91.はなせばわかる
聖域――
それは、この中央大陸の更に中央に位置する僅か3km四方の領域のことだ。
そこに在るのは聖国――あるいは単に聖都と呼ばれる都市国家。長年聖域を守護し、その独立性を守ってきた歴史のある国家だ。
そう。
私達「聖域の騎士」は。
聖国が有する武力の象徴であり――同時に外交官としての顔も持ち合わせている。
故に。
特徴的な銀鎧のその威容を。そしてその聖域の騎士の名を以てば――
町々はその門を開き。歓喜のもとに私を迎え入れる。
――はずだった。
「何とも凛々しいお姉さんじゃわい」
「じさまの頭より光っとるのぅ」
「ねぇねぇ「せいいき」ってなぁに?」
――歓待ではあるが、予想とは随分異なる反応だ。
私は人々の頭越しに馬上から周囲を見回す。
見渡す限りの畑と遠く見える草原。そして畑の中にまばらに建つ家々。
――どうやら辺境の村々では。
この姿も聖域の騎士の名も――さして役には立たないようである。
――――――
『ふぅ。今日も疲れたね』
運送ギルドに向かう道すがら――僕はユニィに声を掛ける。
『何言ってるの。今日は大したことしてないじゃない』
『何だよ。サギリには言ってないだろ。それに――今日も魔物が居ない道を探す時に活躍してただろ』
『いつもやってることは活躍なんて言わないわよ。そもそも、自分で活躍とか――ちょっと頭おかしいんじゃないの?』
――相変わらずサギリは辛辣だ。
でも――だからと言って、これ以上僕が反論すると余計に酷いことになる。
だからユニィに止めてもらいたいんだけど――って、笑って見てないで早くこの宿敵を止めてよ。
そんな念を送っていると、ギルドに入ったところでユニィが立ち止まった。
――いや、止まるべきはそっちじゃなくてサギリなんだけど。
僕は少し不満に思いながら、ユニィの視線を追う。
そこには――
『また告知?』
僕はその告知文を斜め読みする。
――ええと。
大魔が出現したから――警戒しろ?
大魔との戦いに参加する人――特に『破邪』のユニークスキル持ちは聖国に集まるように?
――大魔? 『破邪』? 聖国?
聞いたことのない単語ばかりだ。
ユニィに聞いてみたけど、ユニィにも分からないらしい。
うーん。
こんな時には鬚じいちゃんに聞いてみようかな。
『ねぇ――』
そう思って後ろを振り返ると、そこには真剣な顔をして告知文を眺める鬚じいちゃんがいた。
何だかいつもより目つきが鋭い気がする。
どうしたんだろう?
お酒が切れた?
それともまさか――!?
僕は告知文とじいちゃんの顔を見比べると――じいちゃんの隣に移動した。
『じいちゃん。大丈夫だよ――』
僕はじいちゃんの肩に前脚を載せると、溢れ出る悲しさを抑えて語りかける。
『離せば分かるから』
――きっと、じいちゃんも小さい文字が見えにくくなったんだね。
僕は――亡くなった自分のおじいちゃんの事を思い出していた。
いつもおでこに眼鏡を掛けて、手に持った新聞を目から遠ざけて――
――って、あれあれ?
僕の祖父竜は二竜とも生きてるよ?
この人いったい誰?
一竜困惑する僕に、鬚じいちゃんが告知文を見ながら言葉を返す。
「大魔に話なぞ通じぬじゃろう。魔物の親玉みたいなものと聞くからのぅ」
じいちゃんはこちらを振り返りながら言った。
何だか話がおかしい気がするけど、何故か僕の疑問には答えてくれるようだ。
「まぁ、そういうものはじゃな。――ほれ。そこに書いてあるように、「勇者」とかの戦いが得意な者に任せておけば良いんじゃよ」
そう言ってじいちゃんが告知文の一文を指さす。
――え? 「勇者」って――あの勇者のお兄さん?
なんで急にあのお兄さんが――って、ああそういうことか。
僕は考えながら視線をじいちゃんの指さす先に移していた。
そう。『破邪』の文字に。
このスキルこそが、勇者のお兄さんが持っていたスキルなんだろう。
僕はその文字を眺めながら――以前、勇者のお兄さんに助けてもらった時の事を思い出そうとした。
――何故かすっかり忘れてた。
うーん。
そんなに思い出すのが嫌なことがあったんだっけ?




