服を着て、そこに倒れ込んでいるのだった。


 熊ではないことにほっとしたアリスは、生きているか死んでいるかわからないその人間を少し遠巻きに観察してみた。

 なぜならその人は頭に怪我をしており、その見事な金髪は赤く染まっていた。

 なんらかの事故に巻き込まれたか、はたまた眠りの森の魔物にやられたか、といったところだった。

 しばらく見ていると左手がぴくりと動いた。

 

 あ、生きてる。だけど、なぜこんな場所で?

 疑問はあれども、行き倒れている人をそのままにしておくわけにはいかない。

 アリスは黄金の髪をした行き倒れを助けることにした。




 目が覚めると見知らぬ場所だった。


 小さな粗末な家。大きな家具はない。あるのは小さなテーブルと一脚のイス。天井からはドライフラワーやドライハーブが吊り下がっている。

 そしてどうやら自分は固い粗末なベッドの上に寝ているようだ。

 いい匂いと、トントンと何かを叩く音がする。

 少女が鼻歌を歌いながらナイフで何かを刻んでいた。


 ()はハッとして起き上がると、慌てて自分の体に異常はないかと探ってみた。頭に布が巻かれているがそのほかは変わりがないようだ。

 

「あら!気がついたのですね。

 あなたを見つけてから丸一日、目覚めなかったんですよ。痛みますか?

 本当はお医者様に見せないといけないんだけど、お金がなくてごめんなさい、傷口を消毒して薬草を貼っておきました。」


「ここはどこ?」


「ここは眠りの森が見える、村のはずれです。貴方は森の入り口に倒れていたんです。

 ここまで運ぶのは少し大変でしたが、荷車をもってきてなんとか貴方を乗せて、引っ張ってきたんです。」


 少女の言葉が俄に信じられなかったが、どうやら怪我をした自分を助けてくれたようだ。


「助けてくれてありがとう。俺は、、、、」

 彼はハッとした。


 俺の名前は?思い出せない。俺はなぜこんなところにいるんだ?

 そして、俺は誰なんだ?


「わたしはアリスと言います。もうすぐお昼ご飯が出来ますよ。お腹が空いたでしょう?」

 ちょうどその時、彼のお腹はグルグルと盛大なる音を立てた。


「ふふ。お腹が鳴るのは腸が動いている証拠ですよ。」


 アリスはそう言うと小さなテーブルに、スープとパンと卵を乗せた皿を手際よく並べた。


「こんなものしか無いけどどうぞ召し上がれ。」


 彼は途端に、お腹が空いていることを自覚した。

スープの入った皿を手に取ってスプーンで掬い、口に含む。

 美味い、、野菜がたくさん入ったスープは胃に優しく体の芯から温めてくれるようだった。

 彼は火がついたように、パンと茹で卵も食べ始めた。


「卵は飼っているほろほろ鳥の卵なんです。パンはわたしが焼きました。フワフワじゃなくて悪いけど。」


「いや、とても美味しい。こんなに美味しい食事を食べたことがない……」


 彼は自分の中の矛盾に気がついた。

 食べたことがない、っていつから?今までどこで何を食べていたんだ?


 わからない事が多すぎる。スプーンを持つ手をとめた彼に、アリスは心配そうに声をかけた。

「お口に合わなかったですか。申し訳ありません。そんなものしかなくて。」


「……」

 彼は夢中で食べた。

 気がつくと彼は泣いていた。

 それは、どこの誰とも知らぬ自分に向けられた善意になのか、そしてその善意に応える術を持っていないことになのか、よくわからない感情だった。


「おかわりもありますよ。」古びているが清潔なハンカチを差し出しながら、アリスは微笑んだ。


 青年はハンカチを受け取り目元を拭って、アリスと名乗った少女を見た。

 淡いミルクティーのような髪に青緑の瞳をしたまだ若い娘だった。


 森の入り口で助けた男性は、自分自身の名前がわからないようだ。

 頭の怪我は深いものではなかったが、やせ細った身体で身長の割に体重が軽かったので、女性のアリスでもなんとか運ぶ事ができた。


 見事な金髪は肩にかかるくらいの長さで、革紐でひとつに結えたあった。

 食事が摂れていなかったのか痩せていたが、元は鍛えた身体のようだ。あちこちに小さな傷跡が残るのは、誰かと争った結果だろうか?

 持ち物はなく、身につけているのは、薄汚れて破れてはいるが、上質な生地で、助けた人間が身分の在る者、貴族の一員でだろうかと、アリスは見当をつけていた。


「お腹は落ち着きましたか?一度にたくさん食べると胃が驚くのでゆっくり食べてくださいね。」


 男性は頷くと、アリスに礼を述べた。


しかし、「お名前は何と?」と尋ねたアリスに、彼は頭を緩く振った。

「わからない。名前も、なぜ倒れていたのかも。」


 名前を思い出せない彼の呼び名に困ったので、ブルーという仮の名前を付けて呼ぶことにした。

 彼の瞳が澄んだ海のような色をしていたのでブルーだ。


「だけど、わたしは海を見たことがないのです。

昔読んだ本に挿絵があって、その海の色とブルーさんの瞳の色が同じだから。」


 ブルーは頷くと、海というのはとても広くて先が見えないのだ、と言った。

「青さにも色々あって、寒い北国の海は暗くて怖い気持ちになるが、暖かい所の海は、君の瞳のような青緑だ。」


「そうなんですか。ブルーさんは海を知ってるのね。」


 ブルーは何故かわからないけど、この少女の目を見た事があると感じていたのは、ああ、そうか、××の色だからかと納得した。


 そして、自分に愕然とした。

 ××とは?何だ?わからない。わからない。わからない。


 ああ、頭が割れそうだ。


 ブルーは意識を失った。




 ブルーが拾われてから2週間。


怪我も癒えてきたし、痩せて衰えていた体力も戻ってきた。

 何か手伝いをしたい、と言うので、小屋の簡単な修理を頼んでみると、意外にもブルーは器用に隙間に板を打ち付けたり、がたつく窓枠を直したりした。

 また、毎朝ほろほろ鳥の卵を取ってくるのはブルーの役目となったし、その鳥の世話にも取り組んでいた。


 ブルーは自分自身の事についての記憶は無かったが、生きていくために必要な事は難なくこなせた。むしろ仕事を与えると、それが嬉しいらしく、何かする事はないか?とアリスに尋ねては、

「病み上がりなのだからじっとしていてください。」と

窘められていた。


 アリスは行き倒れたブルーを助けたが、人里離れた場所とはいえ、未婚の男女(ブルーの事情は知らないが、アリスはれっきとした乙女である。)がこの小屋に住んでいるのは拙いと思っていた。


 なんとかしなくちゃね、とアリスは決心した。

 








お読みいただきありがとうございます。


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