39.花咲く小路にて
――こういう時は落ち着こう。
大丈夫。まだ道に迷ったわけじゃない。まだ。
僕は深呼吸する。
周囲の変化に混乱してしまったけれど――まだ走り始めて数秒。
いくらなんでも道に迷うにはまだ早すぎる。
――そうだ。
まだ曲がり角を1回曲がっただけじゃないか。
僕は頭の中を整理すると、ユニィに話しかける。
『大丈夫だよユニィ。まだ僕達は迷ってないよ』
僕の言葉にユニィが少しだけこちらを向いた後、また正面を向く。
――あれ? そういうことじゃなかった? 僕もユニィが見ている方を見る。
そこには、鉢植えを世話する人の姿があった。
――ん?
僕は瞬きをした後、前脚で目を擦る。
あれれ? 何だかちょっと――
ユニィがその人物を気にしている理由が分かった。
――どう見ても縮尺おかしくない?
道の脇にある家の屋根と頭の位置が同じ――
僕達が見たその人は、どう見ても身長が3m以上もある大男だった。
――どれぐらいその人の事を眺めていたのだろう。
やがて、その人がこちらに気づく。
「ん? ――ラズウェル――じゃないな。模様が――少し違う」
思わぬ名前に僕は警戒を解いてしまう。
『あれ? ラズ兄ちゃんを知ってるの?』
――――――
『ラズ兄ちゃんの契約者が巨人族だったなんて初耳だよ』
ラズ兄ちゃんはブラウンラプトル――つまり土術や樹術を得意としている。
そんなラズ兄ちゃんの契約者は、ラインなんとかシュタインとかいう長ーい名前で、花を愛で花に愛されるお花屋さんって聞いていたんだけど――
花屋の店先でユニィと話しているなんとかタインさんをちらっと見る。
表情だけは柔らかくて優しそうなんだけど――
――頬の傷とか体格とか、どう見てもお花屋さんっていう雰囲気じゃないよね。これ。
どちらかというと、樹木を引っこ抜いて振り回すとか、歩いた後には草一本生えないとか――そういう風格すら漂っている。
でも――見た目で人を判断したらダメだよね。
――ユニィと友誼の儀を結んでから。
僕は色々な人族と会ってきた。
見た目が怖い人、笑顔が怖い人、怒っても怖くない人――
真面目な人、親切な人、やる気のない人――
「……は葉の形は似ているんだが……」
「……ほど。ヨモ草はそうやって見分……度リーフェに……」
ユニィとの雑談が漏れ聞こえてくるが、確かになんとかタインさんは植物には詳しそうだ。
まぁ、あのラズ兄ちゃんの契約者なんだから、いい人なのは当たり前かな。
5分ほど経っただろうか。
相変わらずユニィとなんとかタインさんは雑談に花を咲かせていた。
『ライリー帰ったぞー――って、リーフェストじゃないか。よくこの場所が分かったな。――でもお前。今日は『くいおどれツアー』とかいう意味が分からないが、面白そうなことをするんじゃなかったのか?』
ラズ兄ちゃんが花屋に帰ってきた。
何かの用事で出掛けていたみたいだ。
だけど――
『違うよラズ兄ちゃん。『くいだおれツアー』だよ。『くいおどれ』の方が楽しそうだけど、『くいだおれ』はお腹いっぱいでぶっ倒れるまで食べまくることだよ。――良く分からないけど多分』
『マジか! ――とすると、お前達もうそんなに食ってきたのか。良いなぁ。俺も食っちゃ寝したいなぁ』
ラズ兄ちゃんが羨ましそうに首を縦に振る。
――だけど。僕は思い出してしまった。その事実を。今ここにいる理由を。
そして――
その事実を感情のままに。一息で語った。
『それがね――クッキーとうさ肉がおいしかったのにカラメル焼のいい匂いに釣られたらお金がなくて道にも迷って気付いたらお花の咲いたなんとかタインさんがいたんだよ』
一瞬の間。
ラズ兄ちゃんが途中少しだけ変な顔をしていたけれど――
『なんだリーフェスト。お前お金がないのか』
――うん。僕の一番言いたいことはわかってくれたみたい。
さすがラズ兄ちゃんだね。
『まぁ、カラメル焼の代金ぐらいなら俺が小遣いをやるぞ?』
――え?
少しも期待なんかしてなかった――といえば嘘にはなるけれど――
ああ。
何だか――ラズ兄ちゃんが眩しく見える。




