33.笑顔で
結論から言うと――私達の薬草採取は失敗に終わった。
リーフェったら、ネザツレ草を入れてたのにそのまま『ポケット』を使っちゃうんだもの。
押し出されてそうなるのも当然よね?
だったら替わりのものを――って、リーフェは考えたみたいだけど。
今回の騒動のせいでマルクさん達の採取したネザツレ草は予定よりも少ない。その上、マルクさん達の住む町――シュトルツでの需要を考えると、私達に追加で回す余裕なんてないでしょ?
かと言って、密猟者が採取したものは証拠品だし、そもそもそんなものなんて頼まれても貰いたくない。
うん。やっぱり、カロンさんに事情を話して謝るしかないよ。
それと――
あの後で私達はマルクさんに懇々とお説教されちゃった。
結果的には大丈夫だったけれど――マルクさんがナイフを投げたあの時。後ろにいた密猟者の人は、私を人質にしようと狙っていたそうだ。
――この事は、思い返す度に情けなくなる。
また。
またやっちゃったんだ――って。
昔からそう。
リーフェに出会った時だってそう。
考えるよりも先に――心が――体が動いちゃう。
それで後から大変な目に遭って――
あと1年もしたら、私も独り立ちしなければいけないのに――暗い思考がそのまま不安に変わる。
そんな心境が顔に出ていたのかな?
金髪の――バーツさんが声をかけてくれた。
「どうしたの? マルクさんのお説教がそんなに堪えた?」
私は頷く。そのまま。顔は上げられない。
「――じゃあ大丈夫だよ。理解できてるってことだから」
バーツさんの言葉に顔を上げる。
「――それに、アールなんかいつもお説教されてるけどケロッとしてるよ? ほら」
バーツさんの指し示す方に顔を向ける。
「……は気を抜きすぎです。そんなことだから……」
確かにマルクさんに叱られているようだ。でも、平気な顔をしている。ある意味すごい。
「ほらね。まぁ、次回はしっかり改善されてるんだけどねー」
バーツさんが楽しそうに笑う。
その笑顔で。
私も――不安な気持ちが少し和らいだ気がする。
「ありがとうございました」
――お礼はできる限りの笑顔で。
――――――
――ニヨニヨ。
――ニヨニヨ。
ネザレ湿原からの帰り道。思わず顔がニヤけてしまう。
一時は本当にこの世の終わりか――と思っていたんだけれど。
よーく周りを見てみると――大量のお魚が跳ねていた。
しかも、何だか珍しい魚らしい。
そしてそのお味は――絶品だそうだ。やったぁ!
沼の水を元に戻す前に、首から下げた皮袋いっぱいに魚を入れておいた。
ユニィが「匂いが移るよー」とか言っていたけど、お腹いっぱい食べられる事の方が重要だよね。
大丈夫大丈夫。ユニィの分もあるからね!
――――――
『ただいまー!』
元気良くツノうさおばさんの家の入口で叫ぶ。
「おや。ずいぶん遅かったじゃないかい。さぞいっぱい採れたんだろうね?」
すると、奥から笑顔でツノうさおばさんが現れた。
ちょっと体が震える。
――あれ? なんでだろ――そう思いながらも答える。
「それが――」
『いーっぱい獲れたよー!!』
何かユニィが言いかけていたけど、何だろう?
僕はちょっと胸を張ると、革袋の口を開けてツノうさおばさんに報告する。
「へぇ。これは――また随分と珍しいものを捕まえたじゃないか。それでそんなに泥だらけなんだねぇ。――で、ネザツレ草はどこなんだい?」
――あっ。
そういえば――そうだった――よね。――僕は悲しい気持ちを思い出す。
そんな黙り込む僕の横から答えたのはユニィだ。
「それが――」
ユニィは懐からネザツレ草を取り出す。
そして、ネザレ湿原で起きた出来事を話し始めた。
――――――
俺はユニィちゃんとその騎竜を門から見送ると、カロンおばさんを訪ねた。
「カロンさん居るかい?」
居るのはわかっているが、一応声をかける。
――お?
いつもなら、あの笑顔で「なんだい?」と返ってくるはずが、今日はなんだか真剣な顔だ。
なんだなんだ?
あいつらお釣りでも間違えたか?
――と思ったが、カロンおばさんの前には一匹の魚。
ああなんだ。俺もさっき騎竜のボウズに貰ったやつだな。焼いたら旨そうな魚だ。
「そいつがどうかしたんですかい?」
あまりに真剣な顔をしているんで、気になって尋ねてみる。
「――ん? ああ、ブロス君かい。いつものだね」
カロンおばさんの表情がいつもの笑顔に戻る。
あの二人。
あの二人が来ると、毎度面白いことをやってくれる。
実はこうやってあの二人の話を聞くことが、最近の俺の密かな楽しみなのだ。
「今回は薬草採取を頼んでみたんだけどねぇ。ああ。場所はネザレ湿原てところで、ネザツレ草って薬草が山のように生える場所のはずなんだけどね――」
俺が聞きたいのは二人の話だ。
カロンおばさんの薬草話は要点だけ聞いて聞き流す。
10分ぐらいの話だったが、一言で言うと――
その湿原は『力』が集まる土地だから、薬草が大量発生で取り放題のはずなのに、なぜか取れなくなっていた。
――ということらしい。
は? 大量発生?
俺もネザレ湿原は知っているが、薬草が取れなくなって大変だと聞いたことがあるぞ?
――と思っていると、カロンおばさんが目の前の魚に目を移して話を続ける。
「この魚。魔性の因子持ち――まぁ、いわゆる魔物の一種なんだけどねぇ」
そうなのか? 俺は魚を眺める。旨そうにしか見えないが。
「直接の害はないんだけどねぇ。周りの『力』を吸い上げる性質があるんだよ。まぁこんなのが沢山いるんじゃ、薬草はなかなか生えなくて当然さね」
カロンおばさんがため息を吐く。
――へぇ。
俺は素直に驚く。
俺も長年冒険者をやっていたが、そんな話は初耳だ。
「だけど、こんな魚――……にしかいないはずなんだけどねぇ」
カロンおばさんが小声で呟く。
一部よく聞き取れなかったが、居るはずのない魚ということは分かった。
そして――俺にも話の続きが読めてきた。
「じゃあこの辺で」
俺は踵を返そうとしたが、すでに泥沼に嵌っていたらしい。
「こんな重要な情報は、ギルドにも連絡しないとねぇ」
――あの笑顔で言われちまった。
俺は頭を掻く。
あー。面倒だが仕方ねぇなあ。
次回、第3エピソードの締めのお話です。




