56.省みる
「そりゃすまんかったのぅ」
私の話を聞いたシードルさんが頭を下げる。
でも――気持ちはもう既に落ち着いている。
それに、私達が道に迷ったのはシードルさんのせいじゃない。
私は首を横に振った。
その私の仕草を見てシードルさんが微笑みを浮かべる。
――違う。
微笑みじゃない。
「じゃがの――お前さん達。準備不足じゃぞ?」
口元は微笑んでいるけど、目が笑っていないことに――ようやく気付いた。
「まず今回の依頼じゃがな。街道に水スライムが出ていることは少し調べれば――それこそ、ここの受付に聞けば――分かったはずなんじゃ」
それを聞いて思い出した。
出発前にシードルさんが「しっかり準備しておくんじゃぞ?」って言っていたことを。
「それが分かれば対処法も調べられる。それらを準備する時間は十分にあったはずじゃ」
目線が徐々に落ちていく。
落ちて落ちて。
テーブルの縁まで目線が下がった時。
「まぁ、今回の指導の目的はそれを知ることなんじゃがのぅ」
シードルさんの優しい声が聞こえた。
私は目線を上げる。
「それ。使わなかったんじゃろう? 上出来上出来。ジョディの時はすぐに使ってしもうたからのぅ」
シードルさんは私のポーチの水筒を見ながら、片手をこちらに突き出している。
私は水筒をシードルさんに手渡した。
――結局何が入っていたんだろう?
私の疑問に答えるように、シードルさんは笑顔で水筒の栓を開けると――中身を飲み始める。
――え?
驚く私の鼻に届いたのは――わずかに香るお酒の匂いだった。
――水スライム。
生物の足元に纏わりつく習性があるけど、あまり害はないらしい。
溺れたりしないように気を付ければ良いだけだそうだ。
あとは――日光とお酒に弱いみたい。
後からこの場に現れたジョディさんに教えてもらった。
「師匠。ユニィちゃんがつれないんです」
そのジョディさん。
久し振りに会えたんだけど――今日はちょっと酔っているみたい。
受付のリュノさんに先程お酒を取り上げられてたけど――
もう手遅れ。完全に酔っ払いさんだと思うの。
「ジョディ。お主が話し掛けとるのは――ただの植木じゃぞ――」
ジョディさんには――この前の少年がどうなったのかとか、先輩ポーターとしての心構えとか。
もう少し色々聞きたかったし、色々話したいこともあったんだけれど――今日はちょっと無理かなぁ。
――――――
『もうお腹いっぱいだよ』
竜舎の隅に確保した自分の寝床に横になる。
あの後――先輩達が一竜ずつ増えていって大変な目に遭った。
お腹の限界もそうだけど、最後に誰かが持ってきた『暗黒物質』という名前の黒い物体が刺激的な味で――本当に危なかった。
完食した自分を褒めてあげたい。そんな気持ちだ。
そういえば――
日課の『進化樹』を眺めながら思い出す。
――ロゼばあちゃんのクラスって何だろう?
鬚じいちゃんは空術を使ってたけど――青いラインが入っていないからブルーラプトルじゃない。
尻尾の周りの模様が細かい斑模様になっていたから――ただのエルダーラプトルじゃないとは思うんだけど。
――ふぁぁ
何だか――欠伸が出てきたよ。
――変に考えるのは止めて、明日本竜に聞いて――みようか――な。
――――――
相棒のロゼと共に我が家へと帰ってきた。
今日もいつものように――納屋へと向かう。
儂が彼女と行動を共にするようになってから随分時が流れた。
喜びも悲しみも――同じ時を共に過ごしてきた。
じゃが――
「そろそろ潮時かもしれんのぅ」
近年は専ら若い者の指導を行っているが――肝心の体が付いてこない。
儂の場合、騎乗にも体力を消耗する。
今の衰えた体力では、ここぞという時にしか本気の速度は出せない状態だった。
今日も――若さ溢れるふたりを見て、眩しく――そして懐かしく感じていた。
「のぅ。お主等もそう思うじゃろ――」
納屋に眠る荷車を眺める。
もう――10年以上は引いとらんかのぅ。
何も言わぬロゼの背を撫でながら――
水筒に口を付け、傾ける。
――既に空だとは知りつつも。最後の一滴を求めて。
次回、閑話的な話を挟んで第2エピソードへと入ります。




