41.個人依頼
「お願いします。運送料は後で必ず払いますから――」
「駄目だ。ギルドを通すのなら報酬の預託は必須。そんなことぐらい知っているだろう?」
頭つるつるの受付のおじさんがきっぱりと断っている。取り付く島もない――とかいうやつだ。
少年の顔が徐々に下を向いていく。
「そこを何とか――母に――母にこれを届けたいんです」
その言葉が聞こえた途端、勢い良くユニィが立ち上がる。
同時に僕にも――その感情が流れてくる。――これは焦り?
ユニィが声を上げようと口を開く。
だけど――
「ちょっと待って」
酒好きお姉さんがユニィの手を掴んだ。
「もう少し見てなよ」
その言葉に――ユニィがゆっくりと腰を下ろす。
だけど、顔は少年の方を向いたままだ。
――どれだけの沈黙があったのか。
多分十数秒といったところだろうけど、ずいぶん長い時間に感じた。
ふっと気付くと――それまで否定的なことを言っていたつるつるおじさんの表情が変わっていた。
口の端を上げて――うーん。笑ってる?
――いや、何だか少し違う気がする。
やっぱり、人族の感情は表情からでは良くわからない。
「ギルドを通さない依頼なら――金じゃない報酬でも受けてくれるかもしれんがな」
おじさんが皆に聞こえる声で呟く。
「――え?」
「――依頼を受ける奴の身元ぐらいは保証してやるよ。だからほら。いつまでも受付の前を占領してないで、とっととあの辺の奴と交渉してきな。今日は特に暇人が多そうだからな」
つるつるおじさんの目がこちらを向いている。
この目は――ツノうさおばさんと同じだ。
獲物を狙う時のツノうさぎの目だ。
――ツノどころか何も生えてないけれども。
僕達の背後で、何人かが視線をそらした気配がする。
僕は――引き込まれるようにおじさんの目を見た。
――目が合った。合ってしまった。
僕はごくりと唾を飲み込む。
やはりおじさんは目を逸らさない。
僕は首を傾けてみる。
おじさんの視線が僕の首の傾きに合わせて、横にずれる。
――ヤバい。ヤバいよこれ。
『ごめんユニィ――ツルうさに、ツルうさに目を付けられちゃった』
顔は正面に向けたままそう呟くと、ユニィの顔を横目で見る。
ユニィの顔は――少年の方を向いたままだった。
――僕の呟きは聞こえてなかったようだ。ちょっと寂しい。
今度こそユニィに聞こえるように。
僕が少し大きな声を出そうとした時だった。
「私が受けるよ! その依頼」
真横から声が聞こえた。
僕は思わず声がした方を振り向く。
えっ? お酒飲んでるんじゃないの?
飲んだら乗るなってどこかで聞いたことあるよ?
「結論は依頼内容を聞いてからだけど――運送料は私の部屋の掃除でどうだい?」
続く言葉に何故か背後がざわめいた。
――――――
「この小包を、今日中に隣のサノア村の私の母――モネに渡して欲しいんです」
依頼者の少年が依頼内容を説明する。
依頼内容自体は単純。小さな小包を隣村に運ぶだけだ。
だけど――
「あーそういうことか」
酒好きお姉さんには、この依頼に対して何か思い当たる節があったみたい。
「はい」
少年は、虫を捕る前の赤蛙みたいな――口に力を入れた顔で頷いているけど、何の事なんだろう。
僕とユニィは二人で首を傾ける。
そんな僕達の様子を見たお姉さんが補足してくれた。
「ああ。この時期のサノア村への道は、河の氾濫でまともに通れないんだよ」
「やっぱり――駄目でしょうか?」
その言葉を聞いた少年が少し俯く。
口元には力が入ったままだ。
「誰が出来ないなんて言った?」
少年が顔を上げる。
「その手の依頼は、私の一番得意な依頼だよ」
「じゃあ」
「後で部屋の掃除して貰うからね。ここで待ってな。く・れ・ぐ・れ・も、逃げるんじゃないよ」
そう言うと、お姉さんは小包を自分の鞄に入れて立ち上がる。
そして――なり行きを見守っていた僕達を見た。
「あんた達も来るかい?」
お姉さんが口の端を上げている。
「私達ポーターは情報が命なんだけどね。同じ情報だったとしても――聞いた風景より読んだ情景。読んだ情景より見た光景って言うだろ?」
――うん。
初めて聞いたよそんな言葉。
ユニィからも少しだけ困惑の感情が伝わってきた。
だけど――
「もちろん行きます!」
だと思った。
だって、期待する感情の方がいっぱい伝わってきたからね。




