64.雑貨屋
「いらっしゃいませ!」
雑貨屋――「リーリル」の朝は早い。
朝早くから活動する、冒険者やポーターが立ち寄ることを見越しているから――だそうだ。
「おはよう! コレット」
ユニィが店員さん――栗毛の女の子に挨拶している。
「こんにちは。ユニィ」
店員さんが、苦笑しながら挨拶を返す。
――まぁ、いつもお昼頃に店を訪れる僕達には関係ない話だけどね。
ユニィの挨拶からも分かる通り、二人は客と店員というより友達に近い関係だ。
今日も二人で仲良く立ち話をし始めた。
サボってて良いのかな? と思うけれど、朝と違ってこの時間は暇だから良いのかもしれない。
僕はユニィ達のことは放っておいて、雑貨屋の店内を見回した。
――ああ。
店内に並ぶ雑貨達に。一見無造作に配されたその配置の妙に。
僕は胸にこみ上げるものを感じ、一竜身を震わせる。
――今思えば厳しい闘いだった。
ユニィ救出騒動から一月。
実は、鬚じいちゃんの腰はまだ壊れたままだったりする。
少しは良くなったみたいだけど、一昨日もベッドから起き上がろうとして――「ぬっ!」とか言っていた。
そのこともあって、最近は空術お姉さんに指導してもらいながら、フォリア近郊での仕事を受けているんだけど――
結局、あれ以降ユニィからお小遣いは貰えていない。
時々ラズ兄ちゃんにお菓子をもらったり、小腹がすいたら町の外で狩りをしたりしているんだけど――それだけでは賄えないものもある。
だから――僕は闘った。
先陣を切って――怯んだ敵の隙を縫い――守りの弱いところを突き崩す。――そして止めだ。
そうして得た戦利品をトロフィーを。
鈍く輝くその輝きを僕は頭上に掲げる。
そして――周囲の雑貨達を見回す。
『さぁ! このトロフィーと引き換えに、我が元に集うのだ!』
――おっと。
思わず口に出していた。
しかも、この前『暗黒』のコールさんに借りた小説の、登場人物の口調がうつってしまっている。
聞かれていたら、ちょっと恥ずかしい。
――まぁ、でも大丈夫だったかな。
店員さんには僕の声は聞き取れないからね。
ユニィが一瞬だけ。眠い時の子猫みたいな細い目で、こちらを見た気がするけども。
気のせいだよね。気のせい。
――僕は、素知らぬ顔で近くの雑貨を前脚で掴んだ。
今。僕の前には二つの品がある。
ひとつはハサミ。
手先が不器用な僕達脚竜族にも使い易い、U字型の握って切るタイプの物だ。
そしてもうひとつはナイフ。
こちらは僕達脚竜族専用の物で、柄の部分を指の間で握って、掌との間で挟んで固定できるタイプの物だ。
値札も合わせて比較する。
僕の手持ちは大銅貨1枚と銅貨3枚。
両方買うことはできない。うーん。
「リーフェが食べ物以外で悩むなんて珍しいね」
ユニィが何か声を掛けてきたけど、ちょっと待って欲しい。
どうするべきなのか。今僕は真剣なんだから。
うーん。
これらの品は何れも採取用の道具だ。
どちらかというとナイフの方が汎用性が高いけど、使い易いのはハサミの方だろう。
「もの凄い勢いで泣いてせがむから、てっきりおやつが欲しいんだって思ったんだけど――」
また何かユニィが言っているみたいだけど、今僕は本気と書いて――えーと何だっけ。まぁそんな感じなのだ。
もうちょっと待って欲しい。
うーん。
やっぱりこっちかな?
僕はナイフを手に取り、軽く振ってみる。
うん。流石専用品だね。思った以上に扱い易い。
刃渡りが短いし、刃も薄いから戦闘には使えそうにないけど――もともと何かと戦うつもりはないので、問題はない。
『これをお願いします』
僕は店員さんにナイフを差し出した。
「――こちらをお求めですか?」
僕は首を縦に振る。
店員さんは、ナイフに括り付けられた値札を確認して言った。
「脚竜族用のナイフですね。こちらは――大銅貨3枚と銅貨5枚になります」
――お待たせ。さあ出番だよ!
『お願いユニィ』
僕は上目遣いでユニィを見つめた。




