84.シグナル
今回ルビが多いですが、雰囲気だけ感じてルビは読み流しても支障ありません。
『おおリーフェスト。帰ってたのか』
サギリと二竜でユニィを励ましていたら、背後から父竜の声が聞こえた。
どうやら狩りから帰ってきたみたいだ。
『父竜!』
僕はユニィのことはサギリに任せて、父竜の元に駆け寄った。
久しぶりに会えた嬉しさもあるけれど――
今回の帰省で、必ず父竜に伝えたかった――その言葉を伝えるためだ。
『父竜。僕――僕ね。父竜の言ってたことの意味――やっと分かったんだ』
改まった僕の言葉に。父竜が少し驚いたような――そして同時に。少し嬉しそうな顔をした。
『父竜ありがとう。僕にも「内なる声」ちゃんと聞こえたよ。おかげで――ユニィを助けることができたんだ』
僕は父竜に向かって頭を下げる。
そして、頭を下げる僕の――その肩に。父竜は前脚を乗せた。
『そうかリーフェスト。父竜は嬉しいぞ』
顔を上げた僕の目に、笑みを浮かべた父竜の顔が映る。
『ついに――ついにお前にも聞こえたのか。この「内なる声」が』
――ん?
『これでお前も――立派な「筋肉仲間」だな!』
――あれ?
何かおかしいぞ。
僕は首を傾けてみたが、父竜の言葉は止まらない。
『そうと分かれば、村の仲間を呼んで宴会しなきゃな! ちょっと待ってろよ。今すぐ『筋肉交信』で――』
ようやく父竜の言葉が止まったと思ったら――今度は無言で体をピクピクと震わせている。
――正直怖い。いろんな意味でとっても怖い。
僕もビクビク震えてしまいそうだ。
――父竜が震え始めてから20秒程。
すっかり震えが収まった様子の父竜が宣言した。
『よーし。今日は宴会だ! 今日の狩りで手に入れた赤身肉で焼肉をするぞ!』
えーと。
――僕は思考を放棄した。
『やったぁ! 焼肉! 焼肉だ!』
細かいことは、お腹を満たしてから考えればいいや。
どこからか――冷たい視線が注がれている気がするけど。
たぶん気のせいだよね。
――――――
『ふぅ。食べた食べた』
一息ついた僕は、膨れたお腹をさすりながら周囲を見回している。
ユニィと――ついでにサギリを探しているのだ。
『いやぁ。子供が3回進化の上に覚醒までするなんて――何て羨ましいんだ。「属性色進化」しか言わないうちの息子にも見習わせてやりたいもんだ』
『覚醒者たるお前の息子が『パワーラプトル』じゃないと聞いて随分心配していたんだが――杞憂だったな』
父竜は、向こうで友竜に囲まれている。
お酒も入っているみたいで上機嫌だけど――時折聞こえる「まっすらいず」ってなんだろう?
――まぁ多分。どうでも良いことだとは思うけれど。
僕はユニィを探して家の外に出た。
もう夏も盛りは過ぎている。
夜の草原を抜けてきた涼やかな風は、秋の気配を感じるようで。
そこに佇むふたりの雰囲気と相まって。僕は何故だか不安になった。
『ふたりとも、ちゃんとお肉食べた?』
僕は内心を誤魔化すようにおどけて言った。
そう。たまには僕も冗談を言ったりするのだ。
――うん。さすがにこの空気には耐えられない。
サギリがこちらを睨んできた。
そして――
ユニィは少しだけ微笑むと――その口を開いた。
「うん。大丈夫だよ。もうお腹いっぱいだよ」
『そう? それなら良いんだけど――』
――再び沈黙がその場を支配する。
次にそんな沈黙を破ったのは――ユニィだった。
「なんだか――ね。サギリのお父さんと話した時のことを思い出したら――ね」
ユニィから感情が伝わってくる。この感情は――寂しさ?
「――自分がここには居ないような。そんな気がしてきて」
『そんな訳ないでしょ? 私の父竜が無口なだけよ』
サギリがすぐに反論した。
僕も今回ばかりはサギリに同意見だ。
ユニィは何を突然言い出してるんだろう。全く。
「でも――」
言い募るユニィに。
今度は僕とサギリが同時に否定する。
『でもじゃないよ!』『でもじゃないわよ!』
――っ!?
その言葉を言い終えた瞬間――僕達の間で結ばれた繋がりが――鋭い音を発して共鳴する。
まるで――ユニィの何かを繋ぎ止めるように。
――それは一瞬の幻影だったんだと思う。でも――
「私――何言ってるんだろう」
ユニィが目を丸くして瞬きをしている。
――どうやらユニィも正気に戻ったようだ。
『多分――悪い信号を拾ったんだよ』
――今日は肉祭り。
そういうことだって十分にあり得る。
――そう思うことにした。
――――――
「えーっ。もう帰っちゃうの?」
明日でお休みも終わり。僕達もフォリアの町に帰らなければいけない。
「ソニア。わがまま言わないの。この3日間ずーっと遊んでたじゃない」
結局。脚竜族の村に居たのは一晩だけだった。
それ以上居ると、何が起こるか分からなかったからだ。
『ソニアちゃんまたね』
『ソニアまたねー』
僕達もソニアに別れの挨拶を済ませる。
アリアさんへの挨拶は既に終わっているから、後は出発するだけだ。
「じゃあね。ソニア」
僕の背中の上から、ユニィが声を掛ける。
帰り道は僕がユニィを乗せて帰るのだ。
「うん――おねぇちゃん。――またね」
ソニアの声を後ろに――僕達は帰途へとついた。
次話から本編。




