49.真理
「むー。名案だと思ったんだけど」
ユニィが唸っている。
まだまだ未練があるみたい。
あの後――ユニィがまた実演をしてみたり、僕がそれを取り上げて聖剣よろしく頭上に掲げてみたり。
挙げ句の果てに、その光景をアリアさんに見つかってめっちゃ怒られたり。
ついでにソニアにも見つかって笑われてみたり。
――色々。そう。色々と有ったんだけれど。
『やっぱり奇術師だけはダメだよ』
物干し台に竿を戻しながら。
僕はユニィを諭す。
『この前ユニィも聞いたでしょ。「ホラ吹き奇術師」の逸話――最後に全てを失うって』
「それは聞いたけど――」
食い下がるユニィ。
――どうしてこんなに拘るんだろう。
ふと――思う。
まさか――これは運命?
僕の脳裏にその言葉が過ぎる。
運命による世界の強制力――もしそんなものがあるとしたら?
僕は破滅の未来を幻視する。
全てを失う――その光景に身震いする。
――でも。
そんな――そんな運命なんて、僕が変えてみせる!
『ユニィ!』
僕はユニィに宣言した。
『おやつにしよう!』
――難しいことを考えるのは美味しいものを食べてから。
それは普遍にして不変の真理。
可変かもしれない運命よりも――少しだけ重要なことなのだ。
――――――
――熱っ!
僕は息をハフハフさせながら口の中を冷ます。
今日のおやつは焼き紅芋だ。
因みに、僕達脚竜族は皮を剥けるほど前脚が器用じゃないので、皮ごと丸かじりしている。
紅芋の皮の微妙な苦みが口に残るけど――
うん。苦みって成竜の味。
成竜と言えば、マーロウの『覚成の儀』ももうすぐだったっけ。
その後すぐに、大人になるユニィとの旅立ちで――諸国を巡って奇じゅ――
いやいやいやいや。違う違う。
ユニィに繰り返し聞かされたからかな?
うっかり間違えちゃうところだったよ。
危ない危ない。
ここが――僕達の運命の分水嶺。
僕はしっかりと意識しながら、ユニィに提案する。
『思うんだけど――僕達、やっぱり素直にポーターになった方が良いと思うんだ』
ユニィの目が大きくなる。
伝わる感情は――驚き?
なんで? 普通こっちじゃないの?
そんな僕に対して、ユニィが言葉を絞り出す。
「リーフェ。あのね」
一言一言。ゆっくりと。
「そんな普通でも――良いの?」
――え? 何言ってるのユニィ。そもそも――
『僕ってクラス以外は普通でしょ?』
――あれ? なんで黙っちゃうの?
結局。
僕達はポーター見習いになる事にした。
普通が一番だよね!
こうして準備を整えた僕達は――巣立ちの時を待つ。
――時は初夏。
芽生えたばかりだった小さな新芽が――
その手足を広げ、若葉となって彩る季節。
――――――
――成竜になるということ。
俺は甘く見ていたのかもしれない。
俺達脚竜族が成竜になる時に行われる「覚成の儀」。
その儀式が終わった瞬間に。
不思議な高揚感が俺の身体を包んでいた。
ふと気付く。
――これは何だ?
高揚感で感覚が鈍っているが――身体の隅々から違和感を感じる。
嫌な感じではない。むしろ、包み込まれるような温かさを感じる。
だが――
――俺の頭の中に入ってくるんじゃねぇよ!
誘導されそうになる意識を繋ぎ止める。
永遠にも思える刹那。
全てが停止したかのように引き延ばされた時間。
『どうしたの? マーロウ』
『マーロウ。あなた大丈夫なの?』
――その終わりに気付いたのは。
聞こえてきた親友達の声。それを認識してからだった。
俺は声を絞り出す。
『――大丈夫だ。何ともない』
――恐らくは。
あれを受け入れたところで、何かが起こるわけではないのだろう。
ただ――あれが何だったのかはわからない。
ああ、わからない。
俺の顔には、今――笑みが浮かんでいるはずだ。
『――調べることがまた増えたな』
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
何だか不穏な空気はありますが、これにて2章完結です。
15〜49話の登場人物他設定を挟んだ後、3章に突入です。




