38.語るに落ちる
「まだ11才なら、ギルド登録していないのも無理はないですね」
赤髪お姉さんはユニィの話に納得したようだ。
お届け物の手続きを早々に済ませた僕達は、カウンター脇のテーブルでお姉さんから話を聞いていた。
お姉さんの話によると、届け物を持ってきたのが騎竜を連れた若い子だったので、ポーター見習いかと思ったようだ。
何でも、この町の騎竜契約者の半数はポーターの仕事についているらしい。
ポーターの話を中心に、雑談に花が咲く。
――受付してなくても大丈夫かって?
薬師ギルドが薬の取引をまとめているといっても、窓口を介さない大口の取引がメインとなる――らしい。
なので、ギルドの窓口業務は薬師相手の事務手続きを中心に行っている――つまり人はあまり来ないので暇なんだそうだ。
ちなみに、薬師がギルドに来たときは受付をベルで呼び出すらしい。
確かに良く見たら、カウンターの脇に金色のベルが置いてあった。
さて、ユニィはまだまだ話を聞きたいようだけど――
『ねぇユニィ。そろそろ行こうよ』
そう。僕の腹時計はもうとっくに12時を回っている。
それに――
『ポーターのことは運送ギルドで聞いたほうが良いんじゃない?』
「――うん。それもそうだね」
僕の説得が功を奏したのか、ユニィが席を立つ。
「お時間を取らせてすみませんでした。今日はありがとうございました」
「いえ。こちらこそ引き留めてしまったみたいで申し訳ありません」
「あの――先程話に出てきた運送ギルドなんですが――この町のどこにあるのでしょうか?」
「ああ。それなら南門の近くですよ。この町の玄関口なので、すぐに分かると思いますよ」
僕達はお姉さんにお礼を言って、薬師ギルドを出た。
――――――
『ユニィ。落ち着いて状況を整理しよう』
僕はユニィを背中から降ろすと、正面から向き合った。
ユニィの顔は――売られる時の斑牛の顔だ。とても暗い。
『まず、薬師ギルドを出た僕達は、隣のお菓子屋でクッキーを買った。おいしかった。そうだね?』
「うん」
ユニィの顔が少しだけ明るくなる。
良い兆候だ。
『次に、僕達は昼食を兼ねて中央広場の屋台でツノうさの串焼きを買った。おいしかった。――ここまでは間違いないね?』
「うん」
ユニィの顔がまた少し明るくなる。
――よし! この調子だ。
『そのまま――僕はラズ兄ちゃんおすすめのカラメル焼の屋台に向かった。でもここで――思わぬ事態が発生したんだ。――そう。お小遣いが。お小遣いが足りなくなったんだ――』
「うん」
ユニィの顔が一気に暗い顔に戻る。
僕も悲しくなってきた。
――いや、そんな場合じゃない。ここから先が重要なのだ。
『仕方なく、僕達は運送ギルドに向かうことにした。――ああ。だけどここに僕達を陥れる巧妙な罠があったんだ』
「そう――なの?」
ユニィが疑問の声を上げる。
――うん。良い反応だ。
『そう。気落ちして運送ギルドに向かう僕の鼻に、甘い――甘い匂いが届いたんだ!』
僕は天を仰ぐ。
『そして――気付いた時には――どっちが運送ギルドかわからなくなってたんだ――』
仰いだ天には――青空の他は何も見えない。
目を閉じると、どこからか楽し気にはしゃいで笑う子供達の声が聞こえる。
――悲しい。そう――これは誘惑に抗えない竜の性が生んだ悲しい出来事だったんだ。
僕は見上げた顔を元に戻し、そっと目を開けた――
――ユニィが僕を無言で見ていた。
――ごめんなさい。
この前マーロウに借りて読んだ本の真似をしてみたかったんです。
ユニィにちょびっと怒られた。
――でもね。
少しだけど――ユニィの元気を取り戻すことができたみたい。良かった。
――――――
状況確認が終わった後。
僕達は行動を開始することにした。
道行く人がいれば道を尋ねるんだけれど、さっきから人の姿が見えない。
――とはいえ、道に迷ったといっても町の中である。
道を進めばどこかには出るし、いざとなれば――住人にめっちゃ怒られるのを覚悟で、建物の屋根の上を走り抜けることもできる。
だけどまずは――
『ポケット』
頭上3mぐらいのところに『ポケット』を発動する。
「リーフェ?」
ユニィが疑問の声を上げる。
僕はその声には答えず、頷きだけを返すとその場から距離をとる。
『えいっ!』
助走をつけてジャンプし、『ポケット』を足場にさらに上へと蹴り上がる。
目線の先に再び『ポケット』を発動してもう一度上へ。
最高地点で周囲を見回し地面に降りる。
ここ数日の特訓の成果だ。
まだ2回連続までしか跳べないけど、ユニィの補助があればもう少しいけそうな気がする。
ユニィを見ると少し目を大きくしていて――わずかに驚きの感情が伝わってくる。
――と。それよりも。
『ねぇユニィ。あっちが門みたいだよ』
高いところからだと、町を囲む石壁が見える。
門のある方向もすぐに分かった。
「う――うん。そうだね行こうか」
何か言いたげなユニィを促して、背中に乗せて門へと向かう。
ここを真っ直ぐ行って、あの角を曲がって――そう考えている中で、ふと気付いた。
――あれあれ? もしかして、さっきの僕ってカッコいいかも?
普段はふざけているようでいて、やるべき時にはビシッとキメる。
そして――無言で語る背中。
――うん。これだ。
次からはこの路線で行ってみよう。
――余計なことを考えていたんだと思う。
「――ぇ。リーフェ。ねぇ!」
僕が気付いた時には、道の両脇に色とりどりの花が咲いていた。
――ここどこ?




