78.見つめる視線
『よしっ!』
目線の先に生じている直径10cm超の黒い穴に、僕は思わず拳を握る。
ユニィがロゼばあちゃんに教わっている測位スキル。
その練習を見ていて思い付いたある事を試してみたのだ。
――みんな驚いてくれるかなぁ。
術の新しい使い方を考えるのは楽しいけど、それを披露する瞬間が一番楽しみだ。
だから早く披露したいんだけど――
やっぱり、切り札はここぞという時まで取っておこうかな。
だって――この前読んだ冒険小説でも、必殺技を使うのは主人公がピンチになった時だったからね。
僕は思わずニヨニヨしてしまった。
そのまま運送ギルドに行ったら、サギリに冷たい目で睨まれた。
――――――
「すまんのぅ。待たせてしもうたようじゃのぅ」
そう。今日は待ちに待った鬚じいちゃんの復帰の日だ。
これで少なくとも一竜きりの荷物持ちからは解放される――はずだよね。
僕は目の前の荷車を見ながら、内心ほっとしていた。
「しかし――噂には聞いておったが、本当に二重契約できておるのかの?」
じいちゃんが僕とサギリを交互に見比べながら呟く。
僕はすかさずその疑問に答えた。
『何だかバラバラにほどけたのを、ユニィのスキルでクルクルと繋げたみたいだよ』
じいちゃんは眉毛の間にしわを作って黙り込んだ。
これって確か――疑問を感じた時の顔かな?
――確かに、にわかには信じがたい話だよね。うんうん。
そう思っていたら、今度はユニィが同じ話を繰り返した。
「サギリと二重契約した瞬間に『リンケージ』という術を使ったら――リーフェとの契約も維持できたんです」
「はて? 『リンケージ』? そのような術は聞いたことがないのぅ。そんなものどこで身に付けたんじゃ?」
じいちゃんのしわが増えてくる。
「それが――私にも。あの時――気付いたらその『キーワード』を口に出していたんです。でも、その後使ってみようとしても何の反応も無くて――未だに良く分からないんです」
しわがピクピクし始めた。
――何だか面白い。僕は観察を続けることにした。
「聞いたことの無い術か。そうじゃのぅ――リーフェスト。お主も使えるんかの?」
突然に。
こちらを向いたじいちゃんと目が合う。
僕が見てるのはしわだから、正確にいうと少しずれてはいるけれど。
『――使えないよ』
僕はできるだけ平静を装って返事をした。
「そうかそうか。謎の術と言えばお主かと思うたんじゃがのぅ」
――いやいや。それ濡れ衣だから。
確かに否定はできないんだけど、今回は違うから。
そんな僕の思いをよそに、じいちゃんは話を続ける。
僕はしわへと視線を戻す。
「ふぅむ。じゃとすると、ユニークスキルかのぅ。ユニークスキルはよう分からんスキルばかりじゃし、機会があればウィスディンで鑑定して貰った方がよさそうじゃのぅ」
「そう――ですね。考えておきます」
じいちゃんのしわは綺麗に消えた。
これで話は終わりのようだ。
――あれ? そういえば。
ここで僕は気付いた。
ロゼばあちゃんが静かなのはいつもの事だけど、今日はやけにサギリが静かなのだ。
いつもだったら、もう少し口出しするはずなんだけど――
僕は視線をサギリの方へと移す。
――何かめっちゃ睨まれてた。
え? もしかして、さっきからずっと睨まれたまま?
そんなに睨まれるような心当たりなんて――3つぐらいしか思い当たらないよ?
何だか不穏な空気を感じる。
とはいえ、そのままにはしておけない。
とりあえず、声を掛けておくことにした。
『さっきから何だよサギリ。言いたい事があるんならちゃんと言ってよ』
『――今日は私の足を引っ張らないでよね』
そう言うとサギリは荷車の近くまで歩いて行った。
むぅ。何だあれ。
いつもペースを乱すのはそっちじゃないか。
サギリの背中を見ながら、心の中だけで呟く。
――まぁいいや。
僕は首を振ると思考を元に戻した。
今の鬚じいちゃんの話。
長老も原色おじさんもそんなこと言ってたけど――不明スキルにはやっぱり鑑定が手っ取り早いかなぁ。
鑑定スキルを使える人がいるのは、西都ウィス何とかだったよね。
最近はずっと近場での依頼だったけど、鬚じいちゃんも復活したし、もっと西の方に行く依頼とか無いかな?




