43.そして伝説へ
――世に語られる伝説の始まりは――案外こんな小さな冒険にあるのかもしれない。
――――――
『ユニィ。それじゃ頼んだよ』
「うん。まかせて!」
――僕は気付いた。気付いてしまった。
空術お姉さんが水面を走る姿を見た時。
僕達のスキルなら、それを再現できるんじゃないかって。
僕は助走をつけるために水際から20mぐらいの位置まで移動した。
そして――
『行くよ!』
僕は湖に向けて加速する。
同時に背中から力の動きを感じる。
「『ポケット』」
水際から3mの位置に直径10cm程の黒い穴が現れる。
――少し大きい?
疑問が一瞬だけ頭を過ったけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
僕はその黒い穴に向けて跳躍する。
――そう。先ほど町の中で迷子になった時に使った『ポケット』の応用技だ。
僕は、その『ポケット』に右脚を掛けると同時に、叫ぶ。
『次!』
僕が蹴り出すと同時。
僕の左脚が着水するであろう位置に次の『ポケット』が現れる。
――僕達はこの時。確かに伝説を体現していたんだ。
――――――
「ありがとうございました」
「いえ。仕事ですので」
私は依頼者の母――モネさんの言葉にそう返す。
勢いで受けた個人依頼とはいえ、依頼は依頼。仕事は仕事だ。
「それでも――わざわざこんな時期に届けて頂かなくても」
モネさんが私の横を見ながら言葉を続ける。
その気持ちは分かる――分かるからこそ。
「今日届けることが依頼なので」
私は矜持を貫く。
依頼者の事情を深く詮索することはしない。
もちろんモネさんの表情を見ていると、事情にも何となく察しはつく。
――だが、それだけだ。
依頼は「今日届ける」こと。ポーターにとっての理由はそれだけで良い。
私達はモネさんに一礼し、その場を後にした。
「で――あんた達はどうするんだい?」
私はまだ半乾きのふたりに問いかける。
「――リーフェと歩いて渡ります」
「キュロ。キュルッ。キュルゥ」
ふたりの返答を聞いて私は頷いた。
いや、子竜の返答は意味が分からなかったが、同じことを言っているのだろう。
ふたりを引き連れ、冠水場所までの道を引き返す。
――その場所が近付くに連れて先程の光景が思い返される。
あの時――ふたりを水辺に待たせようとした私の判断は間違っていなかったはずだ。
確かに魔物が出る可能性もあるが、あの速さなら問題はない。
そう判断してのことだ。
だのにだ。
私が渡り切って後ろを振り返った時――私は驚くこととなった。
そう。あろうことか、この子達が私の真似をして水面に向かって駆け出したのだ。
少しだけ煽るような発言をしてしまったのは確かだけれど――私がその瞬間に思ったことは「まさか」だった。
――止める間もなかった。
そして――驚きに固まる私の目の前では、さらに驚くべきことが起きていた。
1歩、2歩。
――その時、この子達は確かに水面を走っていた。
3歩、4歩と。
――今思い返しても、私のように風を纏っている雰囲気はなかった。
そして5歩、6歩。
――何かを足場にしている? 私がそう感じた瞬間だった。
「キュロッ!」
子竜の声が響いていた。
どれだけ思い返しても、あの時の私の判断は間違っていなかったはずだ。
――ただ。
私は心の中で誓う。
もし次があるのならば――煽るような言葉は止めて、この一言を添えようと。
――良い子は真似しちゃ駄目よ?
――――――
――竜の判断力は簡単に低下する。
この言葉は誰の言葉だっただろうか。
僕はその湖を前に考えていた。
――初めは。初めは問題なかったはずなんだ。
ユニィとこの応用技を使って連携するのは初めてだった。
だけど――僕には。僕達には。不思議な確信があった。
絶対に上手くできるって。
そう。
実際に上手くいっていた。
――僕が雑念を――ユニィを背に水面を走る僕の幻視を――抱くまでは。
思い出す度にあの時の水の冷たさに身震いする。
ごめんねユニィ。
肌寒い季節なのにずぶ濡れにしちゃって。
帰りの湖は大人しく歩いて渡ることにした。
落ちて分かったけど、この湖はそんなに深くない。
せいぜい1mぐらいなので、頑張れば歩いて渡れる。頑張れば。
背中の上のユニィが「大丈夫?」と声を掛けてくれるけれど――
『問題ないよ』
さっきずぶ濡れにしちゃった責任は取らないとね。
――――――
「待たせたね!」
僕達は運送ギルドへと帰ってきていた。
空術お姉さんは、真っ先に依頼者の少年のところに駆けていく。
「うん……」
――依頼者の少年の様子がおかしい。
僕には感情を読み取るのは難しいけど――
気になったのでユニィに聞いてみた。
『ねぇユニィ。何だかあの少年、様子がおかしくない?』
「そうだね。何かに――怯えているみたい?」
確かにそう言われてみると、お姉さんから目を逸らして――逃げ腰になっている。
――うーん。何でだろ。
――そんな僕達の疑問の答えは、思わぬところから飛んできた。
「覚悟を決めろよ。ボウズ!」
「大丈夫だ。死にはしねぇ!」
「頑張れ! あの魔窟を掃除できたら、この町の清掃依頼は全制覇できるからな!」
「逃げようとするなよ! 早駆けジョディの速さには勝てねぇぞ!」
そのままお姉さんに連れていかれる不幸な少年を見送ると――僕達はこっそりとギルドを後にした。
『帰ろうユニィ』
「うん。仕方ない――よね」
――後日。
町から帰ってきたラズ兄ちゃんに聞いた話。
フォリアの町では、あの日から暫くこんな噂が流れていたそうだ。
――魔窟の掃除を成し遂げた冒険者見習いがいるらしい。
――あの早駆けを追い詰めた異貌の魔物がいたらしい。
僕は何も知らないふりをした。
――――――
後の世に伝説となる『清掃の申し子』は――こうして産声を上げたのだ。
本エピソードも次回までです。




