80.違和感
「次の左カーブは内側の轍が深いから外側を回って!」
道の状態を見定めて、ユニィが指示を飛ばす。
『サギリさんは少し前に。ええ。そのまま私の後ろをついて来て――そのあたりで今度はリーフェ君が前に』
ユニィの指示したルートに合わせて、ロゼばあちゃんが細かい指示を出す。
恐らくユニィも鬚じいちゃんから指導を受けたのだろう。
休憩後の走行は、驚くほどスムーズなものだった。
一竜で引く時の半分以下の力で引けているし、速度はさらに速くなった。
荷車の振動も少なくなったし、何よりサギリとぶつからない。
これまでは自分で道の状態を判断して、走る方向や速度を調整していたけど――ユニィが道の状況判断を担当することで、走る事に集中できるようになった。
これなら――
『ねぇロゼばあちゃん。次からは僕が指示を出すよ』
僕はロゼばあちゃんにそう告げた後、サギリを凝視する。
すぐにこちらを見たサギリと目が合った。
『――分かったわよ』
不服そうには見えるが、ロゼばあちゃんの言葉は素直に聞くようなので大丈夫だろう。
僕はサギリに頷くと前を向いた。
「次の右カーブは轍に沿って進んで」
『はーい。サギリ少し前に出て気持ち右を向いて――轍の真ん中あたりを通ってね』
――あれ?
サギリは僕の指示通り、轍の真ん中辺りを進んでいる。
「速度速いよ。下り坂の前に少し落として」
『はーい。サギリ僕のペースに合わせて』
――素直だ。
サギリは僕の横をぴったりと進んでいる。
「道の真ん中に水たまりがあるから――左側を通って!」
『はーい。サギリ速度少し落として左側に曲がるよ少し左向いて』
――サギリが素直だ。
「――ごめん! 左右逆!」
『はー――って、サギリ速度上げて! 僕の方に寄せてきて!』
――サギリが何も言わず、僕の指示通り動いている。
これは――おかしい。
まさか、何か悪いものでも――食べた?
言われてみれば、僕もおなかが痛いような気がする。
そう思って、食べたものを順番に振り返り始めた時だった。
『ねぇ。私も声を掛けて良いの?』
口を開いたと思ったら――出てきたのはいつもの憎まれ口ではなく、僕に許可を求める言葉だった。
いやいや。サギリがそんな許可を求めてくるなんて――
『左に曲がるときは、こちらから声を掛けた方が走りやすいと思うの』
絶対おかしい。
まさか――何かが起こる前触れ?
僕は頷きを返しながらも、身体の底から感じる寒気に――思わず大きく身震いをした。
――――――
「――が出るなんてそんな情報はなかったんじゃが――今日はツイてないのぅ」
『え? 何が出たの?』
突然の鬚じいちゃんの呟き。
始めがよく聞き取れてなくて――思わず聞き返してしまった。
「魔物じゃよ。ほら――向こうの木の陰におるじゃろ」
鬚じいちゃんの指さした方向を見るが、何かが居るようには見えない。
仕方が無いので『サーチ』の術で確認してみることにした。
――『サーチ』!
キーワードを念じて、魔物を対象とした『サーチ』の術を発動させる。
周囲の複数箇所に反応があるが――そのまま範囲を狭めるようにイメージをする。
すると――右前方に伸びる光が徐々に濃くなっていく。
光の伸びる先に目を凝らすと――
――居た。
藪の中で全身を見ることはできないが、どうやら狼型の魔物のようだ。
――狼型の魔物。
狼型の魔物は総じて足が速く、僕達脚竜族でも振り切るのが困難な厄介な相手だ。
しかも今、僕達は積荷を載せて重量の増した荷車を引いている。
このまま無策で突っ込んでも――追いつかれてしまうのがオチだ。
僕は顔を半分ほど後ろに向けてユニィを見る。
――ねぇ。どうする?
僕がその言葉を出すより早く、ユニィが言葉を継いだ。
「狼型なら――そのまま真っすぐ進んで良いよ」
――え? 真っすぐなの?
僕の疑問の感情が伝わったのだろう。
ユニィが補足してきた。
「魔物対策も――教わってるからね」
ユニィの自信いっぱいの様子に。
僕の不安は――膨らむばかりだった。




