85.知らない人
僕の目の前に――知らない人がいる。
深呼吸する。
そして、改めて周囲を見回す。
もう一度落ち着いて考えよう。
今僕が立っているのは、運送ギルドの目の前。
――うん。問題ない。
今から使う荷車は裏の広場に止めてある。
――うんうん。問題ない。
出発に向けて立ち並ぶ顔ぶれは、左から順番に――ユニィ、サギリ、ロゼばあちゃん、短髪お兄さん、鬚じいちゃん――
――うん。見間違いじゃない。やっぱり何か途中に居る。
僕は首を傾けて、そのお兄さんを見つめる。
見つめるけど――それだけじゃ何も分からない。
――仕方がないので直接聞いてみることにした。
『誰?』
返事がない。僕は首の角度を変えて、もう一度問いかける。
『誰?』
返事がない。僕は首の角度を変えて、もう一度――
「護衛の冒険者じゃよ」
答えは鬚じいちゃんが教えてくれた。
僕達が休んでいたこの1週間。
フォリアの運送ギルドでは、大きな運営方針の変更が行われた――らしい。
その変更。
大きくはふたつで――
ひとつ目は情報集約の強化。
これまでは個人単位で行っていた情報収集をギルド側で収集。
そして集約した情報を、依頼に合わせて提示する事になったそうだ。
そしてふたつ目が――僕は、短髪お兄さんを見る。
そう。護衛戦力の斡旋だ。
こちらも、今までは荷主が雇うか、もしくは危険地域に行く場合に個人で雇っていた程度だった。
それを――先程の情報収集結果とポーターの能力に応じて、ギルド側から護衛の冒険者を斡旋してくれるようになった――らしい。
いずれも、費用は依頼料の値上げと報酬からの天引きで賄われるそうだ。
そのままじいちゃんは「切っ掛けはこの前のお主らの――」って話を続けているけど――その辺りは正直どうでも良い。
とにかく。
今回の依頼には護衛が一人付いてくるし、それだけ危険な場所への依頼ということ――だよね。
僕は改めて短髪お兄さんを観察する。
白い肌。優しそうな目。細い腕。
全体的に動きやすそうな軽装の、その腰に下げるのはこれまた細身の剣。
――何だか弱そう。少し不安になる。
もっとこう――ラズ兄ちゃんの契約者のお花屋巨人さんとか、以前ユニィの村で見た目線で竜を殺せそうな人とかなら――安心なんだけど。
僕がお兄さんを観察している間に、鬚じいちゃんの話は終わったようだ。
改まってお兄さんが自己紹介を始める。
「私はクレイ。ランクはC。土術が少々と剣が使えます」
――なるほど。弱そうだと思っていたらスキルが使えるらしい。
土術といえば、防御や補助に長けたスキルだ。
だけど、ラズ兄ちゃんには申し訳無いけど――正直地味だ。
どうせなら火術とか、もっとバンバン魔物をなぎ倒せる方が良かったのに。
――と思っていたんだけど。
「ほう。土術か。そりゃあ護衛にはこの上ないのぅ。ギルドも良い仕事するのぅ」
鬚じいちゃんの評価は違うみたいだ。
まぁ、確かに魔物を倒しに行くわけじゃないけど、僕としてはもっと強そうな方が安心なんだけど。
僕は同意を求めようとユニィの方を見た。
「ユニィです。まだ見習いですが、よろしくお願いします」
もうよろしくした後だった。
――――――
ガダダダッダダッガダダ――
荷車は軽快な音を立てながら、北西へと伸びる街道を走っている。
比較的平坦で直線的な道というのもあるけれど――
「このまま道の左側ね!」
『はーい。ってサギリ速すぎ。少し抑えて』
――僕達の連携も、少しだけ様になってきたからだと思う。
僕達は今。
フォリアから北西にある、カリ何とかという港町に向かっている。
1泊2日の行程で、行きは農作物を運んでいるけど、帰りは魚介類を運んで帰るらしい。
――そう魚介類だ。
魚とかエビとかカニとか――考えただけでもよだれが出そうになる。
今日の夕食が楽しみ――
ガガダガッガダッガダッガダッ――
「何してるの! リーフェ! もっと左って言ったでしょ!」
『ごめんユニィ!』
どうやら、考え事に夢中でユニィの指示を聞き逃したようだ。
左側からも鋭い視線が浴びせられる。
ちなみにまだ魔物には遭遇してない。
定期的に掛け直しているサーチの術には、数多くの反応があるけれど――幸い今のところ進行方向には反応がない。
荷台に乗り込んだ土術お兄さんも周囲を警戒しているけど――やはり近付いてくる魔物は居ないようだ。
――正直、少しほっとしている。
いくら護衛が居るからといっても、この前みたいに魔物と遭遇するのは避けたいからね。
こうして僕たちは何事もなく走り続け――
目的の港町に辿り着く。




