90.何かが起きている
3章最終エピソードです。
少し長めになるかもしれません。
――北の地に大魔の兆しあり。
跪く私達の前で。
託宣の巫女が朗々とその神詩を詠う。
――人よ。勇なるものを備えよ。
――人よ。我が力を希うものを備えよ。
やがて巫女がその場を去り。
私達は顔を上げる。
ざわめきは――おこらない。
皆この時に備え。幾度となく反芻してきた言葉だからだ。
故に粛々と。
「聖域の騎士」として――己の為すべき行動を為していく。
各国への布告。
情報の分析。
人材の公募召喚。
私は――北西へと馬を走らせる。
向かう先は――グラシェム王国。
私の為すべきことを――為すために。
――――――
―――― 告知 ――――
魔物による被害が急拡大中。
当運送ギルドでは護衛雇用を
依頼受託の必須条件とします。
――――――――――――
運送ギルドの入口。
休憩を兼ねた打合せの為、ギルドの休憩所を利用しようとしていた私達は――掲示されていたその告知に足を止めた。
そして――同時に納得した。
この2、3年で魔物の数が増えたという話は、先輩ポーターからも良く耳にする。
実際、半年ちょっと前からギルドの方針も変わっているし、私達もその頃から時々魔物に遭遇している。
だけど――それでも。
この1ヵ月の魔物の増加状況は異常としか思えなかったから。
――依頼の度に魔物と遭遇する。
――これまで魔物が出なかった地域に魔物が現れる。
――魔物に襲われて――滅びた村が有るとも噂に聞いた。
私達は『サーチ』の術で魔物の居る方向がわかるから、少ない護衛で対処できるけど――他の多くのポーターは、斥候職を含めた複数の冒険者を護衛として雇う必要がある。
必然。危険度の上昇で依頼料が高くなったとしても、手元に残る報酬は目減りする。
それを良しとしない一部のポーターが護衛を雇わずに依頼を受け――その内の幾人かが行方不明となっていた。
そう。依頼された荷物と共に。
何かが――
そう。何かが確実に起きている。
今や誰もがその事実に気付いていた。
『ねぇユニィ。そんなことより早くおやつ食べようよ』
前言は撤回。
リーフェはリーフェだった。
「うん」
少しだけ――気持ちが軽くなった。
――――――
ひと月たった今も。
――その日の事は良く覚えている。
――その日も。
僕は目の前に広がる進化樹を眺めていた。
ただ、いつもと違ったのは。
まだ日は高く、微睡むには早すぎる時間だったことだ。
だけど――それでも。
一秒でも早く確認したいことがあったから。
だから僕は。いつもとは違う時間に進化樹を眺めていたんだ。
前日までとの違いは――すぐに分かった。
理由は単純。
前日までは『オリジン』しか存在しなかったはずの6回進化。
その6回進化がもう一つ増えていたから。
5回進化『デスゲイザー』からの進化。
クラス名は『カタストロフ』。
それが――成長した進化枝の姿だった。
この時、僕は視界の端に浮かんだ言葉を思い出していた。
そう確か――『個体名「ステュクス」により進化枝が成長しました』だったはず。
恐らくこの「ステュクス」というのが、進化した脚竜族の名前なのだろう。
――うん。今思い返しても、全く聞いたことのない名前だね。
当然だけど、その日の僕にも聞き覚えのない名前だった。
とにかく――この時に僕が感じた事は単純。
――ちょびっとだけ悔しい。
うん。まぁそうだよね。
僕より先に6回進化に到達する竜が現れるなんて。
それはもう、言葉では言い表せないぐらいに――ちょびっとだけ悔しいよね。
だから、その日の僕は――あまりにもちょびっとだけ悔しかったから――「ステュクス」という名前で『サーチ』してみたんだ。
すると――何の反応もなかった。
まぁ、聞いた事のない名前なんだから、今思い返せば当然だよね。
でも。その時はそれでも気持ちが治まらなくて。
続けて『カタストロフ』というクラス名を『サーチ』してみたんだ。
すると――北北東の方向に光の糸が伸びていったんだ。
まぁ、初めて見るクラスだから――って何で?
そんな感じで思わず声が出てたんだと思う。
近くに居たサギリに睨まれたから。
その時は結局、訳が分からなくて――今まで考えるのを止めてたんだけど。
そういえば、北の方にはそんな名前の食べ物があった気がするから――もしかしたら誤認識でその食べ物に反応したのかも?
うんそうだ。きっとそうに違いないよ。
まぁでも――ね。
その日の僕にはそこまでは思い付かなかったから。
進化樹の考察はそこで切り上げて。
頭を使った分の、空いた小腹を満たすために――少しだけツノうさ狩りに行ったんだ。
何かが――
そう。何かが確実に起きている。
僕はその日――その事実に気付いたんだ。
そうその日。
『サーチ』まで使ったのに――ツノうさは1匹も見つからなかった。
今までそんなことは無かったのに――
そして結局。
その日以来――ツノうさの姿は見ていない。
今朝も少し狩りに行ったけど――やっぱり何も捕まえられなかったんだ。
――だからね。
何が言いたいのかというとね。
『ねぇユニィ。そんな告知より早く休憩しようよ』
もうお腹ペコペコだよ。




