59.遺跡
荷物を積み替えた帰り道。
空を見上げていた鬚じいちゃんがポツリと呟いた。
「雨宿りせんとのぅ」
――え? 何言ってるの?
僕は空を見上げる。雲一つない青空だ。
激しい雨が降る時に現れるモクモク雲もない。
辺りは草すらも疎らな荒野だし――雨なんて降るの?
『ここから5km先に遺跡がありますね。そこまで急ぎましょうか』
「大変! 積荷が濡れないように幌を絞らなきゃ!」
――疑問に思ったのは僕だけだったみたい。
結果として。
遺跡に辿り着いた5分後には雨が降り始めていた。
――解せない。
――――――
ユニィが遺跡の中を興味深げに眺めている。
鬚じいちゃんは座り込んで水筒を傾け、ロゼばあちゃんはその横で丸くなっている。
荷車は入口前にある庇みたいな岩の下に停められている。
『うー』
そんな中、僕は遺跡の入口から空を見上げていた。
雲一つない空を。
そして――そこから降り注ぐ大量の雨を。
――やはり解せない。
そんな僕の様子を察したのか、鬚じいちゃんが近づいてきた。
「そんなに空が気になるんかのぅ」
僕は胸につかえていた疑問をぶつけてみた。
『なんで雲がないのに雨が降るの? なんでじいちゃんにはわかったの? なんでおなかが減るの?』
「おお。難しいことを考えとるんじゃのぅ。そうじゃのぅ――お主、海は知っておるか?」
僕は首を縦に振る。
大きい水たまりが池や沼。もっと大きい水たまりが湖。もっともっと大きい水たまりが海。
――完璧だ。
「そうかそうか。それなら話は早いのぅ。この雨はな、海から降ってきておるのじゃ」
――ごめん鬚じいちゃん。何言ってるかわからないよ。
僕は思いきり首を横に傾ける。
まさかボケた? いや。でも――
「訳が分からんという顔をしておるのぅ。じゃが本当なんじゃよ。ここから遥か西の海では、いつも信じられんほどの強風が吹いておるんじゃ。この辺りではな――その風に巻き上げられた、海の水が降って来ることがあるんじゃよ」
――ちょっと話についていけない。
ただ――
「じゃから――風向きと風の強さを読むことでな、雨が降る場所がわかるんじゃよ」
――目の前で跳ねる魚を見て。
僕はそれが真実と理解した。
空から降る海。空から降る魚。空いて鳴るお腹。
考えることが多くて――正直に言うと、僕は油断していたんだと思う。
それは――僕が魚を捕まえてニヨニヨしている時のことだった。
「きゃぁっ!」
突然、悲鳴が遺跡の中に響いた。
『ユニィ!』
僕はとっさに魚を放り投げて、ユニィの声がした場所――祭壇へと走る。
祭壇の周りは、先程まで無かったはずの――淡い光と輝く紋様に包まれている。
そして――その中心に光り輝くユニィが居た。
「リーフェ!」
あと僅か10歩程の距離。
普段であれば一瞬で届くはずのその距離が――遠い。
僕が一歩を踏みしめる毎に。
溢れる光。
拡がる紋様。
眩しさに目を細めながらも次の一歩を踏み出す。
薄目のまま数歩を駆け抜け――前脚と尻尾でユニィを抱え上げようとした瞬間。
――/ /――
音にならない音を残して――光が。紋様が。ユニィが――消えた。
『ユニィー!!』
僕の声だけが――遺跡の中に響き渡った。
――――――
/――
――目の前が揺らぐ。
吐き気が――する。
私は耳を澄ませながら――目を瞑り深呼吸する。
繰り返し。ゆっくりと。繰り返し。
そうして気持ちを落ち着けて――目を開く。
5m四方の正方形の部屋。
生き物の気配は――ないみたい。
見回してみると、四方の壁に入口らしきものはなく、天井は高い。
そして、部屋の中央には小さな祭壇が設けられている。
祭壇――
その祭壇を見ながら私は――先程の出来事を思い返していた。
――この遺跡は発見されてから100年以上が経っている。
ギルドで得た情報の中には、この遺跡の話もあった。
幸い魔物や大型の野生動物の類は住み着いていないらしい。
だから。私は一人、遺跡の中を見物していた。
やっぱり――調査が終わった遺跡という油断があったんだと思う。
祭壇の上で何か光るものを見つけた時。
その時に誰かを呼ぶべきだったのかもしれない。
でも――私は何かに惹かれるようにそれに手を伸ばしていた。
そこからは良く覚えていない。
悲鳴を上げたようにも、リーフェが駆けつけてくれたようにも――思う。
ただ、気付いたら――この場に蹲っていた。
私はもう一度周りを見回す。
――やれることはやってみよう――かな?
私は不安を打ち払うため――その部屋の中を調べ始めた。




