63.見えたもの
今回いつもより長めです。
「大丈夫ですか? そして――ごめんなさい」
私はベッドに寝ているシードルさんに頭を下げる。
リーフェも私の横で頭を下げている。
「気にすることは無い。儂が自らやったことじゃ」
詳しい話は誰にも教えてもらえなかったけれど。
シードルさんは、私を助けるためにギルドまで救助要請に行って――道中で腰を痛めてしまったそうだ。
しばらく絶対安静らしい。
「――それにの。お前さん達の安全を守るのも指導員の役目じゃ。今回の件は儂の落ち度じゃからのぅ。儂の体のことは気にするでない」
シードルさんはそう言っているけど――どう考えても、シードルさんにとっては不測の事態なんだから、責任はないと思う。
それに――
「でも、ギルドの救助費用まで全額肩代わりして頂いたと聞きました――流石にそれは頂きすぎだと思うんです」
私の言葉を聞いた後。シードルさんは少し沈黙して。
――それから口を開いた。
「――儂もお前さん達も――最善を尽くした結果じゃよ」
呟くようなその言葉に。その声音に。
――私はその先を言えなくなった。
沈黙がその場を支配する。
「ありがとう――ございました」
お礼の言葉だけ。それだけは何とか口にすることができた。
一礼して、私達はその部屋を出る。
「――」
ドアが閉まる直前。シードルさんの声が聞こえた気がした。
シードルさんの家を出て、リーフェとふたりでギルドへの道を辿る。
リーフェは、先程のお見舞いの時から一言も喋っていない。
時折、辺りをきょろきょろと見回しているけれど――
「ねぇリーフェ。どうかしたの?」
『――ん? 何か言った? ユニィ』
私の話も聞いてないみたい。
「さっきから、心ここにあらずって感じだけど――どうかしたの?」
私はもう一度問い掛けた。
『――何でもないよユニィ。ちょっとだけ――そう、ちょっとだけ。新しい術を検証してただけだよ』
リーフェが少し上の方を見ながら答える。
――そうだったね。
今回の一件で。
リーフェは新たな術を使えるようになっていた。
その名も『サーチ』という術で、探し物ができる術だ。
私のこともその術で見つけ出したみたい。
試しに、リーフェのおやつのドーナツを隠してみたけど――あっという間に見つけていた。
だから――
「もしかして、何か探し物?」
『え? いや。何も探してないよ?』
リーフェが首を大きく横に振る。
――うーん。あやしい。
悪いことではなさそうだけど――ちょっと気になる。
気になるけど――こういう時のリーフェは何も教えてくれない。
だから、教えてくれるまで待つことにした。
――そういえば。
気になるといえば、私があの遺跡の祭壇で見た光るもの。
あれは何だったんだろう?
リーフェにもロゼさんにも他の人達にも。
みんなに聞いてみたけれど――あの祭壇の上には何もなかったみたい。
右の手の平を広げて眺める。
あの時、光るものに向けて伸ばしていた手だけど――
特段変わったところはない。
――また今度。
あの遺跡の近くにいく機会があったら――リーフェの術で探してもらおうかな?
再び辺りを見回しているリーフェを見ながら。
そんなことを考えた。
――――――
『ひどいよユニィ!!』
僕は抗議の声を上げたんだけど――ユニィの気持ちは変わらなかったみたい。
こういう時のユニィは、僕の話を聞いてくれない。
だけど――真面目過ぎるのも考え物だと思うんだ。
ユニィの救出騒動の翌日。
あまりの衝撃に、夜もたったの10時間しか眠れなかった僕に。
その朗報は告げられたんだ。
「昨日お伝えした救助費用ですが――先程、シードルさんより全額お支払い頂きましたので、報酬の天引きは行わないこととなりました」
昨日は冷酷な死神に見えた猫お姉さんが、今日は温和な慈愛の女神に見える。
僕は隣のユニィを見た。
期待に満ちた目で。少し首を傾けながら。
「駄目だよリーフェ。お金。ちゃんとシードルさんに返さなきゃ」
僕が抗議の声を上げたのも――無理がないと思う。
僕はすっかり気落ちしていた。
ユニィが「シードルさんをお見舞いに行くよ」と言った時も――ただ後ろを付いて行くだけだった。
ベットに横たわる鬚じいちゃんを見た時は――さすがに申し訳なくて頭を下げたけど。
それが今の僕の精一杯だった。
僕は頭を下げたまま。
そのままベッドの下を見ていた。
ユニィと鬚じいちゃんが何かを話している。
だけど僕はずっとベッドの下を見ていた。
――ん?
その時、僕は気付いた。気付いてしまった。
そこに光るモノに。その輝きに。
目を凝らしてみると、それは硬貨だった。
大きさと色からすると――銅貨に見える。
――!?
僕は思わず息を呑む。
危なく声を上げそうになった。危ない危ない。
もちろん、その銅貨を拾おうと思った訳ではない。
ある考えが頭に浮かんだのだ。
僕は口には出さず、心の中で強く念じる。
――『サーチ』!
そして同時に――頭の中に探し物を思い浮かべた。
額に集まり拡がっていく冷たい感覚。
――昨日とは違い、目を凝らさないと見えないほど薄っすらとだけど。
紫色の光が四方八方に伸びていく。
そしてその一つは――目の前の銅貨に伸びていた。
――成功だ!
僕は思わず拳を握る。思わず出てしまいそうになる声を何とか抑える。
後は――他の場所に伸びるこの光を辿れば。
――銅貨が落ちているかもしれない。それもたくさん!
「ありがとうございました」
ユニィの話も、ちょうど終わったみたいだね。
僕は――落ちているはずの銅貨を探すことにした。
――10分後。
竜生そんなに甘くなかった。
薄い光の導く先は――町行く人の腰に下げられた、皮袋だった。
――僕も真面目に生きよう。
目を細めながらそう思った。
――――――
――その違和感に気付いたのは偶然だった。
旅立ちから一月。
俺はとある脚竜族の村を訪れていた。
いつものように村の長老に会いに行き、書物を閲覧する。
気になる事柄はメモとして残し、長老に質問する。
この一月。
何度か同じことを繰り返しているが――正直に言って芳しい成果は得られていない。
書物を漁るだけの今の調査方法に疑問を感じ始めていた。ちょうどそんな時だった。
『――今日は『核生の儀』が行われる日じゃ。客人。良ければお主も一緒に祝ってくれぬか』
渡りに船。
俺は『核生の儀』を見学することにした。
――結論から言うと、それは俺たちの村と何の変わりもない儀式だった。
儀式が始まる。
おもりを引いて、眠気に耐えて、呪文を唱える。
光に包まれて。光が消えて。
――それで終わり。
――少し落胆する。――いや、それは失礼な話か。
後で、儀式の時に感じたものが無いか聞いておかないとな。
俺は何気なく。何気なく、儀式を受けた新成竜の家族を見る。
――横断幕というやつだろうか。
「『核生の儀』成功おめでとう」
そこに書かれた文字を見て。
苦笑いが浮かびそうになって。
――俺は気付く。
核生の儀?
幼い頃から正しいと思っていたものが、正しくないこともある。
――俺は。一つ大きな勘違いをしていたようだ。
呪文の最後の言葉『グロウスコア』。
その意味するところに答えがあるのかもしれない。
次のエピソードは、少し軽めの予定です。




