表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微睡む騎竜の進化日記  作者: 白王
第三章 若葉
77/308

74.連環

「これは――黒鼠病(こくそびょう)ですね」


「こくそびょう――ですか?」


 リーフェを診察していた薬師さんの、耳慣れない言葉に思わず聞き返してしまう。

 私達はアールさんの案内で、冒険者ギルド近くの診療所を訪れていた。


「ええ。鼠等の小動物に噛まれた時に感染することがある伝染病(流行り病)の一種です。ほら、尾に噛まれた跡があるでしょう?」


 私はリーフェの尻尾を見た。

 確かに腫れている。

 手を伸ばそうとした私を薬師さんが止めた。


「触れないで下さい。唾液や血液に触ると感染するかもしれませんので」


 伸ばした手を戻し、辛そうに呼吸するリーフェの顔を見る。

 私は――今一番知りたい事を聞いた。


「治るんですか?」


「――自然治癒は難しいでしょう。胸痛と頭痛が初期症状ですが、既に歩行困難なほどに進行している。ここまで進行した場合には薬を処方するのですが――」


「治す薬があるんですか? それなら今すぐ。今すぐ使って下さい。お金は――何とかしますから」


 思わず薬師さんの服を掴んでしまう。

 だけど――薬師さんはばつが悪そうに目を反らした。


「薬の原料が――無いんです」


 ――え?


「体内の――病の原因を分解する薬で、流行り病全般に効く薬なのですが――先日王都で流行り病が発生して、原料も含めてそちらに全て――」


「薬が駄目なら術は――術は使えないんですか?」


 薬が駄目でも術があるはず。

 私は以前ロッソさんがリーフェに使った『クリア』の術を思い出していた。

 あの術ならこの病も――


「――病を治す術を使える浄化スキルの持ち主は希少です。王都等の大都市まで行けばともかく、この辺りでは――」


 薬師さんはそこで言葉を区切ると。

 私の目を見ながら――言葉を続けた。


「今の容態では早ければ今夜――もっても明日の朝まででしょう。術者を手配するにしても、薬を手配するにしても、今からではもう――」


 ――そんな。そんなの。


「――別れの挨拶は今の内にお済ませ下さい」


『何言ってるの? そんな訳ないでしょ全く。ねぇリーフェ――』


 昼間にも関わらず、私の視界は昏く染まる。

 サギリさんの声が――遠く聞こえる。



 気付けば私は一人。

 ただ凪いだ――その()()に居た。


 こんなにも悲しいはずなのに。

 なぜか私の感情も――世界と同じく凪いでいる。


 昏く静かな世界を見回せば。

 リーフェとの思い出が――泡のように次々に浮かんでくる。


 一緒にお買い物に行った事。

 遺跡で助けてくれた事。


 湿原で泥だらけになった事。

 みんなでスキル検証した事。


 カロンさんに笑顔で指導された事。

 初めてお使いに行った日の事。


 そして――初めてリーフェと出会った日の事。

 あの日結んだ私達の絆は、私の勘違いから始まっていて――


 ――()()()



 昏い世界に。

 地平線から覗く暁光のように――一筋の光が左右に走る。私を中心に弧を描いていく。

 浮かんでいた思い出達は――連なり繋がり円弧の一部と化し。

 ――閉じる円弧が、円環と成った瞬間。


 円環を起点に色彩が拡がる。

 私の世界に音が戻る。



 今の幻影は――何?


 ――ううん。

 それよりも――今は。


「ねぇサギリさん」


 サギリさんがこちらを振り向く。

 その目はこころなしか潤んでいる。


「私ね。流行り病の薬ならもう持ってるよ」


 サギリさんの目が大きくなる。

 息を呑むのが分かる。


「でも――今から取りに行っても間に合うかどうか分からないから――」


 自分でも――今から、普通ではありえない事を提案しようとしている自覚はある。

 だけど――不思議と迷いは無い。


「私と契約して欲しいんだ」



 ――――――


『本当に良いのね』


 繰り返される問いに――揺らぐことなく頷く。


 これから行うのは、私にとって二度目の友誼の儀(契約)

 ――つまりは、契約の上書き。

 サギリさんと結ぶ新たな絆で、リーフェとの絆を塗り替える行為。


 それでも――それでリーフェを助けるのなら――迷いは無い。


 私はサギリさんと向かい合う。

 そう。あの日と同じように。


 サギリさんは一つ息を吐いて――私と額を合わせた。


『――絆よ 原初の名の下に綾なせ リンクスルート』


 あの日と同じ感覚。


 目を開けていられない程の強い光に包まれ。

 サギリさんの記憶が。強い想いが――私に流れ込んでくる。


『さあ。私の名を――』


 あの日と同じく()()を辿り。

 私はその名前を呼ぶ。


早霧(サギリ)


 口にした瞬間。

 私の中で。根源とも呼ぶべき深い場所で。

 絡まっていたはずのリーフェとの絆がほどかれ、サギリとの新たな絆が結ばれていくのを感じる。


 その変化を感じた瞬間――私は泡のように浮かび上がった()()()()を口にしていた。


「『リンケージ(連環)』」


 ――私の中の()()が変革されていく。


 感じていた二つの絆が。打ち込まれた二つの楔が。

 形態を変え。有様を変え。

 私という円環を基点に。互いに二つの円環となって連なり繋がっていく。


 そして同時に――新たなる位階へと連結(リンク)される。



 溢れていた光が消えた時。


 見えたサギリの後脚には。

 ――進化の証たる縞模様が刻まれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ