82.複合術
『ねぇ。あれどうやったのか教えなさいよ』
いつもの点呼が終わった後――思いきってリーフェに聞いてみた。
だって魔物に囲まれたあの日。
うっかリーフェのくせに――少しだけ。少しだけ格好良く見えたんだもの。
それに――
『えー。やだよ切り札なんだから』
リーフェから返ってきたのは予想通りの反応。
『そうなのね。リーフェと一緒に食べようと思って持って来たんだけど――それじゃあこれはユニィと食べようかしら』
私はタルトの入った布袋を軽く掲げた。
『――と言いたいところだけど、他ならぬサギリの頼みだからね。その代わり――他のひとには秘密にしてよ?』
――やっぱり単純ね。
私は密かに胸を撫で下ろした。
――――――
――これって聞くだけ無駄だったかも。
リーフェの話を聞いた私は少し落胆していた。
その無駄に長い話を要約すると――
『要はロゼおばさまの『スキャニング』と『プロット』みたいに、『サーチ』と『ポケット』の術を組み合わせてみたら――なぜかできたということね?』
『うん、そうだよ!』
リーフェの軽い返事に頭が痛くなる。
複合術なんて、そんな簡単に見つけられるものじゃない。
スキルが数多存在する中で、判明しているその組み合わせは10にも満たないのだ。
私は改めてリーフェの顔を見る。
――タルトを頬張るその顔は、思わずイライラしてしまうほどのニヨニヨ顔だ。
私は溜め息を吐いた。
薄々気付いていたけど、リーフェの一家は色々とおかしい。
目の前のリーフェは言うまでもなく、父親のブランさんは『内なる声が聞こえる』とか言っているし、従兄のラズウェルさんも似たようなことを言っていた。
ただ走るのが速いだけの私に、そんな彼らと同じことができるとは思えない。
それに、そもそもの話だけど――世の中にスイフトラプトルの系譜は大勢いるけれど、そのスキルを組み合わせることができた――なんて聞いたことがない。
――そう。ただ一竜。三天が一竜『縮地』の早風を除いては。
でも。それでも――いいえ。だからこそ。
『あの術――もう一度見せてよ』
私はその高みを求めているのだ。
――――――
『――ん?』
視界に入り込む紫色の光。
こいつは――リーフェのスキルか?
俺は立ち止まり、周囲を確認した。
今いる場所はなだらかな丘。視界を遮るものは少ない。
――よし。問題ないな。
見渡す範囲には魔物等の危険生物はいない。
俺は早速、その光を観察しようと顔を――
――俺の目の前に、音もなくその黒い穴は現れた。
やはりリーフェのスキルだったようだ。
俺は念のため周りを再度見回すが、当然リーフェがどこかに隠れている様子はない。
そういえば、この前会った時よりもずいぶん穴が大きい気がするが――
まぁ、リーフェだからな。大方、また寝惚けている間に何か思い付いたんだろう。
――それはともかく。
これがあいつのスキルなら――
俺は小石を拾って穴の中に投げ入れる。
すると――案の定、紙片が落ちてきた。
『てがみいれて』
――あぁ。そうだな。
俺は荷物を下ろすと、手紙の束を取り出し――その前脚を止めた。
――そういや俺がシュトルツを発つ時も、あいつは起きてこなかったな。
俺も――まだまだ話し足りない事がある。
幸い今日は天気も良い。
俺は荷物から紙とインクを取り出した。
――――――
「黒牙狼に狂乱猪だと?」
立ち上がった男を儂は窘めた。
「騒ぐんじゃ無いガレオン。反射して眩しいぞ」
カップを傾けて軽く口を付ける。
おぉ流石はギルドマスター。酒も良いものを置いておるのぅ。
「すみません。しかし――」
まぁ、こやつの言いたいことは分かる。
今回は目撃情報も何もないところに、複数の魔物が現れたのだ。
しかも、ゴブリン等の低級ではなく、中級の魔物だ。
儂が付いていながら、あの子等を危険に晒してしもうたが――
そもそも、戦う術を持たないポーターであれば、為す術なく命を落としていたであろう。そんな状況だったのだ。
「そうじゃの。ここ最近は魔物がやけに活発化しておる」
儂は、先日見た特大サイズの水スライムを思い出していた。
あれも前兆の一つだったのかもしれん。
「暫くは――警戒を促すしかあるまい」
カップを傾ける。
――その味はもう感じない。
次回から第6エピソードです。




