96.絆
「引退――ですか?」
突然の発言に理解が追いつかない。
確かにふたりとも老年に差し掛かっているけど――まだまだ元気だし、指導者としても活躍中だ。
ポーターとしての実力だって、ギルドの中でも上位なのは間違いない。
それに――
「もう随分と前から決めておったんじゃよ」
シードルさんの言葉に。私の思考は止まる。
ああ。そうなんだ――って。
だから、ロゼさんも昔の事を教えてくれたのかもって。
――でも。
――だから。
私は問い掛ける。
「これからどうするんですか?」
私のこの考えが正しければ――
私の中に湧いたその考えを確かめるために。
微笑むシードルさんの顔を。目を――見つめる。
無言。
無言。
その微笑みは崩れない。
「まさか――聖国に行こうとしてるんじゃないですか?」
その微笑みは崩れない。
だけど――その事が私に確信を抱かせる。
「そんな予定はなかったはず――ですよね」
例え引退する事を決めていたとしても。
恐らくは、悠々自適に暮らしていくはずだったのだ。
――あの告知を見るまでは。
「考え直すことはできないんですか?」
私の言葉に周囲が静まり返る。
――気が付けば。食堂中の視線が私達を向いていた。
そう。私達だけじゃない。
目の前にいるジョディさんを始め、シードルさんとロゼさんから指導を受けた人達は、直接間接問わず大勢居る。
今やシードルさんの回答は、食堂中の注目の的だった。
たっぷりと10秒以上は経っただろうか。
シードルさんの口角が上がった。
「なんじゃ。バレておったんかい」
――周囲のざわめきが聞こえる。
私はもう一度問いかけた。
「考え直すことは――できないんですか?」
「無理な話じゃ」
「どうしても?」
「くどいぞ」
いつものシードルさんからは考えられない強い口調。
――でも。
私もここで引くつもりはない。
だって――
「私達に――本当に守るべきものは全力で守るように教えてくれたのは――シードルさんですよね?」
直接言われていなくても分かる。
それは常に感じていたこと。
一番大切な事は守るべきものを守ること。
その想い。
だから――――気付いて欲しい。
守れなかったものでは無くて。
守るべきものに。
「『リンケージ』」
自然と口から出たその言葉と同時。
私は、全身が冷たくなるのを感じる。
目を閉じると――見えた。
壊れてしまったふたつの絆が。
そして――今にも解けてしまいそうなひとつの想いが。
――私はそっと触れる。
少しだけ。
その絆が少しだけ強くなるように。
それは気休めかもしれないけれど。
私が再び目を開いた時――
目の前には、いつもの優しい微笑みを浮かべるシードルさんがいた。
――――――
南門の前で。
旅立つ僕達を見送ってくれたのは、シードルじいちゃんとロゼばあちゃん。
それと――ラズ兄ちゃんだった。
他の人達は仕事があるから来れないみたい。
多分。ジョディさんはただの二日酔いなんだろうけど。
「まさか、ユニィちゃんに教わる日が来るとはのぅ」
「すいません。あの時は必死で――」
向こうでは、何だかユニィがじいちゃんにペコペコしている。
その横では、サギリがロゼばあちゃんにコクコク頷いている。
僕はラズ兄ちゃんに声を掛けた。
『わざわざ見送りに来てくれてありがとう。ラズ兄ちゃん』
『まぁ暇だからな――それに』
ラズ兄ちゃんが少しだけ小声になる。
『気をつけろよ。大地が騒いでいる』
『え?』
思わず聞き返したけれど、ラズ兄ちゃんは笑っているだけだ。
まぁ多分。本竜にも分からないのだろう。
以前も聞いたけど、そういうものらしい。
そうこうしている内に、ユニィ達も別れの挨拶が終わったようだ。
僕は荷車を引くために後脚に力を込める。
少しずつ。少しずつ荷車が動き始める。
横目で見ると、荷車にはユニィの部屋にあった荷物が積まれていた。
ヘンテコな木彫りのお化け? とか、お化け? が刺繍されたクッションとか。小さな物は皮袋にまとめられている。
――来た時よりも随分と物が増えていた。
僕はフォリアの町を振り返った。
――ありがとう。またね。
――――――
――おいリーフェ。お前今度は聖国に行くのか?
相変わらず妙なことに巻き込まれている親友に、思わず笑みが溢れる。
まぁ――俺も大概だけどな。
「おいマーロウ。早く乗り込むぞ」
『ああ。すぐに行く』
目指すは脚竜族発祥の地があるという南の大陸。
北の地に大魔が出たという噂もあるし、ちょうど良い。
俺は相棒の背中を追いかけた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
ようやく第3章完結です。
例によって登場人物他をいつもと違う時間に挟んでから、第4章開始です。




