75.封を開く
「ねぇサギリ」
私はサギリに声を掛ける。
自らの変化に戸惑っていた様子のサギリがこちらを見た。
「もう行かなくちゃ」
それだけで。その短い言葉だけで。
私の意思が――その先が伝わる。
私達はすぐに診療所を出た。
――そこには二竜の脚竜族がいた。
『なあ、リーフェストが倒れたって本当か?』
『私達でできることはありませんか?』
「――私達これから薬を取りに行くので、リーフェのことを看ていて下さい」
私は短く告げると、返事を待たずに門へと走った。
――――――
『本気を出すけど――大丈夫よね』
サギリの言葉に頷くと、私は背中に乗る。
鞍は診療所に置いてきた。多分、その方が安定するから。
目的地はフォリアの町。
来た道をたどる形になる。
来るときは半日近く掛けた道だけど――今なら。
「行こう」
私の声に従って、サギリが走り出す。
――速い。
契約の影響で風の抵抗や加速感は感じにくいけれど、視界の中の景色が――その流れる速さが。私達の速さを現している。
リーフェの走る速度もとっても速いって思ってたけど――今はその速度を超えても加速が止まらない。
走り出してわずか数分。
既に曲がりくねる山道を抜け、道は直線へと変わり始めている。
道が直線になるにつれて、速度はさらに速くなる。
途中で来る時にすれ違った人達に追い付き。追い抜いていく。
結局、私達がフォリアの町に到達するまでには、1時間程度しか掛からなかった。
ギルドに到着した私は、借りている自分の部屋に駆け込んだ。
確か――
私はベッド脇に置いていた皮袋を開くと、中身をベッドの上に出していく。
雑貨屋で買った予備の食器類。
手拭い代わりに使うための端切れ達。
日持ちのする保存食。
そして――蝋で封をされた小さな陶器の瓶。
私はその瓶を掴んで端切れで包み、階下へと駆け下りた。
「見つけたよ!」
私は包んだ瓶をポーチに入れると、サギリに声を掛けて背中に乗る。
周囲の視線を感じるけど――今は説明している時間は無い。
「あの――ユニィさん?」
受付のリュノさんが声を掛けてくる。
でも――
「後で話しますから」
――今は。
『良いの?』
「うん。行こう」
私達はそのままギルドを飛び出した。
――――――
薄暮の空の下。
私達はシュトルツに走る。
時間が経つ程に――辺りは薄暗くなる。
脚元が陰り、自然と速度が落ちてくる。
このままじゃ――
私は焦り始めていた。
簡易的な灯火ならポーチに入っている。
だけどその灯火では近くしか照らせない。
今欲しいのは遠くまで明るく照らせる灯り。
速度を保つためには、進む先の道を照らせる灯りが必要だった。
――リーフェならこんな時どうするんだろう。
こんな時のリーフェは、いつも意外な解決策を提示してくれていたのだ。
リーフェなら――
リーフェなら――そうか!
私は『サーチ』の術を起動した。
対象はリーフェ。
「サギリ。この光なら見える?」
範囲を拡大すれば、シュトルツにいるリーフェに向かってうっすらとした光の線が伸びていく。
私には見えにくいけど、サギリになら――
『ええ。ずいぶんマシになったわ』
僅かだけど、安堵の感情が伝わってくる。
少しだけ走る速度を落としながらも、そのまま走り続ける。
――結局シュトルツに着いたのは、フォリアを出てから1時間半後だった。
診療所に着いた私達は、直ぐに薬師さんの元に向かった。
リーフェの容態も気になるけど――今は薬の方が大事だから。
「あのっ! この薬を使って下さい!」
いきなりの私の言葉に、薬師さんが虚を突かれた顔をする。
でもそこは、流石というべきかな?
すぐに我に返って、私の手に持つ薬の瓶を受け取って眺める。
「これは――っ!? 一体どこでこれを――いえ。まずは患者に処方しましょう」
そう言うと、薬師さんは早足でリーフェの元へと向かう。
私達が追い付いた時には、既に蝋で固められた瓶の封を開け、リーフェに飲ませるところだった。
その横では二竜の脚竜族が、リーフェの様子を見守っている。
「お願い――」
『リーフェ――これで治らないなんて、承知しないんだから』
私達も祈るような目でリーフェを見つめる。
そんな私達に、薬師さんは優しく語り掛けた。
「薬が効き始めるまでには少し時間がかかりますが――もうこれで大丈夫でしょう」
長かったユニィメインのエピソードも次回で終わりです。




