79.不協和音
『ちょっと何してんだよサギリ。押すなよ』
『それはこっちのセリフでしょ?』
『ちょっと! リーフェ遅すぎよ。もっと急ぎなさいよ!』
『何言ってんだよ。サギリが早すぎるんだろ? そんなに急いだら――っと! ほら、轍の凸凹に引っ掛かっただろ!』
『サギリ――』
『――リーフェ!』
『――』『――? ――』『――! ――!』
『――?』『――。――!』『――! ――!』
「こら! 二竜とも仲良くしなきゃダメでしょ!」
立ち止まってサギリとやり合っていたら、ユニィから怒られた。
でもねユニィ――サギリの奴、協調性の欠片すらもないんだよ?
『ねぇユニィ。サギリとの二竜引きなんて、やっぱり無理だったんだよ』
そう言いながら、僕は隣のサギリを睨み付けた。
――今。僕達はフォリアから南にある町へと向かっている。
西都方面の依頼を探してみたけど、距離があるからか西都まで行く依頼はほとんど無いらしい。
特に今日は、サギリとの二竜引きの試行も兼ねているし、鬚じいちゃんの腰への負担も考慮して荷車を使う依頼を選ぶ必要があった。
そんな状況で、西都行きの依頼が見つかる訳は無かったのだ。
ただまあ――
二竜引きに関しては、ご覧の通り。
惨憺たる有様だ。
確かに一竜で引くよりも速いし、力は7割ぐらいで引けるけど――その他が酷すぎる。
ひとことで言うと、サギリとの息が合わないという事なんだけど――
僕が慎重に進もうとしたところをさっさと行こうとしたり、左に曲がり始めるところで真っ直ぐ進もうとしたり。
――挙げ句の果てには、道中の間チラチラとこっちを睨んでくる始末。
うん。
どう考えても二竜引きなんて無理だよね。無理無理!
僕はそう思っていたんだ。
――だけど。
『あらあら。やっぱり初めはうまく行かないわね』
声を掛けてきたのは、先頭を走っていたロゼばあちゃんだ。
『それはサギリが――』
『それはリーフェが――』
僕とサギリの声が重なり、意味を為さない不協和音と化す。
こんな時にまで被せてこないでよ――僕がサギリを睨み付けると、サギリも僕を睨んできた。
『こんなに息が合ってるのに――おかしいわね』
ロゼばあちゃんが首を傾けている。
――いやいやいや。全然合ってないから。
合っているのは悪口を言うタイミングだけだから。
――僕は、少し頭に血が上っていたのかもしれない。
『――昔の私達を見ているみたいね』
そう言って微笑むロゼばあちゃんの。
その目に浮かぶ淋しさに――気付く事はできなかった。
――――――
『サギリさんはまだ経験不足なんだから、リーフェ君を良くみて合わせないとダメよ』
――うんうん。そうだよね。もっと言ってあげて。
『逆にリーフェ君はもっと声を出さないとダメね。サギリさんは荷車を引いた経験が無いんだから』
――えー。そうなの? そんなこと言われても。
あの後。
近くの開けた場所まで荷車を動かして、休憩を兼ねた反省会を実施した。
一息ついた鬚じいちゃんとユニィが向こうで何か話している。
僕もおやつを食べて、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
そんな時だ――先程のロゼばあちゃんの指導が入ったのは。
サギリが早速ロゼばあちゃんの言葉に反応した。
『ロゼおばさまがそう仰るのなら――そうですね。合わせてみます』
――あれ?
何故かサギリが殊勝な態度をとっている。
てっきり反論すると思ったのに。
――そうか。サギリもついに素直になることを覚えたんだね!
今までの事を考えると素直に嬉しい。
僕は晴れやかな気持ちのまま、感じた疑問をロゼばあちゃんに尋ねることにした。
『でも――声を出すって具体的にどうすればいいの?』
そう。曲がる時の走りかたとか道の凸凹の回避のしかたとか――感覚的なものを伝えるのは難しいのだ。
『そうねぇ』
ロゼばあちゃんが何かを考えている――と思った次の瞬間。微笑みを浮かべて僕達に告げた。
『それじゃ――私がお手本を見せますね』




