62.救助
「――こりゃ無理じゃな」
鬚じいちゃんが信じられない一言を呟いた。
『そんな! ユニィが助けを待ってるんだよ!』
僕の説明を聞いてたでしょ?
この下にユニィがいるんだよ?
「落ち着くんじゃ。リーフェスト」
『こんな時に落ち着いてなんか――』
「落ち着けと言うておろうが!」
一喝。
普段聞かない鬚じいちゃんの大声に。
普段よりも大きく見える目に。
僕は口を噤んだ。
「助けを呼びに行くぞ」
鬚じいちゃんはそれだけ言うと――遺跡の入口へと歩き出す。
そして――振り向きもせず続けた。
「リーフェスト。お主もこっちに来るんじゃ」
――あれ? 僕? ロゼばあちゃんじゃないの?
僕はロゼばあちゃんの方を見る。
――ロゼばあちゃんは何も言わずに頷きを返す。
僕は不思議に思いながらも――鬚じいちゃんを追いかけた。
僕が追いついた時、鬚じいちゃんは荷車から鞍を出していた。
「これを着けるんじゃ」
そして、僕にその鞍を手渡す。
まさかとは思ったけど――これってそういうことだよね? 大丈夫なの?
僕は少しだけ不安に思いながらも、鞍を背負う。
前脚でベルトを絞ると、思った以上に背中にフィットした。
そのまま姿勢を低くして待つ。
5秒と置かず、鬚じいちゃんが背中に乗り、その重さを感じたと同時。
空気の流れを感じた。
背中の上からも――僕の体からも重さが消えるのを感じた。
――鬚じいちゃんが空術を使ったようだ。
「行くぞ」
鬚じいちゃんが僕の首を軽く叩く。
僕は覚悟を決めた。
『全速力で走るから――落ちないでね』
雨は既に上がっている。
僕は一歩を踏み出した。
――――――
走る――重さは全く感じない。
走る――川も林も小高い丘も。全ての地形を無視して最短距離で。
走る。跳ぶ。身に纏う風の力で滑空する。そして――時には『ポケット』で足場を作り出す。
フォリアの町の石壁が見えるまで。
30分も掛かっていなかったと思う。
「壁を飛び越えられるかの?」
鬚じいちゃんが聞いてきた。
『いいの?』
「緊急事態じゃ」
僕は軽く頷く。
――それじゃあ。
僕は門の方には向かわず、正面の石壁に向けてそのまま進んだ。
石壁を蹴り――『ポケット』を足場に更に上へと跳ぶ。
そのまま石壁を越えた僕達は――運送ギルドへと駆け込んだ。
「マスターを呼んでくれぃ」
鬚じいちゃんが受付にいた猫お姉さんに声を掛けた。
それと同時に。徐々に体が重くなるのを感じる。
どさっという音に振り向くと、鬚じいちゃんが寝転んでいた。
どうしたの? と思ったら、腰を押さえて唸っていた。
――腰が死んだみたいだね。
「やり過ぎじゃ」という呻き声が聞こえたけど――
気のせいと思うことにした。
――――――
「そこの石床を持ち上げろ!」
「土術が使えるものは、土砂を寄せて固めておけ!」
つるつるおじさんの檄が飛ぶ。
僕はただそれを眺めていた。
あの後すぐに、手の空いている人員で救助部隊が結成された。
特に機動力の高い脚竜族とその契約者が中心だ。
ラズ兄ちゃんも居たし、ギルド外にも声を掛けたみたいだけど――かなりの人数になっている。
力仕事はパワーラプトルとその契約者達が。
出てくる土砂の処理はラズ兄ちゃん達が。
処理された土砂の運搬はその他全員が。
みんなで協力することで、あっという間に遺跡の床に穴が開いていく。
僕はただそれを眺めていた。
『どうした新入り!』
後ろからの声に振り向くと、そこにいたのは『隊長』だった。
『うん。みんなで協力したら、いろんな事ができるんだなって』
僕はもう一度、救助部隊として集まったみんなを見る。ただ見つめる。
その中には脚竜会の先輩達も何竜か居た。
『ほとんどがギルドでサボっていた奴だからな。こんな時ぐらいは働いて貰わないとな!』
隊長が笑い声を上げる。
『――だがな。お前にはお前の役割があるだろ。ほら』
急に真顔になった隊長の前脚には、ユニィへ宛てたメモが握られていた。
僕は無言で――そのメモを『ポケット』の黒い穴に入れた。
なぜだか、隊長に尻尾で背中をバシバシされた。
――少しだけ。モヤモヤした気持ちが薄くなった。
それから5分後。
僕の耳に歓声が届いた。
急いで穴の側に向かう。
「おい待て! まだ――」
――待てないよ。
つるつるおじさんの声を無視して、僕は穴に飛び込んだ。
『ユニィ!』
「リーフェ!」
小部屋の隅に座っていたユニィが駆け寄ってくる。
涙と砂埃でぐちゃぐちゃな顔だったけど――伝わってきたのは喜びと安堵の感情だった。
何だか僕もつられて泣きそうになった。でも、涙はぐっと堪えた。
僕は頼れる成竜だから。
フォリアの町に帰った後――
僕はちょびっと怒られた。
ユニィはめっちゃ怒られてた。
でも――
僕はギルドの中を見回す。
なんだか向こうで騒いでいる人がいる。
賑やかにギルドを出ていく人達がいる。
お肉を食べてる先輩達がいる。
――僕はみんなに。救助を手伝ってくれたみんなの優しさに。
心が温められていた。
あの時感じていたモヤモヤした気持ちは――いつの間にか消えていた。
「今回の救助費用は金貨2枚となります。支払いは今後の報酬から天引きさせて頂きます」
――幻想を打ち砕く、猫お姉さんの無情なる言葉。
「――しばらくリーフェのお小遣いは無しね」
僕の涙腺は決壊した。
本エピソードは次話までとなります。




