70.焦燥
「あー大丈夫。大丈夫。あいつなら放っておけば帰ってくるよ」
「たまには連休を取るのも悪くない。むしろ静かな方が読書が捗る」
リーフェと一緒に出掛けた友竜の契約者に相談してみたんだけれど――まともに取り合ってくれない。
それじゃあと思って――ギルドの受付に居たマスターさんに聞いてみたけど。
「無理だな」
――って、一蹴されちゃった。
――私の時は助けに来てくれたのに何故?
いつまでも見つめる私の目を見て。
マスターさんが口を開いた。
「深い山の中。どこにいるかも分からない脚竜族を探すのは――不可能に近い。そんなところに人員を派遣することはできないんだよ」
「でも――『サーチ』があれば――」
「ああ。確かに嬢ちゃん達の術は知っている。だが、その術も万能ではないんだろう? 騎竜に乗っていないない嬢ちゃんを連れていくのは、現実的ではないんだ」
私には俯くことしかできなかった。
マスターさんの言う通りだ。この術は対象の位置を直線で示す。
だから――起伏のある山の中では、光が地中を通過してしまい軌跡を追うことが困難なのだ。
――私が先頭を進まない限り。
「――なに。脚竜族は気まぐれだ。待っていれば帰ってくるさ」
そう。そうだよね――
皆の言う通り、待ってれば帰ってくるかもしれないよね。
でも――
――『サーチ』。
私はリーフェのことを思い浮かべながら――
そのキーワードを強く念じる。
体の中心を。膝裏を。額の表面を。右手を左手を左足を右足を。
冷たい感触が巡る。巡る。
感覚が澄み渡る。
近くにはリーフェはいない。
私はさらに集中する。
もっと。
もっと。
広く。広く。
そして――それを感じたと同時。
「やっぱり」
思わず声が漏れる。
かすかに見える紫色の光。
その指し示す場所は――昨日の方角から動いていない。
――脚竜族なら。リーフェなら。
そんなに長い時間じっとしていられる訳がない。
もしかして――
「あれ? どうしたのユニィちゃん?」
目を細めていた私に、後ろから声が掛けられた。
この声は――ジョディさんだ。
「リーフェが――リーフェが――」
私はジョディさんに状況を説明する。
だけど――
「ユニィちゃんの心配する気持ちは分かるけど――でもね。今の状況じゃまだ動くことは出来ないの」
――他の人達と同じだった。
そのまま受付へと向かったジョディさんの――背中を眺めながら考える。
でも――手遅れになったらどうするの? ううん。もう手遅れかもしれない。
理由のわからない不安が。焦燥感が。
何もしない。何も出来ない。そんな私を縛り付けようとする。
――私は地図を広げた。
ロゼさんに昨日教えてもらったことを思い返す。
えーと――『運送ギルドの壁は、必ず正確に東西南北を向いて建てている』だったよね。
私は慎重に――地図の向きをギルドの壁と平行に合わせる。
そして――かすかに見える光に合わせて線を引く。
この線の先。どこかにリーフェが居るはず。
私は線を引いた地図を確認した。
――少しだけ驚く。
その線上には知っている地名が記されていた。
「ネザレ湿原」
思わずその名を呟く。
そして――以前カロンさんに聞いた話を思い出した。
確か――ネザレ湿原には大量の魔物が居たって――
呼吸が速く浅くなる。手が足が震える。
最悪の結末が足音をたてて。背後から近づいてくる。真後ろに立つ。
そんな気がする。そんな――幻聴が聞こえる。
『ねぇ』
「きゃあっ!」
突然掛けられた声に思わず飛び上がってしまう。
慌てて振り向くと、そこには目を細めたサギリさんがいた。
『リーフェはまだ帰ってきてない――みたいね。いつまで待たせるつもりなのかしら』




