73.胸が痛い
これってやっぱりそういうこと――だよね?
私はうっすらと見える光に。その動きに目を凝らす。
『あのバカ!』
サギリさんが冒険者ギルドを飛び出して行く。
私はそれを目で追うだけ。
『……れ? ひか……何……サギ……んな……痛っ! 何すんだよ!』
足から。腰から。力が抜ける。
足が。腰が。その重さを――痛みを思い出す。
私はその場に座りこんだ。
『あ――ユニィ』
視界は既にぼやけている。
でも――その竜影は。声は。確かに。
「リーブェー」
ここに来るまで抱えていた不安が。焦燥が。
安堵の気持ちに押し流されて溢れだす。
『何でユニィがここに居るの? 何で泣いてるの?』
いつも過ぎるその言葉に。
思わず――笑ってしまった。
――――――
――何故だか胸が痛い。
目の前で泣きながら笑うユニィを見る。
何だか光が見えたと思ったらサギリが突然出てきて絡んでくるし。
無理矢理連れて来られた先にはユニィが居るし。
何故かユニィは泣いたまま笑ってるし。
何でこんなことになっているのかさっぱり分からないけれど。
――何故だか胸が痛い。
『それで――リーフェは何故まだこんなところに居るのかしら?』
サギリが尻尾で僕の脚や背中を叩きながら尋ねてくる。
『何するんだよ』と言いたいけれど、周りの雰囲気がそれを許さない。
後ろを振り向くと、仲間のはずのグロムさんとコールさんの姿は消えていた。
――二竜とも逃げたみたいだ。ずるい。
仕方なく僕はサギリの質問に答えた。
『話せば長くなるんだけど。僕達はこの町の南東の山で、深山芋を探してたんだ――』
――――――
僕は少し焦っていた。
正直言って『サーチ』の術があれば、深山芋探しなんか余裕だと思っていた。
それに、もう道には迷わない自信がある。
だから――ピクニック気分だったんだけど。
『おいリーフェスト。また何も出てこないぞ!』
『やる気あるんですか? 君』
掘れども掘れども芋は出てこない。
これで外れはもう9箇所目。
一応、葉っぱだけは採取できてるけど――肝心の芋が出てこないのだ。
――芋掘りを担当している二竜の機嫌が悪くなるのも当然だよね。
『ねぇ、次。次掘ってみて駄目だったら――近くの町で息抜きしようよ』
僕は地図を見ながら二竜に提案した。
かく言う僕も――かなり鬱憤が溜まっていたんだ。
さっきなんか、鼠に尻尾をかじられてとってもとっても痛かったし。
――――――
『なんか旨そうな匂いがするな』
『町の規模に比べて出入りする人が多いですね』
山間の町シュトルツ。
たどり着いたその町には多くの人が出入りしていた。
僕達もギルドカードを見せて町の中に入る。
シュトルツの町は――人で溢れていた。
立ち並ぶ屋台。町行く人の楽しげな笑い声。遠くから微かに聞こえる楽器の音色。
『祭だな』
『お祭ですね』
『お祭りだね』
『食べ歩かないとな』
『食べ歩きましょう』
『食いだおれだね!』
やっぱりみんな鬱憤が溜まっていたみたい。
日が落ちるまで屋台を廻って――
『ごめん。お腹いっぱいで動けないよ』
『俺も』
『私もです』
――しょうがないから、ユニィには『帰れない』って、メモを送っとこっと。
うんうん。こんな時に『ポケット』は便利だね。
――――――
サギリの視線が痛い。
ユニィは既に泣き止んでいる。
黒髪の少年はさっきから僕の背中を触って「これだよこれ」とか言っている。
やけに馴れ馴れしいけど――誰だっけ?
『それで――』
サギリが口を開いた。
――少し声が低い気がする。
僕の心の中の警鐘が、さっきからガンガン鳴っている。頭が痛くなるぐらいにガンガンと。
『結局、貴方は何故まだこんなところに居るのかしら?』
『それが――』
『それが?』
『竜舎で泊めて貰おうと思って運送ギルドに行ったら、マーロウが居たんだよ!』
そうなのだ。
旅先で親友に再会してしまったのだ。
しかも、グロムさんもコールさんも趣味がマーロウと近い。
仲良くなるのはあっという間だった。
『そして、仲良くなった僕達四竜は――星空の下、夜が明けるまで語り明かしたんだよ』
僕はふぅとひとつ溜め息を吐き、左斜め上15度を向いた。
――ああ、美しい青春の一ページ。
成竜になったばかりで不安定な僕達の――今そこにしかない瞬間。
その瞬間が夜明けと共に彩られて――
『ふーん。そ・れ・で?』
――敵はごまかせませんでした。
『――今まで寝てました』
また尻尾で叩かれた。痛い。
サギリの怒りが何とか鎮まった後――僕はユニィの方をちらっと見た。
さっきから、一言も声を出さずに俯いているのが怖い。
でも――さすがの僕も、もうユニィが泣いていた理由には気付いている。
僕は――勇気を出してユニィの前に立った。
『ごめんね。ユニィ』
ユニィが顔を上げる。目が赤い。
僕はまた胸が痛くなる。
「――無事で良かった」
ユニィが僕の首に抱きついてきた。
首筋に冷たいものを感じる。
『ごめんね。ユニィ』
――さっきから痛そうにしてるし、きっとサギリに苛められたんだね。
声に出すとまた叩かれるので、前脚で頭を撫でておいた。
――ああ、何だか胸が痛い。
――――――
「ありがとうございました」
私はアールさんにお礼を言った。
「まぁ、なんもしてないけどな」
結局依頼はキャンセルということで、キャンセル費用だけ支払うことになった。
痛いけど――リーフェが無事だったんだから、それで良いの。
『ねぇ大丈夫?』
サギリさんが心配して声を掛けてくれるけれど、もう大丈夫。
少し休んで回復したし、帰りはリーフェに乗って帰れるから。
リーフェが無事見つかって――少し安心し過ぎてたんだと思う。
『じゃあ帰りましょ。ねぇ、リーフェ――リーフェ?』
だからかな――私が気付かないといけないのに、気付くことができなかった。
リーフェの様子がおかしいことに。
――蹲るリーフェを見るまで。




