92.報せ
「――すまない。これは私の失態だ」
私はそう呟き、目を閉じる。
日が沈む前に次の村まで――
先を急ぐ気持ちが判断を誤らせたのだろう。
既に日が傾いているにも関わらず、未だ私は街道を駆けていた。
あと30分程で次の村に辿り着く。
見通しの良い街道の先に魔物の群れが現れたのは――そんな時だった。
然程強力ではない種類の魔物。
そう判断した私はそのまま馬を駆り、すれ違い様にそれらを打ち払った。
――そこまでは良かった。
だがその最中。
倒れゆく魔物の爪が――馬の後脚を抉っていたのだ。
私が気付いた時には馬はその歩みを止めていた。
「不甲斐ない主ですまない」
悲しげな瞳に映る銀鎧。
その瞳に私は口を引き結ぶ。
思えば、騎士となってから6年の付き合いであった。
――これ以上は苦しまぬように。
今の私にできることはそれだけだった。
次の村までは、まだ幾らかの距離がある。
それに――辺りには血の匂いが漂っている。
いつまでも感傷には浸っていられない。
私はその場を離れ、己の足で街道を進む。
その村を越えれば、広がるは大草原。
目的の地は――近い。
――――――
「もうすぐ1年かぁ」
ユニィの呟きが聞こえる。
1年――当然僕にもわかる。
この街に来て――運送ギルドに登録してからもうすぐ1年ということ。
つまり――
「もうすぐ見習いからも卒業――なんだよね」
そういうことだ。
そして、鬚じいちゃんとロゼばあちゃんの指導を受けるのも――あと1週間程。
もちろんその後も個人的に指導を受けることはできるけど――ギルドを介した指導員としての関係はここで一区切りとなる。
今後は駆け出しポーターとして、対等な立場で接しなくてはならない。
「師匠ぉー。なんで今日は頭が光っているんですかぁ?」
「お主は何に向かって言うておるんじゃ。お主が撫でているのはランプじゃぞ。――いや、そもそもわしの頭は撫でずとも良い」
そう。決してあの様になってはならない。
僕は――僕達は、そう心に刻んだ。
――そうして、夕食後の歓談を終える頃だった。
「あれ?」
ユニィが突然声を上げた。
ユニィの手元には大きめの紙が握られている。
『どうしたのユニィ?』
「それが――お母さんとソニアにおやすみのメッセージを送ろうとしたら、この手紙が――」
ユニィの手元の紙を見てみると、確かにいつもの紙片ではなくてきちんとした便箋だ。しかも――
『文字がぎっしりだね』
そう。決して小さくはない便箋一面に、小さな文字が書きこまれている。
ユニィは僕の言葉に頷くと、手紙を読み始めた。
目が大きくなったり口が開いたり、首を横に傾けたり口が開いたり、眉毛の間がぴくぴくしたり口が開いたり――面白い感じで表情が変わっていたけど、伝わってくる感情は――総じて驚きの感情だ。
『何が書いてあるのかしら』
どうやら、サギリも伝わってきたユニィの感情が気になるみたいだ。
『分からない。分からないけど――悪い話では無いんだと思う』
だって――ユニィからは驚きの感情は伝わってくるけど、悲しみだとかの負の感情は伝わってこないからね。
やがて――手紙を最後まで読み終わったのか、手紙から顔を上げたユニィが言葉を発した。
「家に――家に帰らなきゃ」
『――え? 何で?』
何かがあったのは分かっていたけれど、ちょっと唐突だ。
皆でユニィを落ち着かせて、改めて手紙の内容を確認する。
「この手紙。お母さんからの手紙だったんだけど――」
――僕達が聞いたその話は。
知ってはいたけど、僕達にはまるで関係無いと思っていたはずの話で。
全く――そう全く。
現実感なんて無かったんだけど。
それでも――
ユニィの持つ手紙に書かれた小さな文字が――所々乱れるその文字が。
その内容を。
――ただ真実だと告げていた。




