54.のんびり歩く
「ふぉっふぉ。そうじゃのぅ。初めはこの依頼がええかのぅ」
記念すべきポーターとしての初仕事。
鬚じいちゃんが依頼リストから選んだのは、サノアという村への荷物輸送の依頼だった。
さっき教えてもらったんだけれど――依頼を受けたい時は、ギルドの受付でランクと適正に応じた依頼のリストを提示してくれるそうだ。
僕も横から少しリストを見たけど――リストの中の何か所かは既に取消し線で消してあった。
良い条件の依頼を受けたければ、朝早く起きたほうが良いらしい。――僕にはちょっと辛いけど。
「あ。サノア村なら、以前行ったことがあります!」
ユニィが依頼内容を聞いて、思い出したように答える。
――えーと。サノア村ってどこの村のことだっけ?
僕は首を傾けながら考える。
うーん。この近くの村っていったら――空術お姉さんと行った村?
正解は気になるけど、ユニィが覚えているみたいだから任せても大丈夫だよね。
「そうかそうか。それじゃあ1時間後に出発しようかのぅ。それまでしっかり準備しておくんじゃぞ?」
「わかりました」
『わかった!』
――とは言ってみたけど、空術お姉さんと行った村だったらすぐ近くだし――用意するのは途中で食べるおやつぐらいで良いかな?
――――――
「ええ天気じゃのぅ」
『そうですねぇ』
僕達は今――サノア村に向かって、のーんびり歩いている。
やっぱりサノア村は、前に空術お姉さんと行った村で当たっていたみたい。
走れば30分ぐらいで到着するんだけど――
僕はちらりと鬚じいちゃんを見る。
鬚じいちゃんは、ロゼばあちゃんの上に鞍のようなものを着けて座っている。
何でも、腰が痛くならないためらしい。
だからなのかな?
鬚じいちゃんとロゼばあちゃんは、まるで散歩のようにのんびり歩いている。
「そろそろ休憩にしようかのぅ」
『賛成!』
気持ちは焦るけれど、こんな時こそおやつで落ち着かないとね。
『出てこいおやつ!』
今日のおやつは、しっかり冷えたシャーベット。
軽く走って火照った体にぴったりのチョイスだ。
――残念ながら火照ってないけど。
「んーっ! 冷たっ!」
『んーっ。痛っ! けどおいしいっ!』
僕達の口の中で甘く溶けていくシャーベット。
――やっぱりこれからの季節は、『ポケット』が大活躍だね!
『あらあら。凄いわねぇ』
ワイワイしながらふたりでシャーベットをすくっていると、ロゼばあちゃんが声を掛けてきた。
鬚じいちゃんはむこうで水筒を傾けている。
『何というスキルなの?』
――僕は一瞬答えに詰まる。
そんな僕の横からユニィがフォローしてくれた。
「それが――私達にもスキルの名前が分からないんです。使えるのもたった一つの術だけなんです」
『あら。そうなの? 今回の新人さんは凄いスキルが使えるみたいだって、竜舎で噂になっていたのだけど――スキルの名前がわからないって、そんなこともあるのね』
ロゼばあちゃんが少しだけ困ったような顔をしている。
――何だか分からないけど、困らせちゃったみたい。
気にしなくて良いよって言おうとしたんだけど――
「そろそろ行こうかの」
『そうしましょうか』
鬚じいちゃんの言葉で休憩が終わる。
僕は残りのシャーベットと一緒に――その言葉も飲み込んだ。
――――――
「そういえば、ジョディさんと来た時はこの先に水が溜まって湖みたいになってたんだよね」
「ふぉっふぉ。大丈夫じゃよ。水没するのは雨季の後だけじゃからのぅ」
鬚じいちゃんがユニィの呟きに答える。
「――ところでお前さん達。ジョディの知り合いじゃったのか」
鬚じいちゃんによくよく話を聞いてみると、空術お姉さんを指導したのも鬚じいちゃん達だったそうだ。
――何だか空術お姉さんとはイメージが違いすぎるからビックリした。
だって、空術お姉さんは物凄く速かったけど――今はのーんびりだもんね。
そんなことを話している間に、僕達は以前水没していたところに着いていた。
――だけど。
『あれ?』
――そこにはキラキラと光る水面があった。
この時期、水は無いはずじゃなかったの? 鬚じいちゃんが間違えた?
僕はちらっと鬚じいちゃんの方を見た。でも目を細めて――微笑んでいるだけだ。
――うーん。もしかしてこれも指導? 何の?
悩む僕に、ユニィが背中から声を掛ける。
「ねぇリーフェ。この前と違って水も少ないみたいだし――『ポケット』で水抜きする?」
ユニィからの提案に僕も首を縦に振って同意した。
『そうだねそうしよう。――今回は、おやつは入ってないから大丈夫だよ!』
同じ過ちは繰り返さない。
準備は万全だ。
僕は『ポケット』を水中に向けて発動した。
――僕の視線の先。
水の底近くに直径6cm程の黒い穴が出現する。
『吸い込んじゃえ!』
――水面がぷるんっと少し揺れただけだった。
――ぷるん?




