45.青
今回から2章最終エピソードです。
また――春が来た。
草木が芽吹く始まりの季節。
新しき旅の始まりは――同時に旧き旅の終わりを意味する。
「今までよく頑張ったねぇ」
ツノうさおばさんことカロンおばさんが僕達を労う。
「今までどうもありがとうございました」
『ありがとうカロンさん』
ユニィと一緒に僕は頭を下げた。
――流行り病の薬の代金。
そこから始まったこの長いおつかい生活も今日で最後。
ようやく返済完了することができた。
なかなか人族の名前を憶えられない僕も、ようやくおばさんの名前を憶えてきたところなんだけど――今後はおばさんに会う機会は減ると思う。
そう考えると――ちょびっとだけ寂しくなるね。
――うん。ちょびっとだけ。
「ところで――」
ツノうさおばさんがユニィに笑顔で話し掛ける。
――だけど、まだちょっとこの笑顔は苦手かな。何だか背筋が寒くなるんだよね。
そんなことを考えている間に、おばさんが小さな革袋を目の前に置いていた。
うーん。
置いた時の音からするとお金だとは思うけど。
なにこれ?
「この前持ってきてくれたトリガ草の代金だよ。そのまま食べると毒だけど加工すれば薬になるからねぇ」
おばさんが笑顔でユニィを見る。
「――それにしても、ヨモ草と見分けがつきにくいのに良く選別できたねぇ」
ユニィの目線が僕とは反対の方を向く。
その仕草を見た僕は先日の悪夢を思いだ――
否。脳が思いだすことを全力で拒否した。
ユニィに貰ったそれのことは――僕の記憶にはない。
草木が芽吹く始まりの季節。
野草の芽吹く採集の季節。
僕の契約者には野草採取の才能はないようだ。
――――――
僕達はツノうさおばさんに改めて別れを告げると、村の門へと向かう。
顔見知りの見張りおじさんこと――名前なんだっけ――にも別れの挨拶をするためだ。
――正直な気持ちを言うと、ユニィの村からは隣村だしすぐに来れるんだから――って僕は思うんだけどね。
ユニィに言わせると、けじめっていうやつらしい。
真面目だなぁ。
門が近づくと、その傍にいつもの通り見張りおじさんがいた。
うん。やっぱりいつもの通り暇そうだね。
だけど首にはならないみたい。相変わらずだけど不思議不思議。
「こんにちは」
「おーこんにちは。今日はもう帰りか?」
ユニィの声に見張りおじさんがこちらを振り向く。
おじさんも初めの頃に比べると、ずいぶん打ち解けた――気がする。
特に話す時の口調とか。
「そうです。それであの――」
ユニィが頭を下げて下を向く。
僕も前を向いたまま、一緒に頭を下げておいた。
「今までありがとうございました」
『ありがとうおじさん』
おじさんの口元だけが少し笑顔になる。
「あぁそうか。もう返済し終わったんだな。――おめでとう」
おじさんが右手を差し出した。
ユニィは下を向いていて気づいていない。
だから、代わりに僕が左前脚をその手に乗せておいた。
これって人族の良くやる「握手」ってやつだよね。うんうん。僕も知ってるよ。
――何故かおじさんの眉毛の間が狭くなった。
――あれ? どうかしたのかな?
そう思ったけれど、おじさんは一瞬で元の顔に戻る。
「おめでたいけど――また暇になるなぁ」
――いやいやいや。ずっと暇でしょ?
――――――
二人への挨拶を終えると、僕達はユニィの村に向かって山道を下る。
――ユニィと出会ったのはこの道の途中なんだよね。
ふっと思い出す。
まだ1年経っていないのに、あの時のことはずいぶん昔のような気がする。
あの頃はゴブリンがいっぱい湧いていたけれど――以前駆除してからは全く見かけなくなった。
山道を下る。
林の中を。木々を足場に跳びながら走る。
『――ポケット』
木々の切れ目には足場を作りながら、そのまままっすぐに山を下る。
術の使い方にもずいぶん慣れてきた。
そして何より――
僕はその直径5.2cmの黒い穴に足を掛けると、逆方向へと跳ぶ。
――そう。
僕は。僕達は徐々に――徐々に成長しているのだ。
ユニィにそう言ったら「初めからこんなものじゃない?」とか言われたけれど――断じて違う。
僕の目測能力を侮ってもらっては困る。
この能力は、激しい戦いの中で研鑽された能力なのだから。
草木が芽吹く始まりの季節。
林を抜け――広がるのは若草の青。




