93.花芽
その家を訪ねた時――目的の人物は不在であった。
応対に出た母親の話では、当人は出掛けており夕刻まで帰ってこないらしい。
それならばと、夕刻まで待つことにした私は、村の中を散策してそれまでの時間を潰していた。
――そうして村の中心部にある広場。その前を通った時だ。
私は――広場の隅に佇むその少女を見つけた。
その雰囲気に一目で確信する。彼女こそが目的の人物だと。
すぐさま少女のもとに駆け寄り、眼前に跪いた。
「聖域の騎士シャルレノと申します。貴女を探しておりました」
私は顔を上げ、その少女の顔を見上げた。
少女は少しだけ眉を寄せ、目を瞑る。
――そして次の瞬間。
にこりと微笑んで、その右手を差し出した。
「はじめまして。ソニアです」
――――――
『このまま真っ直ぐ行くよ』
僕は背中のユニィにそれだけ言うと、街道を無視して南東へ――ユニィの実家へと走り出す。
さすがに夜間の移動は危険という事で、僕達は夜が明けてすぐ、早朝から移動を開始することにしたのだ。
早く着いても何にもならないとは思うけど、少しでも早く到着したいから。
だから――とにかく最短距離で。
山も谷も無理やり越えて、最も早く到着するルートを辿る。
もちろん広範囲に魔物を『サーチ』して、進行方向に魔物がいない事は確認済だ。
因みに今回はサギリとは別行動。僕達だけで走っている。
――まぁ、サギリの場合は街道を走った方が圧倒的に早いからね。
『ポケット』
空中を駆け、眼下を横切る谷川を越える。
いつもなら、左右を流れる風景を眺めながら走るんだけど――今日は全く目に入らない。
『ポケット』『ポケット』『ポケット』
目前に聳える崖を、『ポケット』を足場に駆け上がる。
いつもなら、高い所まで登った後は周りの景色を楽しむんだけど――当然そんな余裕はない。
「『アクセラレート』」
少し平坦な道では、ユニィが『加速』スキルを使って少しずつ時間を稼ぐ。
やがて――周囲の景色は山々から草原のそれとなり、ユニィの住んでいた村が遠目に見えて来る。
予測よりも20分は早い到着だ。
「ねぇリーフェ」
『――何? ユニィ』
突然背後から聞こえてきたユニィの声に、僕は耳を澄ました。
「ソニアが「聖女の花芽」だなんて――何かの間違いだよね?」
その問いに――僕は改めて考えてみる。
「聖女」――それは「勇者」と同様、過去の伝説に語られる存在だ。
鬚じいちゃんに教えて貰ったんだけど――
かつての勇者が持っていた『破邪』のスキル。そのスキルを持つ人を「勇者の卵」と呼ぶのと同じ様に。
かつての聖女が持っていた『祈り』のスキルを持つ人を、「聖女の花芽」と呼ぶらしい。
つまり、ソニアが「聖女の花芽」ということは、『祈り』のスキルが使えるということだけど――
うん。
今までそんな素振りはなかったね。
ソニアと言えば「キュロちゃーん」に始まって、「またねー」に終わるイメージだ。
何かに祈ってるのなんて「明日天気になりますように」ぐらいしか聞いたことがない。
だから。
『きっと――その騎士の人が間違えてるんだよ』
僕はそう答えた。
村の奥から3軒目。青い屋根の――少し年季の入った小さな家。
僕とユニィはその扉の前に立っていた。
――否。
『ねえ。入らないの?』
ユニィと僕はその扉の前に立ち尽くしていた。
ユニィからは悩みの感情が伝わってくるけど、いつまでもこうしては居られない。
先を促す僕の声に反応して、ユニィが深く息を吸う。
「ただいま!」
ようやく意を決したのか、ユニィは扉を開けて家の中へと入っていく。
――こんな時、いつもだったら「おねぇちゃんおかえり!」と元気な声が聞こえるはずなのに――今日は。
ユニィが消えた家の奥を覗いていると、背後から声を掛けられた。
――ようやく追いついてきたみたいだね。
『どう? リーフェ』
『ついさっき、ユニィが中に入っていったところだよ』
僕はサギリに答えた。
『どうなるのかしら?』
『分かんないよ』
『――何よ。その適当な回答は』
――僕は正直に言っただけなんだけど、どうやらサギリのお気には召さなかったようだ。
何だかいつもの3割増しで強く睨まれている。
そう。
アリアさんからの手紙には「聖女の花芽」の他に、もう1つ重要なことが書かれていた。
――ソニアを聖国に連れて行きたい。
「聖域の騎士」なる人物が、そんなことを言っているらしいのだ。
当然アリアさんは猛反対している。
でも――当のソニアが聖国に行くと言っているので、話がややこしい。
ユニィが加わったところで、簡単に結論が出るとは思えないんだけどなぁ。
――いや。それよりも。
『お腹空いたなぁ』
思わず漏れた言葉を聞いて、またサギリが睨んできた。
――もうお昼の時間はとっくに過ぎてるんだし、そんなに睨まなくても良いじゃないか。
やっぱりサギリは理不尽だ。
――結局。
結論が出たのは、夕食の時間だった。




