72.いつか見た顔
ユニィ視点に戻ります。
街道を駆け抜ける。
時に地図を見ながら。
時に『サーチ』の術を使いながら。
本当は、光の糸を真っすぐ辿って――今すぐにでもリーフェの所に行きたい。
だけど――サギリさんの言う通り、このまま行っても危険なだけだから。
私達は今。街道を通って山間の町――シュトルツの町に向かっている。
リーフェがどこまで遠くに行ったかは分からないけれど――流石に山岳地帯よりも先に行ったとは思えない。
この町は山岳地帯の中心だし、地図に引いた直線からも極近い位置にある。
だから、山岳捜索の起点にするには好都合――というわけなのだ。
――それにしても。
私は視線を下に向ける。
あの時は思わず「大丈夫」だなんて言ってしまったけど――契約者以外の騎竜に乗るということがこんなに大変だったなんて。
鞍の持ち手を掴む手には、もう感覚がない。
体を安定させるために踏ん張っている足が痛みを訴えているのも、もうずいぶんと前からだ。
そして――サギリさんが1歩を踏み出す毎に伝わる振動。
その振動は私の体を支える膝に。上半身を支える腰に。頭を支える首に――疲労を蓄積させている。
でも――弱音は吐けないよね。
これでも、サギリさんは私の負担が少なくなるように気を使ってくれている。
サギリさんもリーフェのことが心配なはずだけど、私に合わせて――逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと走ってくれているのだ。
私は、自分の体に嘘を吐く。
まだ大丈夫。まだ大丈夫。
繰り返し。繰り返し。
ふと目を上げると、道の両脇が斜面に変わっていた。
進むにつれて斜面は崖となり、道は蛇行を始める。
――聞こえる水音に目をやると、道の脇には川が流れていた。
周囲の景色の明らかな変化。
そう。ついに山岳地帯に入ったのだ。
――シュトルツまであと少し。
――それにしても、何故だろう? 何かあったのかな?
私は周囲を見て首を傾げる。
山岳地帯に差し掛かってから、いやに反対方向に向かう人や馬車、竜車が多いのだ。
それらを躱しながら進むことも、体への負担になっている。
少し気になる――けど。
今の私にはそれを確かめている余裕はない。
まずはシュトルツの町まで辿り着くこと。
――そこから先は辿り着いてから。
そうして山岳地帯に入って30分ほど経ったところで。
急に――私達の視界が広がった。
目の前に――所々が緑色となった、石の壁が現れる。
山間の町シュトルツだ。
私は周囲の山々を見回す。
――待っててねリーフェ。もうすぐだから。
――――――
「残念だけど「銀冠祭」は終わってしまったよ」
反対方向に向かう人たちが多かった理由は、シュトルツの門ですぐに分かった。
親切な門番さんが祭りの終わりを教えてくれたのだ。
手続きを終えて門を潜ると、その言葉の通りあちらこちらに解体中の屋台が見える。
どうも道の両脇に屋台が並んでいたようだ。
私達は作業の邪魔にならないように道の中央を歩くことにした。
目指すは冒険者ギルド。
何をおいても、山に入るための護衛を雇わなければならないもの。
私はそっと財布代わりの皮袋の口を広げ、中身を確認する。
シードルさんに返すために貯めたお金は、まだ銀貨十枚と少ししかない。
これを全て使っても、一人一日雇えるかな――
少し不安に思い始めたその時だった。
「お前――ネザレ湿原の騎竜っ子じゃねぇか!」
突然後ろから掛けられた声。
私はすぐに振り向いた。
「あっ――」
そこには見覚えのある――黒髪の少年がいた。
確か――1年程前にネザレ湿原で出会った、三人組の冒険者の内の一人だよね。
「お。騎竜のほうも元気そうだな――大きくなって雰囲気が変わったか? それに手触りも柔らかくなってるな」
少年はサギリさんの背中を、軽く叩いたり撫でたりしている。
――何だか無言のサギリさんが怖い。ヤバい。
私は慌てて話題を変えることにした。
「あの――私達、冒険者ギルドに行きたいんですが――案内してもらえますか?」
本当は、既に門番の人から場所を教えてもらっているけれど。
「ああいいぜ。ちょうど俺の仕事は片付いたからな」
少年が頷いてサギリさんの背中から手を放す。
サギリさんの目が少しだけ――少しだけ穏やかになる。
私は胸をなでおろした。
「だけどよ――今は殆どの奴が、祭りの後片付けで出払ってるはずだぞ」
私は続けられた少年の言葉に驚く。
「そんな――それじゃ護衛が雇えない――」
「――何だ。護衛を雇いたいのか? 行く場所によるけど、それなら俺が行ってもいいぞ」
私は少年の顔を見た。
その顔は、記憶に残るあの日のものよりも。
――少しだけ大人びて見えた。
――――――
「おおアールじゃねぇか。もう仕事は終わったのか?」
冒険者ギルドに到着すると、受付のお兄さんが黒髪の少年に声を掛ける。
そう。この少年はアールという名前だった。
「ああ。それで、こいつらの護衛をすることになったんで、手続き頼むわ」
「――えっ?」
あまりにもの雑な物言いに、思わず驚きの声を出してしまった。
――だけど。
彼らにとっては、どうやらいつものやり取りだったらしい。
「お前なぁ――まぁいいや。お嬢さん申し訳ないけど、この依頼書に必要事項を記入して――」
こうして、私達は黒髪の少年――アールを護衛として雇うことにした。
「それじゃあいくよ」
リーフェの居場所を再度確認するために。
冒険者ギルドを出たところで、早速私は『サーチ』の術を使った。
「『サーチ』!」
術が発動し、東の方向に薄い紫の光が伸びる――だけど。
「あれ?」
私はその違和感に。その意味するところに。
思わず声を上げていた。




